第22話 和解への道

 圭一は深夜に一人で公園のブランコに乗って星も無い暗い空を眺めていた。事件が起きるまでは公園の奥に青いビニールシートが張られていてホームレスの住処になっていたが、事件の後は彼らは住処を違う所に移した。今ではこの公園は誰も寄り付かないただの空間になっていた。圭一はじゃりという砂を踏む音が聞こえたので、その音の方を向くと桜井が近づいてきた。圭一は立ち上がった。

「本当に事件の動機が分かっているんだろうな? 」

 桜井はスーツの裏側にあるポケットから煙草とライターを取り出すと、煙草に火をつけた。

「はい。この前の事件はある計画の狼煙をあげるためのものだったんです」

「ある計画? 」

 桜井は口から煙を吐いた。

「人類食糧計画」

「なんだそれ? エヴァンゲリオンか? 」

 桜井は茶化したような口調だったが、圭一は真面目な顔で否定した。

「違います。地球人を間引いていき最終的には地球人を飼育し僕たちの食糧にする計画です。僕たちは地球人の体に寄生しているので見た目は地球人と変わりありません。あんなテロに近いことをすれば地球人はパニックになり、疑心暗鬼になるでしょう。パニックと不安になったその隙に侵略を進めていくことを考えていました」

「またふざけたこと言ってるのか? 俺は帰るぞ」

 桜井は圭一に背を向けた。

「安田望」

「どうしてそいつの名前をなぜ知ってる? 」

 桜井は振り向いた。圭一は真っ直ぐ桜井を見据えていた。

「彼はその計画の考案者でリーダーでもある」

「そいつはお前と同じ宇宙人ってことか」

「はい。この前はあれだけで済みましたが、大勢の地球人が死にます。僕たちはどうにかその計画を破綻させるために計画反対派を増やそうと説得しました。しかし無理でした」

「それで俺にどうしろって言うんだよ」

「僕の代わりに凛を守ってください」

「はぁ? なんで俺がそんなことしなきゃいけないんだよ」

「あなたであれば凛を守ってくれると思ったからです」

「俺は暇じゃないんだよ。自分の惚れた女くらい自分で守れ。面倒くせぇ。帰る」

 桜井は踵を返して公園を後にし、警視庁に戻ると部下が駆け寄ってきた。

「桜井さん! どこにいってたんですか? 」

「ちょっとな……」

「大変ですよ。また捜査が打ち切りになりました」

「どういうことだ! 」

「僕だってなにがなんだか分からないですよ! 急に偉い人たちが来て勝手に捜査は打ち切りだって宣言しちゃったんですもん。捜査資料だって持っていかれちゃったし。安田望に関する資料もですよ! マジでありえない」

「どういうことだ……」

 桜井は怒りのあまり拳が震えていた。

「偉い人たちは何を考えてるんでしょうか」

 部下の声には当惑が混じっていた。


「遅かったね」

 桜井に協力を断られた圭一は失意の中、帰路に就いていた。凛と住むアパートの前に人影が見えた。それは安田だった。

「何してる? 」

「何ってたまたま君の家の近くを通ったから。そういえば凛さんは元気? 」

「聞いてどうする? 」

「冷たいなぁ」

 安田が楽しそうな声で話すのとは対照的に圭一の声は強ばっていた。

「ところで君は影で色々と動いているようだね。どうやら計画を破綻させようと動いているみたいだね」

「別に」

 圭一は安田から目を逸らした。

「どうしたんだよ。あんなに地球人のことを嫌ってたじゃないか? どういう宗旨替えかい?」

 圭一は黙ったままだった。

「話せば分かり合えるはずだろう? 僕達は同胞なんだから」

 安田の言葉にようやく圭一は口を開いた。

「分かった……。二人きりで話し合おう。今日はもう遅いから明日でいいか? 」

「もちろん」

 安田はじゃあねと言いながら手を振り去っていった。


「今日は帰りが遅くなるから」

 圭一は玄関で靴を履きながら凛に声をかけた。

「分かった……。だけど最近帰り遅くない? 大丈夫なの? 」

「大丈夫だよ。凛は気にしないで」

「だけど……」

 凛は俯いた。圭一は俯く凛の頭に手をぽんと乗せた。

「本当に大丈夫。もう少しで全部終わるから安心して。それじゃあ行ってきます」

 凛の頭には圭一の温もりが微かに残った。

 圭一が出掛けた後、凛はなんだか落ち着かなかった。何かをしていてもふと手が止まってしまい、気がつくと圭一のことを考えている。彼の身に何か起こるのではないかという予兆めいたことを感じていた。突然家のインターホンが鳴ったので、愛は圭一が帰ってきたのだと思い玄関に走った。

「おかえり! 圭一」

「圭一じゃなくてごめんね」

 愛はラブラブねと言いながら家に入ってきた。

「いらっしゃい愛さん。でもどうして? 」

「たまたまここの近くを通ったからお邪魔しようと思って。今日圭一は? 」

「今日は遅くなるって……」

「そうなんだ……。それなら二人で女子会しない? お酒とか料理を買ってきてさ」

「そうですね……。やりましょうか! 」

 凛は一人きりだと悪いことばかり考えてしまうと思い、愛の考えに乗ることにした。

 凛と愛はアパート近くのスーパーに繰り出すと、きゃっきゃっ言いながら酒や惣菜を籠の中に放り込んだ。家に着いてからは買ってきた酒を愛はごくごくと水のように飲んでいく。二人はたわいもない会話をしていたが、突然スイッチが入ったかのように愛はくだを巻き出した。

「圭一はねぇ凛のことを愛しちゃってんのよぉ」

「そうですかね……」

 凛は苦笑いを浮かべながらちびりちびりと缶ビールを飲んでいた。

「そうよお! じゃなかったら内堀から攻めていくなんてめんどくさいことしないでしょ。私だったら計画推進派を全滅させるね。でもね圭一はそんなことしないんだよ! 一人一人に声を掛けて考えを変えさせるなんてめんどくさいもん」

 愛は熱弁を奮っている一方で凛は苦笑いを続けている。

「愛さん飲みすぎですよ」

「本当に羨ましい! 私も恋人欲しいー」

 愛が駄々を捏ねていると凛のスマートフォンが鳴った。相手は圭一からだった。凛が電話に出ようとしたタイミングで玄関のインターホンが鳴り、彼女が立ち上がろうとすると愛が代わりに立ち上がった。

「私が出るから圭一と話してて」

「すいません。ありがとうございます」

 凛はスマートフォンを耳に当てた。

「凛? 今はどこにいる? 」

 圭一は息が切れていて珍しく焦っているみたいだった。

「家だけど……」

「誰かと一緒にいる? 」

「愛さんと一緒だけど」

「早く愛と一緒に逃げろ! 」

「どうして? 何があったの? 」

 バタンと玄関から何かが倒れる音がした。凛は音のした方向に顔を向けると、そこには愛が倒れていた。

「愛さん! どうしたんですか!? 」

 愛の胸にはナイフが刺さっており、服が血で染っていた。彼女は目を開けたまま息絶えていた。

「松本さん久しぶり」

 その声は安田だった。凛が声を上げる前に安田は凛の口にタオルを詰め込むと、彼女の手を素早くロープで縛り身動きが取れないようにした。

「凛! 凛!! 何があった? 」

 凛のスマートフォンは圭一と繋がったままだった。安田はスマートフォンを手に取ると圭一と話し始めた。

「彼女を預かるよ。返して欲しかったら今から言うところに来て」

 安田は圭一に場所を一方的に伝えた。

「あっ誰かを呼ぼうとしないでね。死体が増えることになるよ。それじゃあ待ってるよ」

 安田は電話を切ると凛を片手で立たせた。凛は声を出そうとしたり暴れたりしたが、口にはタオルが詰め込まれてくぐもった声しか出すことが出来ない。安田は暴れる凛を軽々しく彼女を押さえ込んでいて、彼が人間以外の生命体ということを、彼女はつくづく実感した。

「何してる! 」

 二人がアパートを出たところで男が叫んだ。安田が振り返るとそこには桜井が立っていた。

「彼女を離せ」

「あんた誰? 」

「警察だ。跪いて両手を頭の後ろに置け」

 桜井の手には拳銃が握られていた。安田は凛を引っ張りながら桜井に近づいていった。

「彼女から離れて両手を頭の上に置け! 」

 桜井は空に向けるとバンッという重々しい音が夜道に響いた。

「これは威嚇射撃だ! これ以上近づくなら本当に撃つ」

 桜井の銃口は安田に標準が合っていた。

「別にいいけど撃ったら彼女に当たっちゃうかもね」

 安田はヘラヘラした顔で掴んでいた凛の腕を掴んだまま桜井に近づいた。桜井は安田を撃つことが出来なかった。

「あんたに僕は殺せないよ」

 安田は桜井の手から拳銃を奪うと彼の体に銃弾を撃った。桜井がアスファルトに倒れると安田は顔色を変えず弾が無くなるまで、彼の体に銃弾を撃ち込んだ。桜井の血が安田と凛の顔に飛んだ。凛は叫びたかったが、彼女の叫びはくぐもった声にしかならず、誰にも届かなかった。

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