第20話 来襲
「本当に大丈夫? 」
凛は何度も圭一に玄関先で確認していた。
「大丈夫だよ。いいから早く行きなよ」
圭一は呆れながら凛に出かけるように促していた。
「そうだけど……」
凛は愛から一緒に出掛けないかと連絡を受けた。凛はまだ会社が再開していなくて暇だったので、行くことに決めた。しかし圭一が中華料理屋で起きた殺人事件のニュースを見てからは、彼はどこか落ち着きがなくなり、それが凛にとって気がかりだった。
「大丈夫だから。もうそろそろ出ないと時間に遅れるよ」
凛は納得していなかったが、圭一の言葉に玄関を出た。凛が家を出ると圭一はパソコンの前に座り、中華料理屋で起きた殺人事件を調べ始めた。その顔は真剣そのものだった。
凛と愛は駅の改札口で待ち合わせをしていた。待ち合わせしていた駅は大きな駅なので凛は彼女をすぐに見つけられるか不安だったが、杞憂に終わった。凛が歩いていると愛はぴょんぴょんと飛び跳ねて、大きな声で凛を呼んでいた。
「元気だった? 」
凛が急いで愛の元へ駆け寄ると、愛はまるで外国人のように凛を抱きしめた。
「元気ですよ」
凛は戸惑いながらも答えた。
「本当? 凛が事件に巻き込まれたって聞いてずっと心配だったんだよ」
「連絡しなくてすいませんでした」
「もうそんなに他人行儀にならないでよ。今日は凛の洋服を一緒に買おうね」
愛は凛の腕を掴んで歩き出した。
愛は凛の好きなアパレルショップを連れて行ったが、途中から楽しくなったのか凛をそっちのけで買い物をし出した。愛は気になった洋服を見つけると試着室へ入った。流石モデルなこともあって愛はどんな洋服も着こなして、試着をして気に入ると次から次へと洋服を買い込んだ。凄い勢いで洋服を買っていく愛を見ると凛はむしろ清々しさを感じた。凛は一着も洋服を買わず、愛は両手で持ちきれないくらいの洋服を買いこんだ。
「はぁー楽しかった! 」
「いっぱい買いましたね」
「本当は凛の買い物に付き合うはずだったのにテンション上がっちゃったよ。ごめんね……」
「別にいいですよ」
愛がとても反省しているので、凛は思わず笑ってしまった。
「ちょっと休憩しません? 」
「いいね。あそこのカフェでいいかな? 」
二人はカフェに入ると店員にテラス席へ案内された。今日は晴れていて暑すぎず寒過ぎないちょうどいい気温だったので、凛は気持ち良さそうに目を細めた。休日の目抜き通りには家族連れや恋人らしい男女が幸せそうに歩いていた。
「ねぇ、愛って何? 」
「なんですか急に? 」
突拍子もない愛の質問に凛は聞き返した。
「よく愛って言葉を使うじゃん。私の名前も愛だけど。どういう感覚でどういう概念なのか分からないんだよね」
「そう言われてもなんて説明すればいいんだろう……」
凛は深淵なテーマに考えこんだ。
「凛は圭一のことを好きになったから付き合ったんでしょ? 好きになるって何? 愛って何? 」
「難しいな……。多分人それぞれだと思うんですけど」
凛は前置きをした上で話始めた。
「私はどんなことがあってもその人と生きていく気持ちだと思います。この人となら幸せにならなくていい。不幸になってもいい。そう思うのが愛だと思います」
「なるほどね……。圭一も愛のことそう思ってるんだね」
「どうですかね。私はただの地球人を知るためのサンプルですよ」
凛は伏し目がちにアイスコーヒーに口をつけた。
二人はファッションや仕事のことを話していた。しかし突然街の雰囲気が変わった気がして、二人とも口を閉ざした。それは二人だけが感じていることではなかった。周囲の人々は街中の一角を食い入るように見つめていた。そこには年齢も性別もバラバラな三人がいた。共通点と言えば、彼らの手には包丁や金属バットといったこの場には似つかわしくないものを持っているぐらいだった。
「これなんのイベント? 」
一人の男がスマートフォンを持ちながらその集団に近づいた。恐らく動画を録画しているのだろう。
「ちょっと止めなよぉ」
恋人らしい女が止めに入ったが、ふざけた様子で笑っている。包丁を持った男は大きく振りかぶると、その男に振り下ろした。男はそのまま路上に倒れると、包丁を持った男は倒れた男に何度も包丁を振り下ろした。突然の惨劇に皆、言葉を失った。目の前で恋人を殺された女は恐怖のあまり動けず、酸素を求める金魚のように口をパクパクと開くことしか出来なかった。学校の制服を着た少女はその女の頭に金属バットを振り下ろした。まるでスイカ割りが成功したかのように女の頭は爆ぜて赤い液体が路上を染めた。それを目撃していた女が断末魔のような悲鳴を上げるとようやく動けずにいた人々は逃げ出した。しかし殺戮集団は手当り次第に人々を襲い始めた。
「凛! 逃げるよ」
「お金払わなきゃ」
「何言ってんの?! そういう場合じゃないでしょ」
愛は凛の腕を引っ張るとカフェを飛び出した。二人は逃げようとしている人々をかき分けるように走っていった。二人は交通量の多い道路にたどり着くと、愛は手を挙げた。一台のタクシーが止まると、愛は凛をタクシーに押し込み、自分もタクシーに乗り込んだ。
「お客さん行き先は? 」
「とりあえず出して。早く! 」
愛の声に運転手は強くアクセルを踏み込んだ。凛は体を丸めて耳を塞いだが、頭の中で人々の悲鳴が響いていた。
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