第19話 決裂

 町のはずれに中国人が営んでいる小さな中華料理店があった。中国人の料理人はいつも威勢が良く、料理が美味しいのはもちろんだったが彼の人柄が大変いいので地元の住人で店は繁盛していた。その日も営業日だったが人気はなく、外には「貸切」という看板が出されていた。店に幼稚園生ぐらいの少女とその両親と祖父が入っていった。店に入ると料理人が無言で店を案内した。店には女子高生、スーツを着た男、中年の女性が立っていて、店の奥に置いてあるターンテーブルには安田が既に座っていた。

「待ってたよ」

 家族は安田を取り囲むかのように座った。

「それじゃあ情報交換しようか」

 安田の言葉に少女は頷くと、店にいた全員が目を閉じた。彼らは十秒近く何も話さず目を閉じていたが、突然目を開いた。

「意外と地球人の生活を楽しんでいるようだね」

「そっちも。地球人に対する調査はどうだ? 」

 少女はまるで幼稚園生とは思えないほどの大人びた言い方だった。

「どうもこうもないよ。相変わらず地球人は最低な生物だと思うね。宗教、国、肌の色、性別、そんな些末な違いで区別して争いをする。くだらない生物だよ」

 安田は吐き捨てるように言った。

「確かにそういった面もある。しかし私は地球人の絆というのか、それにすごく興味がある。彼が父親に寄生した際、すぐに家族は父親の異変に気づいた。そのせいで私たちはこの一家に寄生する羽目になったけど……」

 少女は肩を竦めた。

「地球人には私たちに理解出来ない強い絆があると思う。だからこそ些末な違いで大きな溝を感じて争いが起こるんじゃないか? 」

 少女の言葉に家族は頷いた。

「この強い絆には目を見張るものがある。地球人は甘く見ない方がいい」

「なるほど……。それなら食糧調達はどうする? 」

「地球人の食事でいいんじゃないか? 私たちは気に入ったよ」

 料理人が麻婆豆腐を人数分持ってきた。祖父が待ってましたかのように麻婆豆腐に口をつけると、少女たちも口をつけた。家族は麻婆豆腐の美味しさにお互いに顔を見合わせた。

「すごく美味しい。君たちは食べないのか? 」

「あぁ。残念ながら君たちとは違ってそこまで地球人の食事は口に合わなくてね。今日は貸切だから好きなだけ食べてくれ」

 冷笑の影が安田の頬に掠めた。勢いよく食べていた祖父が突然、腹を押さえて倒れたと思ったら、父親と母親も倒れて苦しみ出した。

「どうした!? 」

 少女は立ち上がり家族に近づこうとしたが、足がもつれて床に倒れ込んだ。少女は足に力を入れようとしたが、全く力が入らない。頭は大きな鐘が鳴っているようにガンガンと痛み、喉からせり上がってくるものを感じた。

「何を入れた? 」

 少女は安田たちを睨みつけた。

「君たちの料理に毒を入れておいた」

「どうして? 」

「君たちにはガッカリだよ。まさか地球人共に靡くなんてね」

「お前! 」

 少女は苦しみながら安田の足を強く握った。

「これからは僕たちが同胞を引っ張っていくから安心して君たちは死んでよ」

 安田の言葉に少女は彼を軽蔑したような笑みを浮かべた。

「あんなに地球人を毛嫌いしているのにお前、地球人に似てきたよ」

 安田はにっこり微笑むと掴まれていた足を振り上げて少女の頭に思いっきり踏んづけた。バキッと骨が折れる音がして、少女は動かなくなった。

「これどうするの? 」

 今まで黙っていた女子高生は口を開いた。

「貸切中から営業中の看板にする。これをわざと見せるんだ」

「了解」

 料理人は答えると外へ出て看板を変えた。

「客が入ればこれに気づくだろう」

「僕たちはこれで退散しよう」

 安田たちは店を立ち去った。床には四人の死体が転がっていた。


 凛は台所に立っていて夕飯の支度をしている。

「今日の夕ご飯はオムライスでいい? 」

「うん。ちょうどオムライスを食べたいと思ってた」

「それじゃあお皿を出しといて」

「分かった」

 圭一は皿をテーブルに出していたが、テレビのニュースにふと目を奪われた。黙って見ている圭一を不思議に思った凛もテレビに注目した。

「都内にある中華料理店で家族が殺害されるという事件がありました。中華料理店に入ろうとした客が死体を発見しました。被害者は……」

 テレビの画面に被害者の写真と名前が映し出されていた。凛はその写真と名前を見てあっと声を上げた。その写真は凛と圭一がショッピングセンターに出掛けた際に見た少女だった。

「この子って……」

「ああ」

 圭一が今までに見たことがないほど恐ろしく真剣な顔をしているので凛は何か起こるのではないかと、今までにない不安に襲われた。

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