第17話 告白
凛と別れた圭一は再び桜井の車に乗り込んだ。車が走り出しても二人は一言も口を開かず圭一は窓の景色をぼんやりと眺め、桜井はハンドルを握りまっすぐ前を見据えていた。しかし突然桜井が口火を切った。
「怪我の具合はどうだ? 」
突然の会話に圭一は些か驚いたが、落ち着いた様子で口を開いた。
「ええ……。順調に治ってきてますよ」
「そうか。それならよかった。そういえば現場に俺が駆け付けた時は、平然とした顔で立っていたな」
「そうでしたか? あんまり覚えてないです」
「あんな怪我をしたのによくも立っていられたな」
「痛みにも強いんですよ」
「昔スポーツでもやってたのか? 」
脈絡のない桜井の質問に圭一は戸惑った。
「なんですか? 」
「スポーツだよ。学生時代にはなにかスポーツでもやってなかったのか? 」
「やってましたよ。中学と高校は陸上部でした。大学はバンドをやってました」
「格闘技はやってなかったのか? 」
「やってませんよ。そんなこと聞いてどうするんですか? 」
圭一が桜井の質問に怪訝な顔つきになると桜井の顔つきが突然変わった。
「回りくどい質問は止めだ。単刀直入に聞く。お前は何者だ? 」
「何者って? 僕はただの会社員ですよ」
「嘘をつくな。お前はただの人間じゃないってことは分かってるんだ」
桜井の言葉には断定するような口ぶりだった。
「そう思った根拠はなんですか? 」
「まずはその怪我だ。俺が現場に行ったとき、あんたは首を切られたのに平然とした顔で立っていた。普通なら痛みで立っていられないだろう。まだ事件から2ヶ月も経ってない。それなのに傷跡が綺麗に治っている。おかしいだろ」
「それは僕がそういう体質だからですよ」
「それだけじゃない。鈴木エマは剣道の有段者である警備員を簡単に殺している。相手が女性だから少しは油断もしたかもしれないが、それでもあんなあっさり殺されているんだから、鈴木エマはよっぽど強かったんだろうな。だけどあんたは格闘技なんかやってないのに鈴木エマを倒すことができた」
「それはたまたまですよ。運がよかったんです」
「そうじゃない。お前は鈴木エマを使って窓ガラスを割ったが、あの窓ガラスは耐震仕様のガラスなんだよ。そんな簡単に割れる代物じゃない。つまりあんたは人並外れた体力と自然治癒力を持っているってことだ」
圭一は無言を貫いた。
「これからは俺の推測だ。公園と神社で起きた殺人事件もお前が起こしたものだと考えている。はっきりとした証拠はないが、あんたの態度を見ていれば犯人だってことがわかる。しかし今まであんたは犯罪歴もなく善良な市民だ。善良な市民が相次いで殺人を起こすとは考えづらい。段階というものがあるだろう。鈴木エマもそうだ。今まで犯罪歴もなく生活していた人間が、突然殺人事件を犯すなんておかしい。今までそしてあんたと鈴木エマは人並外れた力を手に入れた。もう一度聞く。お前は、いやお前たちは何者だ? 」
圭一は沈黙を守っていたが、しばらくして口を開いた。
「宇宙人って答えたらどうします? 」
「ふざけるなよ」
桜井はバックミラー越しから圭一を睨んだが、圭一はまっすぐと桜井を見つめていて、桜井は口を閉じた。
「それじゃあどうして地球に来た? 地球侵略でもする気か? 」
桜井はからかうような口調で聞き返した。
「ええ。その通りです。僕たちは地球を侵略するつもりで地球に来ました。僕たちの体は地球人の目には見えないぐらい小さいものなんです。僕たちは地球人の体に寄生して、地球人の生態を調査しています」
「寄生されるとどうなる? 」
「地球人の人格は寄生された時点で消滅します」
「消滅? つまり死ぬってことか? 」
「ええ」
「あんたは丸川圭一の体を乗っ取ったってことか。そのことは彼女は知っているのか? 」
「知っています」
「それならどうして彼女はあんたと付き合っている? 体を乗っ取った相手と付き合うなんて正気じゃない」
桜井は凛の考えが理解できず頭を横に振った。
「契約したんですよ。ほかの宇宙人から凛が襲われそうになったら凛を守る。その代わり地球人の生態を教えてほしいって。彼女は貴重なサンプルですから」
「それで契約成立したってことか」
「信じるんですか? 」
桜井は突然ハンドルを右に切り、路肩に止まった。圭一の体が思わず前につんのめった。桜井は圭一の方に体を向け、彼の胸ぐらを掴んだ。
「信じられるか! そんな嘘八百並べやがって。ふざけんじゃねぇぞ」
「ふざけてませんよ」
圭一は胸ぐらを掴まれても表情は変わらなかった。
「どうして人を殺した? 」
「栄養補給のためです。僕たちは地球人の食事でも生存はできます。だけど地球人はタンパク質で構成されているから、地球人を捕食するとタンパク質を多く摂取できるんですよ」
「よくもそんなふざけたことをのうのうと言えるな」
桜井の手が怒りで震えていた。
「怒っているんですか? 」
「ああ。お前が犯人だとしても捕まえられない自分の不甲斐なさにな。いいか! 俺はお前を捕まえる。絶対にな! 」
桜井は圭一の胸ぐらを離した。圭一は車の座席に沈んだ。
「家まで送ってくれてありがとうございます」
圭一は桜井に頭を下げたが、桜井は腕を組んで怒りを露わにしている。圭一はアパートに入ろうとした時、桜井に呼び止められた。
「どうしてあの時にあんな顔をしたんだ」
「あの時? 」
「彼女がレポーターに押された時だよ。彼女はただのサンプルなんだろう? なんであんなに怒った顔をしたんだ? 」
「そういう風に見えました? それなら地球人の振りが上手くなったってことですね」
桜井は歯を食いしばって圭一を睨みつけ、車を動かした。圭一は部屋に入るとそのままベッドに寝転んだ。今日はほとんど体を動かしていないのに、なぜか疲労感で体を動かすことが億劫だった。これが気疲れかと圭一は思った。圭一は先ほどの桜井の言葉が頭から離れなかった。あの時は地球人の振りが上手くなったからだと答えたが、本当は凛がレポーターに押された時に怒りが激しい波のように全身を覆い、レポーターの皮膚を引き裂いてしまいたいという思いが芽生えた。圭一はまだ圭一の人格が存在しているのではないかと思った。だが、圭一の体に寄生した時点で元の人格は完全に消滅したはずだ。それならこの感情は自分の感情だということになる。凛はただのサンプルのはずなのになぜここまで感情を揺さぶれるのかが圭一は分からなかった。
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