第10話 休日
その日は休日で圭一がいつもより遅めに起きてきた。彼はリビングに入ると既に凛は起きていて、ソファに座ってぼんやりとテレビを観ていた。
「おはよう。朝ごはん食べる? 」
「うん」
凛はキッチンに向かい朝食の準備を始めた。圭一はダイニングテーブルの椅子に座って待っていると、凛はトーストとスクランブルエッグを出した。圭一が手をつけようとすると、彼女は彼を止めた。
「なに? 」
「ずっと気になってたけど、どうしていただきますを言わないの? 」
「どうして? 」
「どうしてって今まで言ってきたでしょ」
「別に言わなくてもいいだろう」
「駄目。言わないなら食べさせない」
圭一は眉根を寄せて、心底めんどくさそうな顔をした。
「なんで言わないといけないの? 」
「いただきますとごちそうさまは食べ物と作ってくれた人に対して感謝する言葉なの」
圭一は凛の言い分に納得しておらず不服そうな顔をしていた。
「料理を作ったのは私だよ。ありがとうの意味を込めていただきますを言うべきじゃない? それにいただきますとごちそうさまを言えない人間は礼儀正しくない人間だと思われるよ。礼儀正しくない人間と付き合おうとする人間はいないと思うけど? 」
凛は取引先と商談をするかのような口ぶりで説き伏せようとした。
「分かった。これからはいただきますもごちそうさまも言う」
圭一はようやく納得したようだった。彼は手を合わせていただきますと挨拶して朝食を食べ始めた。凛は満足したように笑みを浮かべて、いただきますと挨拶をして一緒に朝食を食べ始めた。
「朝ごはん食べたら買い物に行かない? 」
「何を買うの? 」
「圭一の洋服」
「洋服持ってるけど」
「でも古くなってきてるし」
「それなら一人で買ってくる」
「駄目だよ! 前に髪切りに言ったらって言ったら変な髪型にして帰ってきたじゃん。一人で洋服買ってきたら変な洋服買ってくるでしょ」
圭一の髪が伸びてきたので、凛が美容室に行くように言ったのだが、全体的に短く切り揃えられているが、両サイドだけは長いままでうさぎの耳みたいな髪型になって帰ってきたのだ。仕方がないので凛が圭一の髪を切って事なきを得たが、彼一人で洋服を買いに行かせたらどんな物を買ってくるか分からない。あと凛にはもう一つ考えがあった。
「キス以外にも恋人らしいことがあるって話したでしょ」
「その一つが買い物なの? 買い物なんて恋人じゃなくても出来るだろう? 」
「いいから。行こう! 」
凛は強引に押し切り、二人はショッピングに行くことになった。
最寄り駅から三駅離れた場所にショッピングモールがある。凛はグレーのトップスと白のパンツを身に纏い、圭一は黒いTシャツにジーンズといったラフな格好だった。二人は電車に乗ると横に並んで席に座った。席に着くと圭一は同じ車両に乗っている人間たちを観察して始めた。
「今日は晴れて良かったね。それに気温もちょうどよくて良かった」
「うん」
「そういえば二人だけでこうやって出かけるの二回目だね」
「そうだね」
「どんな服欲しい? 」
「なんでもいい」
「なんでも良くないでしょ」
圭一は観察に集中出来ず凛に文句を言おうとして彼女の顔を見ると些か驚いた。
「なんで笑ってるの? 」
「え? 」
凛は車窓に映る自分の顔を確認すると頬が緩んでいることに気づいた。凛は笑っている理由を考えたが、思い浮かばず口を噤んだ。圭一はスッと乗客の方を向いてまた観察し始めた。
ショッピングモールは休日なので大変賑わっていた。凛と圭一はまず男性服のあるフロアに向かい、店に入った。凛が圭一に似合いそうなTシャツやパーカーを彼に当てていた。凛は真剣な顔で圭一の洋服を探しているのとは対照的に、彼は飽きたように大あくびをしている。そんな二人に一人の男性店員が近づいてきた。
「何かお探しですか? 」
「彼の洋服を探していて……」
「そうですか。もしかして彼氏さんですか? 」
「どうしてそう思ったんですか? 」
今まで黙っていた圭一が怪訝そうな顔をして口を開いた。
「だってお二人お似合いですよ。もしかして違いました? 」
「いえカップルです」
凛は苦笑いしながら答えた。
二人はそこでは何も買わずに店を出て、色々な店に入ったが気に入った物が見つからず、ぶらぶらとショッピングモールを歩いていた。
「不思議だな。ただ二人で買い物しているだけなのに、恋人だと思われるなんて」
圭一は不思議そうな口ぶりだった。
「だから言ったでしょう。そういうことしなくても恋人らしいんだって。何をするかじゃなくて誰といるかが大事なんだよ」
圭一は少し関心したようだった。凛は店に展示されているワンピースが視界に入った。そのワンピースは紺色で小さい花柄があしらわれたガーリーなものだった。
「ちょっと見てきてもいい? 」
「いいよ。僕はここで待ってる」
凛は花柄のワンピースを体に当ててみた。しかし若い女性なら似合うが、自分にはなんとなく可愛すぎて似合わない気がした。彼女はワンピースをハンガーラックに戻して圭一の元に引き返した。彼の元には幼稚園生くらいの少女とすらっとした背の高い女性が立っていた。凛が圭一の元に近づくと幼稚園生くらいの少女は彼から離れた。
「えっと……。圭一の知り合い? 」
「初めまして。愛です」
そう言った彼女は笑顔で頭を下げた。愛は黒のノースリーブのニットに黒が基調とされた花柄のミニスカートを履いていた。ノースリーブとミニスカートから伸びる手足はすらっとしていた。彼女の髪は胸まで長く烏の濡れ羽色のような髪をしており、肌は陶器のように白くツルツルしていた。目はきりっとしており意志の強さを窺わせる。しかし決してとっつきにくい感じではなく、親しみやすさを感じる。凛はあまりの美しさに見とれてしまいワンテンポほど遅れて挨拶をした。凛はこんな美しい女性と圭一が知り合いだったのかと不思議に思い、彼の顔を見た。その様子を見た愛が口を開いた。
「私も彼の仲間なの」
「つまり宇宙人? もしかしてさっきの女の子も宇宙人なの? 」
「そうだよ」
「詳しいことは彼から聞いてるよ。二人は買い物? 」
「ええ……。圭一の洋服を買おうと思って」
「そうなんだ! それなら私も付き合うよ。私ねモデルなの」
「モデル?! 」
「そう! あんまり売れてないけどね。コーディネートなら詳しいよ」
確かにモデルならコーディネートが得意かもしれない。しかし凛は彼女の力を借りるのはなんだか抵抗感を抱いた。
「でも……」
「洋服を探すのを手伝ってくれるならいいんじゃない」
圭一は既に買い物に飽きていたので愛の提案に賛成した。
「大丈夫! あなたを食べたりしないから。肉食系に見えてベジタリアンで、地球人を食べたりしないの」
「そういうことじゃなくて……」
愛は凛の言葉も聞かず歩き出した。凛はやむを得ず、彼女の後を追った。
愛は一軒の店舗に入ると、片っ端から洋服を手に取った。洋服を選び終えると圭一に洋服を渡して試着室へ押し込んだ。彼が着替えて試着室のカーテンを開けると凛の口から感嘆のため息が零れた。彼は黄みがかった肌と深みのある瞳をしているので、深みのある暖かい色の服を着ると、彼の顔色がとても映える。そして彼の体は筋肉質で首元が短めなので、首元がすっきりしたトップスがとても似合っている。大量生産されている洋服なのにまるで圭一にあつらえたようにぴったりだ。凛も圭一のために洋服を買ってきたことがあるが、これほど彼に似合う洋服を買ってこれたことはなかった。
「このシャツとパンツだけならラフな感じに着こなせるし、ジャケットを羽織ればフォーマルな感じになるでしょ」
「確かに……。レザーのジャケットもどうですか? 」
「めちゃくちゃ最高じゃん! 」
愛と凛がワイワイと盛り上がっているところに圭一が口を挟んだ。
「くだらない。なんで地球人は服にそこまでこだわるの? 服なんて寒さと怪我から体を守るためだけなのに」
圭一は吐き捨てるように言い放った。凛が圭一にそんな言い方しなくてもと口を開こうとしたが、隣にいた愛が彼に食ってかかった。
「ファッションは社会的な行為の一つなの。どこで・だれと・いつ出会うかでファッションを選択する必要がある。そんな高度な社会性を持った生き物は人間以外にいない。それなのにくだらないだって! 圭一は人間の研究が足りない。今度そんな言い方したら生きたままお腹を引き裂いて内蔵を引きずり出すからね 」
圭一は愛の剣幕に驚いて、反射的に頷いた。凛は二人は対等な関係で話しているのを見てなんとも言えない苛立ちを感じた。愛が服の裾を出したり服の肩の位置を直すのに、圭一の体を何度も触っているのも原因の一つだった。凛がいなければ二人は恋人のようにはたからは見えるだろう。凛は視界に入れないために顔をそっと逸らした。
愛が選んだ洋服を圭一は買い、三人は店の外に出た。
「今日はありがとう! 楽しかった」
「こちらこそ圭一の洋服を探してくれてありがとうございました。もし二人だけなら迷ってたと思います」
凛が頭を下げた。
「いいのいいの。あのねお願いがあるんだけど……。いいかな? 」
「お願い? 何ですか? 」
「実は……。連絡先を交換してほしいの」
「連絡先ですか? でもどうして? 」
「私ね地球人の友達が欲しくて。いい機会だから凛ちゃんと友達になりたいの。お願い! 」
凛が困惑した表情を浮かべると、圭一が口を開いた。
「別にいいんじゃない。彼女は友好的なタイプだから、凛を傷つけるようなことはしないよ」
愛があまりにも必死な様子と圭一のお墨付きを得たので、凛は彼女と連絡先を交換した。
「ありがとう! 今度は圭一抜きで二人で洋服を買いに行こう。」
愛はサラリと圭一を呼び捨てにすると、スキップをして去っていった。二人は彼女を見送ると、歩き出した。突然圭一の手が凛の手を優しく包んだ。凛は驚いて彼の顔を覗き見た。
「手をつなぐ行為も恋人らしいことなんだろう? 」
「そうだね……」
凛は顔に熱を持ち赤くなったのに気づいて下を向いた。圭一にとっては恋人らしい行為の一つにも関わらず、凛の心は高鳴っていた。
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