第9話 変化

 宇宙人に寄生された圭一とまた暮らし始めた凛だったが、彼は全く家事を手伝わなかった。宇宙人に寄生される前の圭一は凛が何か言わなくても手伝ってくれていたが、凛が今の圭一に何度頼んでも、彼は彼女に手を貸すことはなかった。

 凛はいつもの様に台所で夕飯の支度をしていた。彼女はソファで寝転がってテレビを観ている圭一に声をかけた。

「人参を切って欲しいんだけど」

「なんで? 凛がやればいいじゃないか」

 圭一は凛のことを一切振り替えずに言った。圭一のつれない言い方に凛は返事に困ったが、ゆっくりと言葉にした。

「そうだけど……。やっぱり圭一に手伝ってもらった方が早く終わるから。そっちの方が効率的じゃない? 」

 圭一は宙を見て少し考えた様子を見せた。

「分かった。人参を切ればいいんだよね? 」

 圭一はリビングに行き、凛の隣に立って包丁を持って人参を切り始めた。凛は驚いた。今まで何度説得しても無駄だったのに、たった一言で圭一が動いたのだ。凛は今まで感情論で彼を説得していた。しかし圭一は人間の感情に疎い。だから感情論で納得しなかったのだ。凛は効率的という言葉を使ったから彼は動いたのだと気づいた。凛は圭一との付き合い方が分かったような気がして、一種の興奮を感じた。

「ねぇ。ずっと気になってたんだけど、どうしてテレビをよく見るようになったの? 」

「地球人の感情の機微が知りたくて」

 圭一は包丁で人参を切りながら答えた。

「テレビで勉強してるんだ? どう地球人のこと分かった? 」

「そんなこと聞いてどうするの? 」

 圭一の言葉には他者を受け付けない雰囲気があった。凛は思わずたじろいだ。

「それは……。ほら、圭一が人間のことが分かるようになったら、地球侵略も進むでしょ? 地球人として今地球侵略がどのくらい進んでるのか興味があるの」

「ふーん」

 圭一は凛の言葉に納得いっていないようで、まるで彼女の考えを見抜くように目を細めた。凛もなぜ自分がそんなことを聞いたのか分からなかった。凛はそれっぽいことを言ったが、自分でも納得していなかった。今の圭一は圭一であって圭一ではない。いつか圭一は地球侵略のために地球人に牙を向くだろう。それなのに凛はなぜ圭一のことを少しだけでも知れたことを嬉しく思ったのか分からなかった。二人は無言になり包丁で食材を切る音だけが鳴っていた。


「遅い」

 凛は一人きりのリビングで一言呟いた。圭一が十時を過ぎても帰ってこないのだ。凛は既に夕食も食べ終わり、入浴も済ましてしまった。校了が近い時は圭一の帰りが零時を跨ぐこともある。しかし校了は過ぎたので、今日は早く帰ってくるはずだ。なのに未だ帰ってきていない。凛は一時間前にどこにいるのかとメッセージを送ったが、まだ返ってきていない。凛はもしかして圭一が地球人を捕食しているのではないか、他の宇宙人と戦っているのではないか、桜井に捕まったのではないかとそんな考えが浮かんできた。

 どうしてこんなこと考えるんだろう? 

 まるで私が心配しているみたいじゃない

 凛がそんなことを考えているとテーブルに置いていたスマートフォンが振動し、メッセージが着たことを知らせた。凛はメッセージを確認すると、送り主は圭一だった。

「今、居酒屋にいる」

「お酒飲んでるの? 」

「うん。本当は早く帰りたかったんだけど、同僚に捕まった」

 凛は圭一がただ外食をしているだけなのを知って、緊張の糸が緩んだ。その代わりに同時に少し腹立たしさを感じた。

「それならもっと早く言って。食べて来るなら、夕食作らなかったのに」

「もしかして怒ったの? 」

 凛はメッセージを返さなかった。


 圭一が帰ってきたのは十二時を少し過ぎた頃だった。凛は玄関まで向かいに行くと、彼の顔は少しだけ赤くなっていた。

「おかえりなさい」

 圭一は返事をせず凛をぐっと引き寄せて、キスをした。凛が驚きのあまり石像のように固まっていると、圭一は少しだけ空いている隙間に自分の舌を差し込んできた。凛は我に返り圭一の体を叩いたが、彼は凛のパジャマに手を入れた。凛は圭一の頬を思いっきり叩いた。ビシッという音がリビングに響いた。

「何するのよ?! 」

「キスしたんだよ」

 声を荒らげる凛とは対照的に淡々とした様子だった。

「なんで? 」

「だって僕たち恋人だろう? 」

「圭一とは恋人だけど、あなたとは恋人じゃない! お風呂に入るならさっさと入って……」

 凛はそう言うとそそくさとリビングに戻った。


 凛はソファに一点を見つめて座っていると、圭一が風呂から上がってきた。圭一はリビングを横切り寝室に入ろうとした。

「どうしてさっきキスしたの? 」

「凛からメッセージが返ってこなくて、同僚に凛がもしかしたら怒ったかもしれないって話をしたら、最近恋人らしいことをしてますかって聞かれた。恋人らしいことをしないと凛と別れるって言われた。恋人らしいことはなにか聞いたらキスやセックスのことだと教わった。」

「私と別れたら困るの? 」

「だってまだ凛が僕を殺せなかった理由が分からないから」

 圭一の答えに凛はどこか失望に似た気持ちを感じた。

「そうか。そうだよね……。でも恋人らしいことってそういうことじゃないよ」

「キスやセックスは恋人同士がする行為だろう? 」

「確かにするけど……。でもそれだけじゃないよ」

「そうなんだ」

「これからは無理やりキスしないで」

「分かった。これからは気をつける」

「さっきは叩いてごめんね」

「べつにいいよ」

 圭一はそのまま寝室に入った。凛はソファの端に枕を置いて、その上に頭を置いた。圭一が宇宙人に寄生されてから、凛はソファに彼は寝室に寝るようになった。身体は圭一だとしても今の彼と同じベッドで寝るのには抵抗感があったからだ。凛は天井を眺めて、考えていた。凛は圭一と唇が触れた時に懐かしさのようなものを感じたことに驚いて動けなかった。もしキスだけだったら圭一を受け入れていただろう。凛の心に今まで感じたことのない感情が芽生えてきていることに気づいた。凛はその感情に名前が思い浮かんだが、それをすぐに打ち消した。

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