卒業式で僕は……
ふじうり
短編
題名 卒業式
これは二年前の僕が選択を誤り後悔しているお話
二年前
「もう今日でこの部活も終わり……」
「そうね。長いようで短い時間だったわね」
今僕は河月(かわつき)という部長と卒業式を迎えた後、一緒に文芸部の部室で最後の活動をしていた。
開けた窓から春風が吹き込む中、河月さんに春風があたり腰まで伸びた髪がそっと揺れる。座ってもわかる体つきは整っており顔立ちもきれいで清楚という言葉がよく似合っている。
「さっきからじろじろ見て何?」
「いえ、なんでもありません」
「それにしても時間は進んでいっても最後まであなたのその敬語口調は変わらなかったわね」
「自分も三年も一緒に部活にいるのに変わらないなんて不思議に思います」
「そういう性格なのだからしょうがないのよね」
「で、ですね……」
彼女は僕を呆れた顔で見てきた。河月さんの言いたいことはわかるけど僕には敬語を変えることはできなかった。僕は文芸部員なのだから小説を書くけど、最初は河月さんに教えてもらっていた。でも気づけば河月さんがそばにいると緊張してしまって思いのほか話せなくなっていた。でも小説をまともに書けるようになった僕にはこの気持ちがわかる。
……恋だと。
「これからあなたはどうするの?」
「もう少しここにいます。この文芸部という部室は見ることのできなくなるので」
「そうね。それなら私ももう少しここにいるわ。確かに二度とこの風景は見ることのできないのだしね」
部員は幽霊部員を含めれば五人いる。でも来年には文芸部の廃部確定している。もし僕と河月さんが次に来たとしても僕らが過ごした部室は見ることができなくなる。だから僕はもう少しこの風景に浸っていたかった。だが本当の目的はバレンタインデーのチョコのお返しをするためだ。僕はこの三年間一緒に部活動をしてきたわけだが河月さんからチョコをもらえたことは一度もなく最後だからともらった。チョコをもらえるとは思っておらず急いで用意して時期をうかがっていたらいつの間にかこの時になってしまった。
「あなたは私と初めて会ったあの日のことを覚えている?」
「はい。あの頃は河月部長を先輩だと思ってしまって勘違いをして小説の書き方とかどんなふうに書いているのかと参考程度に質問攻めしてしまって」
「そうね。あの時は私もあまりの質問の量に熱が入りすぎて一日中語りあったわね。そのおかげで顧問には怒られたりして……やっぱり思い出してみても楽しい時間だったわ」
あの頃のことを思い返す河月さんは僕にめがけてクスクスと笑いかけてきた。僕はこの笑顔に惚れたのだろう。恋だと気づいたのは最近だけど本当は最初から恋に落ちていたんだと思える。
「自分も本当に河月さんにあえて本当によかった」
僕は無意識に出た本音にすぐに口を塞いだ。だが河月さんは見逃してはくれず眉を細めた。
「急にどうしたの。あなたらしくないわね」
「すいません。少し別れが悲しくなったのかもしれません」
「別れ……最後なのだからお互いに対する気持ちを書き合わないかしら?」
「えっ?」
僕は河月さんの意外な言動に驚いた。河月さんは普段から人と仲良くしようとせず一人孤独に生きている人だと思っていた。でもそれは違ったらしい。この長いようで短い
三年間は河月さんを大きく変わったのだと。なら自分も文芸部員らしい告白をしよう。
「嫌かしら?」
「いえ、やりましょう」
僕と河月さんは机にA4の髪を置きお互いの想いを書き始めた。
あれから時間は経ち下校時間の十分前。
「できたかしら」
「えっと」
僕は何回か消した後はあるものの何も書けてなかった。お互いの想いなんて僕は好きとしか書けないけど、本当にいいのだろうか?文芸部員なのだから文で告白をすると決めていたのにいざとなると僕はできない。それで河月さんを何度も困らせてきた。最後なのだから出来ると期待していたのだが無理だったらしい。
「すいません。やっぱり僕には決められて書けないらしいです」
「そう来るとは予想していたわ。でもきちんとできたらまた元文芸部部室で会いましょうね。私の分はおいておくけどちゃんとあなたができてから見ること。いいわね」
「は、はい」
河月さんは手紙みたいに折ったA4の紙をその場に置きこの部室を去った。
あれから僕は河月さんを追いかけようとしたが姿は見えず下校時間になってしまってそれっきり河月さんとは会うこともなく二年がたった。僕はいまだに河月さんに対する気持ちは書けておらず逆にあの時のA4用紙も見ていない。
一月十日、今日は成人式の日だ。当然なら僕は特定の人が集まる場所にいないのだが二年前の出来事があり、もしかしたらという思いで会場に来ていた。
「久しぶりだね」
「幽霊部員の神崎(かんざき)君……」
声をかけられ振り向くとそこには神崎というスポーツ万能の金髪イケメンなのだが部活は文芸部というギャップさがある幽霊部員だ。最初の頃はよく河月さんを見に来ていたのだが神崎君が告白をした日を境に部活に来ないようになって僕をいじめるようになった。
「河月とはどうなんだい?」
「卒業式からは……」
「悪いことを聞いたね」
神崎君は笑顔で直接的な発言をした。多分これは嫌がらせなのだろう。告白をした日に河月さんは『あなたに告白をされるくらいなら夢に向かって教えを乞うてる人も方がよっぽどいいわ』といった。それがいじめるキッカケ何だと思う。
「この後もし予定がないなら場所を変えないかい?」
「えっと……」
僕は普通の大学に通っているため暇ではある。でもいじめられていた相手と長居はあまりしたくないため困惑をしてやめてもらうようとしていた。
「君に河月さんのことで言いたいことがあってね」
「本当なんですか!」
そんなに大きな反応をしないと思っていたはずなのだが想いの他心は素直らしい。
「いい食い込みようだね。そうこないと」
そして一通りの行事が終わってから僕と神崎君は自分たちの高校の元部室に来ていた。
「来ない間にここも倉庫扱いされるようになったんだね」
「そうですね……」
僕はここに来るとあの日々を思い出してしまい胸の辺りが会いたいという思いが溢れてくる。一方神崎君は窓を開け椅子などの配置をしてくれた。
「ありがとうございます」
「気にすることないよ。じゃあ本題に入ろうか」
神崎君はいつも通りの笑顔とは変わり真剣な顔で僕を見つめてきた。
「君は河月さんのことをどう思っている?」
「えっ……好きで今も会える方法があるなら何をしてでも会いたいと思っています」
「そっか」
唐突な質問に戸惑ったが自分の想いを素直に答えた。すると神崎君はなぜか安堵して小さく笑っていた。
「君は二年前の約束をちゃんと守っていい人だね」
「二年前って」
「おっと、少し口が滑ってしまったけどこれは聞いてないってことで」
神崎君は二年前のあの時きっと盗み聞きをしていたのだろう。だからこそ今の状況も把握して僕に声をかけた。もしこの予想が正しければ色々と納得できる。またいじめに来たのだろうか?その疑問が頭から離れなかった。
「まあ君が不安がるのも分からなくもない。けど今することは余計な詮索よりも河月さんに会うために君がやらなくてはならないことをやれ」
「なんでそこまで……」
「罪滅ぼしかな。あの時の僕は少し君が羨ましかったんだ。自分の好きな人と一緒の夢に向かって必死に努力している君達が。だから僕はあんなひどいことをしたりしてしまった。まあ君が来なかったら幸せになったんだなって思って見守るつもりでいたけどね。……あの時は本当にすまない」
「……」
頭を下げて謝る神崎君に僕は何も言わずそっと見ていた。羨ましいという言葉であの苦しい学校生活を送っていたのならと思うと腹が立ってくる。
「君が何も言わないのも無理ない僕は人として最低なことをしたのだから」
態度を見ると反省はしているように見えるが気持ちが追いつかない。今まで受けた恨みが妨害しているかのように。
「じゃあ最後に河月の手紙を置いとくね。これは必ず読んで二度目になるけどやるべきことをやるんだ」
と神崎君は机に手紙を置き元部室を去った。
「二通目の手紙……」
僕は机の手紙を手に取った。一通目の手紙と違い条件がないため気持ちが楽だった。
『三年後またここで会いましょう。楽しみに待ってるわ。六月五日」
手紙にはそう書いてあった。最後に記された日にちになんの意味があるのだろうと思うこともあったが楽しみに待っているという言葉がいろんな意味を含んでいるように思えた。
例えをいうならば未だにかけてないA4の手紙とか。
あのあと僕は家に帰り机から一通目のA4の手紙を片手に持ちベットに横たわった。
「三年経ったら僕は河月さんが記憶から薄れてしまうならもう見ても……!」
弱音を吐きA4の手紙を開けようとした時非通知の電話がかかってきた。
「もしもし……」
急な電話だったため反射的に出ると長年聞いてなかった声が携帯越しに聞こえた。
「まだ約束を守ってくれていたのね」
「……河月さん」
「あなたの声を聞くのは二年ぶりかしら」
携帯越しに聞こえる河月さんの声は少し嬉しそうに感じた。実際のところ僕は嬉しかった。あの日以降僕は小説を書けないことを恨み書かなかった。でも今の河月さんの声を聞いていると気にしてないように思えた。
「そうですね……」
「高校の時のA4の手紙はもう開けなさい。そこにラインのIDが書いてあるわ……あと三年待ってそした……」
会話の途中で電話は切れてしまった。
あれから十分が過ぎたが再度電話がかかってくることはなく僕は携帯をその場に手放しA4の手紙を手に取った。
「さっきの電話は幻聴じゃないなら開けても」
僕は幻聴じゃないことを願いA4の手紙を開けた。
『kawatuki0605』
中にはラインのIDが書いてあった。でもそのIDを追加しようとはしなかった。河月さんがあと三年といったのには何か理由があったから。ということは追加したら迷惑をかけることになる。だから僕は今から三年の間に神崎君の言っていた通り今やるべきことをやらなければいけない。
そして僕はベットから起き上がり机に向かい原稿用紙とペンを持った。
月日が過ぎるのは早くあの日からもう三年経ってしまった。僕はよくいるサラリーマンになり日々を社会のために尽くしていた。
「もう明日か」
明日は河月さんとの約束の日。僕は河月さんに対する思いを書いた小説を作った。出来の方は自分では何とも言えないが高校時代の日々の心境や後悔を沢山詰め込んだ。好きという気持ちも。でもいくら好きな人とは言え五年も経つと記憶は薄れてしまってしまうものだ。
「とりあえず色々頑張ろう」
少し不安の気持ちを持ちながらも僕は明日の用意をした。
――当日――
仕事を今日はできる限り早めに切り上げ放課後の真っただ中に元文芸部部室の扉の前に立った。
「ふぅ~」
僕は入る前に深呼吸をした。この扉を開けたら五年ぶりに河月さんと……。
「失礼します」
「五年ぶりね」
そこにはいつもの席で出席簿を膝の上に置きスーツ姿の河月さんが座っていた。その姿は高校の頃とは違い大人びていた。
「で、ですね」
五年のぶりの対面しての会話に緊張してしまいうまく返答することができなかった。
それにこの元部室に何か違和感を感じ周りを見渡すと三年前よりきれいになっており倉庫扱いされてないように感じた。緊張と違和感にとらわれている中制服を着た男子生徒が入ってきてこの状況を見て戸惑っていた。
「河月先生、今日って……」
「連絡が言ってなかったのね。来てもらって割るのだけど今日の部活はなしよ」
「失礼しました」
僕は生徒が扉を閉めた後に河月さんを見た。
「先生って……」
「驚いたかしら」
「驚いたというよりなんで先生になったのかと……」
僕は生徒が扉を閉めた後に河月さんを見るとにやりと笑っていた。
「それは元々教えるのが好きなのもあったけど、一番はあなたに会うきっかけを作りたかったの」
「きっかけ?」
河月さんは頷いた。
「卒業式から私たちは疎遠になってしまった。A4の紙を連絡先は書いていたのだけれどあなたが見ないと予想していたから会えるきっかけが欲しかった。成人式という手段があったのだけれどあなたは来ないと思ってたけれど保険として神崎 君に手伝ってもらったけどいじめられていた同級生の顔を見に成人式に来るなんて……ごめんなさい」
「いえ、別に気にしないでください。河月さんは何も悪くないのですから」
でも正直なことを言ってしまうと僕はだいぶ驚いていた。ただの文芸部という部活の一部員だけだと思っていたのに僕に会うためにここまでしてくれると思っていた。そう思っていると一つの疑問が浮かんだ。
「でもなんでそこまで僕に会いたかったのですか?」
自分が発した後に思い返してみると恥ずかしさで倒れそうだった。だが、河月さんは僕の発言に動揺もせずただニヤリとしていた。
「そんなのA4の手紙をもらいに決まっているでしょう」
その言葉に河月さんが先程から頬をにやけさしていた理由が分かり僕ははめられたと感じてしまった。
僕は時間などを決められると小説が書けないという半端者のためそれを逆手に取られたのだ。三年前のあの電話の時に気にしてない風に思わせて、罪悪感をなくならせた後気ままに書いていると見越していたのか。僕のことを熟知した河月さんらしい計画だ。
「完敗です」
僕はカバンの中から A4の手紙を河月さんに渡した。そして河月さんは真剣に手紙を読み始めた。
「……」
時間が刻々と進むにつれ僕の心臓が高鳴るのが分かってきて今にもこの場から逃げたい気持ちになった。
「小説みたいな恋文ね」
「えっ……」
と一枚目の A4の手紙を読み終わったところで言葉を発した後に全ての A4の手紙を破り机の上に置いた。僕はその行動を見て何が起きているのか分からなかった。
「な、なんで……」
でも少し時間が経ち振られてしまったんだと悟り顔を俯けた。
「あなたが文学部にいたのならこの告白は正しいのだろうけど、もう私たちは文学部員ではないのだからこの告白以外の……直接告白してくれるかしら」
最初は振った理由なんて聞く耳を持たなかったが話を聞くうちに振ってないことに気付き僕は顔を上げ
た。でも最後の言葉に戸惑った。
「……ちょ、直接ですか!?」
「そうよ。何か問題があるかしら」
「いえ、ありません」
「じゃあやりましょうか」
僕は何も言い返すことができず直接告白をするという流れになった。でも直接告白をするとしてもどう告白をすればいいのか……。
「あの恋文みたいにあなたの素直な気持ちを言いなさい」
僕が迷っていると河月さんは助言をしてきた。……自分の素直な気持ち。
「すぅー」
リラックスするために一呼吸いれた。
「僕は河月さんのことが好きです。僕と付き合ってください」
この告白を一言で終わらせるつもりはなかったのだが直球でいうと思っていない河月さんを驚かせるため羞恥心というものを捨て直球で言った。
「あなたがそんなに素直に言うなんて思ってなかったわ。……でも。……確かまだする事があるから今日はも
う帰りましょうか」
「……」
河月さんは予想通り驚いてくれたが返事をせず帰るように促してきた。当然不審に思ったが河月さんの顔を見るとそれを口にしようとは思わなかった。
「何か返事しなさい!そこは躊躇するところではないわ」
「す、すいません。じゃあ僕はこれで」
泣きながら軽く怒ってくる河月さんを目の前にして僕は従うしかなかった。
「なら……また会いましょう」
そしてあの日以来河月さんとは会っていない。
後に聞いた情報なのだが河月さんは政略結婚が決まっていたんだと言う。
その話を聞くとあの時の涙にどんな意味が込められているのかが勘違いかも知れないが理解することができた。
でも思いを伝えることはできても驚かそうとして大切な告白を短くしたことに僕は一生後悔すると思う。
けどまた会えることを信じて僕は思い続ける。
卒業式で僕は…… ふじうり @huziuri214
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます