第44話 欲

 無駄な力を入れる必要は全くない。この形は、全てを切り裂くための答え、最適解を教えてくれる。全てはすでに答えが出ているのだ。


 今まで、何故分からなかったのだろうか。刀があってこその僕であり、僕があってこその刀だったのだ。これも一つの愛を表している。


 刀を構えて分かったことがある。


 本来ならばこの黒い何かは巨大な力を持っている。それは衰えを知らず、悠久の時を過ごしてもなお、人間にとっては手の届かない場所にいるのが確定している。

 その鱗は何者も通すことはなく、例え人類の魔術を終結させたところで傷がつく程度だろう。そしてその叡智は人を越えるために、そのような状況には決して陥らない。


 では、何故僕はこの黒いなにか、いやもう取り繕う必要はない。黒いトカゲと対面しているのだろうか。答えは明白で、これは僕を語り部として生き永らえさせるつもりなのだ。そのために、帝国にもミルザーム国にも精通してしまっている僕に全ての真相を明かそうとしている。だが、腕の一本や足の一本程度はもいでいくつもりだろう。もちろん全力ではないが、殺気を隠そうとしていない。


 全ては人類の絶望のため、二度と歯向かうようなことのない見せしめのため。ただそれだけのためにコラッドは首だけとなって僕に見せつけられている。

 しかしそこにいるのがコラッドであるという矛盾に黒いトカゲは気づいていない。確かに叡智では勝てるわけもないだろう。知識においてはなおさらだった。


 だからこそ、愛が勝つのだ。愛を知らないトカゲは愛に負ける。


 そして冷静な頭になれば真実は導き出せるという事はいつの時でも同じなのである。最適解は教えてくれる。その行動の理由を。


「お前、僕らを恐れているな?」

「何を馬鹿なことを」


 巨大な竜が僕を威圧するためにはばたく。だけど最適解に対して威圧というのは最も無意味なもので、それすら知らないというのはもはや賢者とは言えないのではないかと僕は思わざるを得ない。

 すでに死が近付いている。それが僕なのか、この黒いトカゲなのかは知らないが、最適解を前にそれはもはやどうでも良い事だった。


 圧倒的な恐怖を演じるつもりの黒いトカゲが、僕を殺そうというふりをする。僕もそれに付き合ってやる構えを見せて、どことなく冷めてしまった心を向かい合わせた。

 

 エイジが鎌首をもたげて空気を吸う。それは必死の灼熱の息吹へとつながるのであろうが、口腔を中心に扇状に広がるそれが、可動範囲の原点が首の根元にしかない事を僕は知っている。それならば、間合いの内側に入ってしまえば、選択肢はむしろ少なくなる。

 後ろに回ってしまえば、そこには無骨な尾しか存在しない。鞭のようにしなるそれに脅威を覚えるということはすでにない。その軌道は鞭であり尾でしかなく、しなりがあったとしても予想の範疇を越えることはない。

 側面の翼など論外である。どの位置を切り裂けば飛べなくなるかという事すら分かる。


 対して刀は美しい。僕の両肩という二点を軸に、肘、手首、指先と何度も折れ曲がり、それでいてまっすぐだった。その軌道は相手の動きに合わせて変更することができ、だからこそ刀だった。そしてさらには僕の足と腰と背骨が連動する。


 全ての組み合わせに対応することは不可能である。だからこそ、次の一手をうつ刀の攻防は美しく、そこには愛が存在する。



 長年、僕の言うことを聞き続けてくれた体は僕の思い通りに動いた。絶死の息吹の届かない範囲に入り込み、繰り出される鞭の尾をかいくぐる。



 僕はコラッドの愛に応えなくてはならない。仲間を代表して応えるのではなく、仲間の一人として応えるのだ。それが彼の生きる意味を際立たせ、そして愛することにつながる。


 だとすると、究極的に僕はこの黒い翼の生えたトカゲをも愛することになるのだと思う。愛し方はそれぞれでよい。僕は刀で斬り裂くのが愛だと信じている。



 灼熱の息吹の余波が服を焼く。延焼することはなく、空気を切り裂いたことで生まれ出づる風がそれ以上を許さない。そして僕の愛はかのトカゲに届く。


「馬鹿なっ」


 黒色の鱗を過信していたのだろう。それはもしかしたら奴の中では知識から来る証左だったのかもしれない。だが、角度を変えた僕の刀は鱗の根元のみを切り裂き、跳ね上げた。肉が露出した部分に返す刀を根本まできっちりと差し込む。


 僕は最適解を聞いた。



 このまま、刀はやつの心の臓を貫いたままにしておくべきだと、刀は言った。



 だが、それは愛だろうか。愛とはなんだ。 


 僕は刀を抜いた。賢者と言われたエイジは血を吹き出しながらも僕を食い殺そうともがいた。

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