第43話 裂

 何度予想外だと言えば気が済むのだろうか、さすがに作戦参謀と名乗る以上は俺の思考を理解くらいして欲しいという意味をこめて、睨みつける。しかし、その意味すらも察してくれない者を近くに置いておくのはすでに不快感を通り越した何かだった。

 すでに作戦参謀たちは何も意見を出さなくなっている。脳の処理が追い付いていないのだろう。作戦を立案に加われない参謀など存在価値すらない。俺は彼らを下がらせた。一人で考えるしかない。


「無尽蔵か……」


 異界からの援軍というのは明らかに予想できないほどの規模だった。アノーとの共謀で屠ったあの軍よりもさらに大規模なものである。


「戦力の逐次投入などという愚行をするなんて……」

  

 まるで味方を罵るかのような言葉である。敵がそのような事をしているのはむしろ幸運なのだ。戦略をまるで分っていないか、前の戦いに間に合わなかったのか、どちらにせよ我が軍は生き延びている。無論、戦力を集中して叩きに来られた時点で数の優劣はいかんともしがたいものになっていたはずだった。


 予想しなかったわけではない。だが無尽蔵であるという可能性は低いと思っていた。それは無尽蔵ならばさっさと我らを壊滅させに来ればいいだけの話で、何かを待つなんて事をする理由が見当たらないからだった。これで打ち止めなのかもしれない。しかし、その保証はどこにもない。

 もともと、異界の軍勢に援軍があると想定した場合にとれる選択肢は多くない。その中でもこれだけの規模の援軍となると、できることは限られていた。現実的な選択肢は、平時であれば現実的ではないと切って捨てられるような策である。


「あいつも、同じ考えだろうか」


 そうであって欲しいと願いつつ、それ以外に選択肢はないとも思う。



 地図の上での語り合いは限界がある。示し合わせたように行動するのではなく、示し合わせることが必要なほどに、異界の軍勢は圧倒的だった。

 帝国と、ミルザーム国の軍隊を合わせたそれよりも多い。


 周辺諸国の軍はなにをしているのだろうか。帝国を相手にした時にはあれほどに結託してみせた諸国は、今回は足並みがそろっていない。牛歩とも呼べるほどの遅さで、こちらへと援軍を差し向けてくれる他国の軍の、その数を聞いてあきれるしかなかった。帝国が侵略されれば、次はお前らだということが分かっているのだろうか。本能でそれを理解できておらず、また互いを信頼できていないからこそ、このような事になっているのだろう。ほとんどの国は主力が自国の防衛に当たっている。それこそ戦力の逐次投入に等しい。


「仕方がないが、こんな時にダンがいないだなんて」


 信頼できる武人が傍にいれば、彼を引き連れて行動できただろう。だが彼はいないのだ。であるならば、本当の意味で信頼のできる部下などいないという事だろう。さきほどの作戦参謀などもってのほかだった。


「どうするかな」


 確実な方法をとりたかった。それでいて、味方の誰にも知られない方法である。繰り返しで思うが、ダンがいれば何の問題もないはずだった。


 将軍の軍服を脱ぐ。着なおしたのはかつての旅で来ていた旅装である。これならば、軍関係者とは思われないはずだった。

 陣営を抜け出す。こんなに簡単に将軍が陣営を抜けたとしても誰にもばれないとは、帝国は大丈夫なのかと思うが、潜入するのは難しくても脱出するのは簡単なのかもしれない。注意は外にばかり向けられており、これは改善の余地があると思った。



「いるとすれば今日だな」


 ここしかない。向かう先は戦場から少しだけ離れた場所にある村である。示し合わせたようにこの村に被害が及ばないように戦っていたにも関わらず、それでも村は荒れていた。逃亡兵などが略奪を行ったのかもしれない。宿が細々と続けられているらしく、唯一明かりの灯った建物へと馬を走らせた。



「やはり、来たな」

「久しぶりだな」


 中には煙草をふかしているミルザーム国の軍服を着た男がいた。こんな所でミルザーム国の軍服をきたままとは、どれだけ不用心なんだと思う。帝国軍に見つかろうものならたちまち戦闘になることは目に見えていた。その男と同じテーブルには屈強なソードマンが二人控えている。アノーとは違い、酒は飲んでいないようだった。何かあればこの二人が男を護るのだろう。そして、その力量はダンほどとは言わないが、この世界屈指であることは明らかだった。


「アノー」

「リヒト」


 本来ではありえない邂逅だ。現在帝国とミルザーム国および異界の軍勢は全力で殺し合っていることになっているのだ。その指揮をとるはずの二人がこんな村の宿屋の酒場で顔を合わせている。俺はあえてアノーとは別のテーブルへと座り、酒を注文した。


「さすがに地図の上で語り合うのは限界だ。しかし手短に話そう」

「作戦はもう考えてあるのか?」

「後で読んでくれ」


 後ろを振り返ることなくアノーは一枚の紙切れを俺へと手渡した。それをポケットの一番奥へとしまい込む。人類の最後の希望がこんな紙切れに託されるとは、笑うしかないだろう。ダンがここにいたら何を言ったことか。


 アノーたちはすぐに席を立った。ここにどのくらい留まっていたらいいのだろうかと思案するが、久々に酒を飲んだということもあって少しだけ居座ることにした。


 しかし、飲んでも酔うことはできないだろう。



 異界の大軍を切り裂くための策、アノーが自分と同じことを考えているかどうかは分からなかったが、作戦が成功したとしても人類側には大きな犠牲が出ることになる。有無を言わせずに紙を押し付けたことから考えると、あの親友はミルザーム国軍を犠牲とするだろう。それが罪滅ぼしだとでも言うかのように。



 注文した一杯だけの酒を飲み干すと、俺は宿を出た。

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