第38話 共

 なんとか間に合った。

 正直な話、あまりにも手加減を知らない攻めに対して、親友が心まで売り飛ばしたのを疑いたくなるほどだった。しかし、その中には少しの違和感というものもあり、戦争の終わり方を考えた場合に彼を信じることのできる部分が少しだけ残っていたというのは買いかぶりじゃないだろう。


「分かった、そこまで言うのなら乗ってやろうじゃないか」


 地図の向こうのアノーに語りかける。これほどまでに思考を口に出してやっているというのに、若い作戦参謀たちは誰一人として俺の思考についてこれてなかった。若いと言っても年下は皆無だが。


「ダンですら、このくらいは理解してくれたというのに」


 変な予備知識を持っていなかったダンは、新たな戦略を生み出すわけではなかったが、戦術のほころびを指摘するくらいの事はできた。しかし、アノーが指揮するミルザーム国軍を相手に何かしらの意見が言える者がいない。完璧な超人などいないのだ。俺だって見落としくらいはある。


「塹壕を広げておけ。これが終わったら当分の間はこちらから突撃するなんてことはない」

「はっ! 伝達いたします!」


 帝国各地からかき集めた軍がなんとか間に合ったようだ。そしてその半分を工作兵と補給部隊へと回した。守りに入った時点で補給が生命線である。各地の補充に守備兵を裂くのは最低限にしなければならなかった。


「魔獣部隊と、魔術大隊を準備させておけ」


 狙うのは異界の魔獣で溢れる領域である。苛烈に容赦なくそれでいて至高かとすら思える相手陣地において、罠かと疑うほどの小さな綻び。だが、それが罠としてはあまりにも成果に乏しく、さらには正攻法としては成り立たないということをはっきりと認識できるのは自分とアノーの二人だけだろうとリヒトは確信していた。そのあまりにも無意味な配置の違和感の意味は何かと問われれば、誰も答えに結びつかないだろうが、戦争の終結の形を思い描いて初めて二人だけの共通認識となる。


「人使いが荒い。だが、邪魔者には退場してもらおうな。」


 異界の魔獣たちのみを大幅に削ろう。アノーは明らかに自分にそれを伝えているとリヒトは認識している。だからこそ、必ず配置するはずの部隊が存在しない。

 異界の邪魔者が排除されればアノーとの本気のやり合いになるのだろう。問題はこの構成を作り上げた時に、こちらに大きな隙ができているという事だ。そこはアノーを信じるしかないという思考を持つことなどできやしなかった。むしろ、その隙を突いて来るのが当たり前なのである。であるからこそ、必ず配置される部隊がいないのであるが、隠しているという可能性も捨てきれない。


 アノーにしてみれば、異界の魔獣たちと帝国軍が共倒れになるというのが最もよい結果に決まっている。そして、それはリヒトにとってもお互い様だった。


「さあ、どう出てくるか」


 すでに異界の魔獣たちを排除することができたかのような口ぶりでリヒトは戦場を眺めに出た。自ら魔獣部隊を率いるつもりなのである。

 傍らに控えていてくれる人物がいない事を、少しだけ寂しく思った。


「まあいいさ。語り合うにはお前で十分だ」


 リヒトは地図の向こうのアノーに語りかける。



 ***



「貴様ら、存外にも脆いのだな」


 ここで気づかれるわけにはいかない。アノーの内心は冷や汗で一杯だった。だが、こういった時にあえて先に攻めるというのは人間以外にも有効らしい。相手の反応はあまりにも滑稽だった。


「調子ニノルナヨ」


 明らかに監視役としてつけられたミオルが激昂しているのが分かった。自分たちを侮られたことが彼の逆鱗に触れたのだろうが、それがアノーの目的だとは疑いもしないらしい。


 まさか異界の魔獣を寄せてこれから突撃をかけるという前に帝国側から反撃を受けるなどとはミオルは考えていなかったし、それに対してアノーはその程度で崩れるとはと怒りの態度を示したのだ。異界の魔獣の弱さは想定外だとでも言うような態度で。

 作戦は成功した。アノーが地図の上でリヒトと語り合ったなどとは誰も思っていない。しかし、アノーもリヒトもこれはお互いに示し合わせた結果だったと確信している。そしてその作戦が成功した今、本当の意味でアノーとリヒトの戦いは始まったのだ。


 大きく勢力を削がれた異界の魔獣など、もとより戦力として数えるつもりはなかった。そもそもアノーの指示にはほとんど従うつもりすらないのである。指示に従わない駒など駒である価値すらない。


 しかしこれで戦力は大きく帝国側が優勢となった。それでもよいとアノーは思う。兵の質はあきらかにミルザーム国のソードマンの方が上である。互角となったと考えてもいいだろう。



 久しぶりに親友と語った。ミオルを騙しおおせたあとにアノーはそう思った。理解し合える友というのはいいものだ。それを思った瞬間に、理解し合えなかった輩の事をアノーは思い出した。


 ラハドの町の作戦の事がアノーを苦しめる。あの作戦で生き残った輩はどれくらいいるのだろうか。少なくとも生き残った輩には謝罪をしたい。そして自分の想いが伝わっていたかどうかを確認したかった。それは自己満足でしかなく、生き残った輩を更に苦しめるものかもしれないが。


「持久戦に持ち込まれれば、我が国の負けだ。突撃の準備を」


 すぐにでもリヒトは防御陣を敷き始めるだろう。そして自分はそこに突撃するしか活路はない。


 組みなおされた戦場と陣地を見下ろしてアノーは悟る。次の攻撃でリヒトとの戦いは決まると。



 一点、誘うように弱点と思われる箇所がリヒトの陣営には見える。それは自分にとってのラハドの町なのか。それとも友の心臓なのか。



 まだ、リヒトとの会話は終わっていない。アノーはそう思い、語りを止めることはなかった。

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