第37話 鳳

 隆起し、いびつな形となったウラルの周りには先程まで「門」を守護していたはずの魔獣が深傷を負って倒れている。


 獅子を思わせるが、黒色のそれでいて光沢の強い四足獣であったそれは万全の状態であったのなら威圧感が半端なかったのだろう。しかし、地面の血だまりで息を荒げるそれにかつての威容は望めず、ウラルはすでにそれに興味を失っていた。


「フム…………」


 寄生する型のミオルにも格というものが存在し、その最上級とも呼べるミオルはもはや人と同様かそれ以上の知性を獲得し、魔獣たちのほとんどを掌握していた。

 そのミオルの支配下に入らない者の一つが「門」を守護していた魔獣であり、支配下に入らない理由は単純にその強さによる。それほどの強さを持つ魔獣であったのだが、ウラルによって屈辱を受けることになるとは想像もしていなかった。


 だが、ウラルは異界の魔物たちの理の外にいる存在であった。ミオルの長はその光景を夢でも見ているかのように眺めていた。それほどに自分の予想を超えることが起きている。


「面白イ」


 ミオルの長としては寄生されたはずのウラルが未だに自我を保っていることなど許容できるはずもなかった。だが、そのどす黒い感情を好奇心と野心という感情が上回った。


「王よ……」


 ミオルの長の頭の中には異界の王が映る。単純に力で屈服させられ、さらにはかつての侵攻の際に切り捨てられた記憶が、彼に反逆の二文字を忘れさせなかった。だが、今回の侵攻でもその準備は整っていない。異界の王はそれほどに強大だった。


 しかし、「門」の前の地面に巨大な刀を刺して新たな門番にでもなったかのようなウラルを見て思う。


 これならば、いけるのではないか。


 異界の王にすら届く可能性を秘めたものである。ウラルのような者があと数人いれば、異界の王を屠ることも可能だ。ならば、人間のなかで優秀で執念を持つ者たちを集め、ミオルの寄生に抵抗させ、異界の王にぶつければよい。


 障壁となるものはいくつかあるだろうが、なんとかなりそうだった。優秀なソードマンを探すとしよう。ミオルの長はその寄生した体の口の部分を歪ませた。



 ***



「フェニックスが召喚できていれば、あんな奴どうってことはなかったはずだ」



 ミルティーレアの主張を聞きながら、何人かはそれが意味のない主張だと耳を貸そうともしなかった。終わってしまったことを話し合っている場合ではないのである。だが、ミルティーレアは諦めなかった。その表情には悔しさしかない。


「普段から召喚に慣れておく必要があると思うんだ」

「まあ、それはそうかもな」


 コラッドはあまり歯切れがよくはなかったが、賛同した。他は特に反対意見もないようだ。ラングウェイは「どうせ今の所はほとんどダン一人でなんとかなってる」から好きにしたらいいと言っていた。


「よぉし!」


 やる気になったミルティーレアが、魔獣との遭遇戦でフェニックスを召喚した。


 フェニックスは炎の色をした大きな鳥だった。おおとりとも言う召喚獣である。異様に長い尾羽を地に垂らすように空に滞空していた。それが照らし出す光を浴びて、魔獣の動きが鈍るのが分かった。


 偶然の遭遇であり、僕らを追ってきた魔獣たちではなかった。そのために三匹しかいない。だが、光を浴びてもその狼に似た三匹が襲ってくるのをやめる気配はない。


「あくまで、力を弱くするという光なのか」


 ラングウェイはそういうと僕に指示を出す。刀ではなく棒を握った僕は魔獣たちの中に飛び込み、瞬く間に魔獣たちの脳髄を散らした。たしかに、あまりにも弱い。


「だから、ベヒーモスでの護衛が必要というわけか。なるほど」

「伝説では、十数体ものベヒーモスがフェニックスの周りに召喚されていたはずだ」


 おそらく、そのベヒーモスたちが異界の軍勢を蹴散らしたのだろう。他にも召喚獣たちに助力した勢力があったに違いない。


 全ての戦場が見渡せる場所にフェニックスがいれば、それは異界の軍勢にとっては致命的なのであろう。距離がはなれるとどのくらい効力が弱まるかなどはまだ検討の余地があるが、すくなくともこの距離でフェニックスの光を浴びた魔獣は一般人と戦っても負けるかもしれないほどに弱まっていた。


「何事も、使い方次第だな……」


 コラッドが呟く。視線の先には息を切らせてこれ以上は歩けそうもないミルティーレアがいた。



「だ、大丈夫だ」

「見るからに大丈夫ではないな。どうする? フェニックスの召喚は短時間しかできないと判断するが、このまま都へ潜入するか? 少しでも召喚時間が伸びるように特訓でもするか?」


 コラッドの言い方では後者はないと判断するしかない。いまさらミルティーレアの召喚の腕が上がるとは思っていないし、時間の余裕が少しあると言って数日である。


「このまま潜入しよう。フェニックスの召喚は、異界の入り口が見えてからだな」

「どちらにせよ、光を放つ召喚獣は目立ってかなわん。はやくこの場所を離れるぞ」


 コラッドもラングウェイも結論は同じだった。現実的にそれしか選択肢はなかったのである。

 フェニックスはあくまでも切り札である。それが使いどころを間違えば、ミルティーレアを置き去りにしなければならない状況になるかもしれない。できればフェニックスは使わずに、それでいて異界の入り口を塞ぎ、速やかに西へ向かう。理想を言うのは簡単だと僕は思った。だが、それを為すには力がいる。



 僕は腰につけた刀がカタカタと震えるのを自覚していたが、あえて止めようとは思わなかった。


 力が欲しい。僕はずっとそう思っている。

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