第36話 隙

「分カラヌ…………」



 地に伏した僕を見て、ウラルが呟いた。その左の腕は完全に切断され右目も切り裂かれていたが 、立っているのはウラルだった。僕の視界は地面で一杯だったためにウラルがどんな表情でその言葉を吐いたのかは分からなかった。


「ダン!」


 僕のすぐ後ろにいたアイリが叫んだ。すぐさま僕に回復魔法をかけようとするが、それをラングウェイに止められていた。そんな事をしても僕ごとウラルに斬られてしまうのは明白だったからだ。


「吹き飛べぇ!!」


 ラングウェイはかわりに魔法を放つ。だが、出会い頭に放ったそれとは威力が段違いに弱く、ウラルに効くとは思えなかった。しかし、彼の狙いはウラルを吹き飛ばす事ではない。


「掴まれ!」


 コラッドが召喚した馬の召喚獣が口で僕を持ち上げ、そのまま駆けた。肋骨が何本も折れているのだろう。痛みが駆け巡ったが、手加減してもらえる余裕はなかった。その馬にはコラッドが乗っている。馬の背中側に移動させられコラッドに抱えられると、馬はさらに速度をあげた。他にもミルティーレアが召喚した馬にラングウェイとアイリは回収されていた。


 だが、ウラルはこの馬よりも速い。


「無理だ、逃げられない」

「そうだな、後は任せるぞ」


 馬を駆けさせながら、コラッドがもう一体召喚を追加した。それを見て、彼が時間稼ぎをして死ぬつもりだと、僕ですら分かった。


 刀を、地に伏して尚離すことのなかった刀を手放し、コラッドの服を掴む。この手を離すつもりはない。コラッドが馬を乗り帰るのを阻止すると、僕は嘆願した。


「やめろ」

「…………召喚!」


 落ちた刀はコラッドが召喚した鳥がくわえて拾ってきた。全身に汗をかいているコラッドは僕を見つめた。


 馬の走る音だけが続いている。視界の外には二頭分の走る音、ラングウェイたちは追い付いてきているようだった。

 早くしないとウラルがやってくる。今、あれに対抗できる仲間はいない。だが、コラッドを置いていくなんてことが僕にできるわけなかった。


「くそ、弱くなりやがって」

 そう言ってコラッドはむしろ少しだけ嬉しそうだった。


「アイリ! 早くダンを回復してやってくれ!」


 コラッドはそう言うと後ろを向いて睨んだ。前に乗せられていた僕を適当に後ろ手で固定し、ウラルがきたらすぐさま召喚ができるよう睨みつづけている。その間も馬の速度は落ちることはなかった。


 アイリとラングウェイを乗せた馬が僕らに近づいてきて、アイリが僕に回復魔法をかけ始めた。その間に視線を固定したままのコラッドはミルティーレアに鳥の召喚獣を呼び、上空から走る方向を導くように指示を出す。


 全員が必死だった。



 しかし、ウラルはやって来なかった。



 ***



「なんで、ウラルは追って来なかったんだ?」


 かなりの距離を召喚獣で走り抜け、都の近くにまで来てから僕らは山の中に潜伏することにした。予定では目立つ召喚獣での移動は行わないはずだったのだ。

 怪我の功名、とでも言えばよいか分からないが想定よりもずいぶんと早く都に近づき、さらには他の魔獣たちにも出会わなかったのである。良くも悪くも一息つけた。


「分からないが、ミオルに寄生されてるから、次に出会った時にはあの手も目も治っていてもおかしくないな」

「回復するために引いたのか?」


 さっきからミルティーレアの疑問にラングウェイはまったく答えていない。ラングウェイは冗談を言う時以外は基本的に確証のない話はしようとしない。そしてその単純で賢明な考え方が僕らの進む方向をはっきりと照らすことは多かった。しかし、今のラングウェイにとっても不確定な要素が多過ぎるようだ。


 対して、コラッドとアイリはなんとなくウラルの思ったことが分かったのではないだろうか。それはこの数日、輩からの奇襲を何度となく受けていたからでもあり、輩の、ソードマンたちの考え方を少しは知ることができたからだろう。


「ダン、貴方わざと避けなかったわね」

「アイリ、よさないか」


 コラッドがアイリを制した。僕はアイリに怒られることは分かっていた。アイリならば僕を怒るだろう。けど、仕方がなかったのだ。


「何でよ!」

「…………すまない」


 立場が逆であればやってられない。やってしまった僕もそう思う。だけど、僕にあの刀を避けるという選択肢はどうしてもなかった。


「貴方が私をかばってやられたから、だからウラルは納得いかないから追ってこないんでしょ? あの時、私がいなかったら死んでいたのはウラルの方だったから」


 多分、その通りだと思う。アイリは続けた。コラッドの制止を振り払って。


「でも分かるでしょ? あいつは特別なの。あいつを仕留めなかったことが私たちの目的を成功させるかどうかを決めるくらいに」


 だから、君を見殺しにすればよかったのか? 僕はアイリではなく自問した。答えが出るわけもなく、昔に僕にやめろと言った事をアイリ自身が言ってしまっている矛盾と、それ気づきながらもアイリは言わずにいられなかったという事にも気づいていた。




 あの時、僕は初めて広がった世界の光景の中に、仲間がやられるかもしれない恐怖というものを見た。あらゆる選択肢をとる中で、ウラルがもしかしたら僕ではなくて仲間を狙うかもしれない。そんな思いがもしかしたら視線に現れてしまったのかもしれない。

 ウラルには隙があった。僕は急いでそこを突いた。世界に二人しかいなければ、僕がウラルに負けるはずがなく、ウラルの首は胴と離れているはずだった。


 しかし、僕の中には恐怖があった。それにウラルが気づいた。



 左腕を断ち、右目を切り裂いた僕の刀はウラルの首を狙うはずだったけど、僕の視線の先にはもっとも近くにいたアイリがいた。

 ウラルがアイリを斬ることのできる間合い、それに入る前に決着をつけようとした僕の不自然さが逆にウラルにその可能性を気づかせたのだろう。


 足先がその領域に入った僕の体に過剰な力が入った。ウラルがその選択肢を取りたかったわけではないと思われる。だけど、その選択肢を取りうることができるとウラルは示した。おそらくだけど、それは反射的にしてしまったのだろうと思う。

 殺気はこめられていなかった。そして僕が何をするまでもなくウラルは止まった。


 だけど、僕はその行動を見て、アイリとの間に立ちはだかり、その隙を逃がすことなくウラルは刀を振るった。愛刀は折れることなくその攻撃を防いでくれたが、僕は衝撃で地面に叩きつけられ、持っていた愛刀ごと胸を潰された。内臓までやられるほどの負傷をしながらも、何故か僕の心は少しだけ満たされるような感情が芽生えていた。



 ああ、求めるべき死地はここにあったのだという誘惑が僕を侵食していた。

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