第26話 強く

 ラングウェイは迷いなく生きている。それは凄いことであり、羨ましいことであり、強い心が必要なことだった。対してコラッドは迷いながらもそれを受け入れていた。僕にはどちらも真似できそうにない。


「カスミについて語って欲しいのか?」

「いや、それは遠慮しておくよ。そういうものはお前の心の中にとどめておくものだ」

「ふむ、そういうものか」

 危ない。カスミ嬢に関して語りだすとラングウェイは止まらない。それは何回か経験してきた。もういい。


 僕にそういう存在はない。いや、正確にいうとなくなった。

 刀が全てだった。いまでも刀はあるが、僕の愛用の軍刀はラハドの町に埋もれているはずだ。もしかしたら誰かが持って行ってしまっているかもしれない。


「ラングウェイは迷わないんだな」

「考え過ぎるから悩むんだ。悩み事なんて、悩んだ末に幸せが待ち構えてる事だけを悩めばいい」

「そんな簡単に割りきれるもんじゃないだろう」

「ああ、知ってる。だが、俺にはカスミがいる」


 そう言ったラングウェイの顔は輝いて見えた。アイリなんかはその顔をみて呆れていたが、僕には迷いのない、眩しいものに見えたのだ。


「悩んでもいいのよ」


 アイリがそっとそう言った。僕はこれだけ歳の若い女性に何を言わせたのだろうか。それだけでもふがいなく思い、そしてそんな事を考えたというのが嬉しくなった。


 悩んでもいいか。よく分からないな。だが、ラングウェイもアイリもそれでいいというのだからそれでいいのだろう。


 僕は一つの決心をした。もともと目標とかがなければ生きていけないタイプの人間なのだ。最初からこうしていけば良かったと思うが、ようやくここにたどり着いたという感じだ。


「ラングウェイ」

「なんだ?」

「僕は、……強くなるよ」



 決心を口に出すと、心の中で何かが晴れたような気がした。まだ解決していない問題は山積みであるが、それでも確実に前に踏みだせたという実感が僕を包んだ。

 強くなる。そして、ミルザーム国を異界から救う。それが僕の目標となる。


 ミルザーム国を打倒し、それが救うということになるかどうかは分からない。だが、輩たちが異界に支配されているというのはすくなくとも僕の中では不本意であり、ミオルに寄生された輩たちが進んでああなったとは思わなかった。


 そしていつか聞くのだ。「何故、祖国のために、輩のために死んでくれと言ってくれなかった」と。それが僕の目標となった。


 刀が僕の中に戻った。いや、元から離れていなかったのに僕が気づいていなかったのだ。



「お前、これ以上強くなるつもりなのか?」


 ラングウェイが僕の決意に水を差した。



 ***



「名をつけようと思う。何かいい名はないものか」


 北神流「柳受け」からの足を軸に回転を加えて相手の首を刎ねる技。僕が棒術を経験したことによる編み出された技である。


 またしてもミオルに寄生された輩の襲撃というのがあった。

 それはすでに僕らが村を出立した後のことである。どこでどう情報が漏れたのかが分からないが、僕らがこの付近に潜伏しているというのはミルザーム国にばれているのだろう。その証拠に立ち寄る村々ではミオルに寄生された輩たちの噂というのは聞こえてこなかった。あれほどに目立つ存在が誰かの視界に入れば噂が立つし、口封じされていたら行方不明者が増えるはずで、そのどちらもなかった。

 僕らを正確に集中的に狙って来ている。


「鬼神の舞」


 コラッドがそう答えた。傍らには僕の倒したミオルが横たわっている。

 彼はこの旅について来ないものだとばかり思っていた。ミルティーレアが異界の話をしないままに村人を説得し、その村人がコラッドを説得し、という形でコラッドが付いて来ると言うまでに三日かかった。ラングウェイは、それでも待つべきだと言い、アイリはちょうどいいと言った。

 ちょうどいいって、何がちょうど良かったのだろうかと思ったが、アイリは最後まで教えてくれなかった。


「舞か、いい表現じゃないか」


 そしてもちろんの事ミルティーレアもついてきていた。彼女はその左手に大盾を持ち、右手には両刃の斧を担いでいる。それはコラッドともに魔獣討伐で得た資金で買ったものであり、大きな町に寄る時には全身鎧を買うつもりなのだとか。

 全身鎧は高いからやめておけとコラッドが言い、お前を護るためだとミルティーレアが言い、昨晩は楽しい夜だった。


「待ってくれ。そう言えば、なんで僕は鬼神なんて呼ばれているんだ?」


 誰も答えようとはしてくれない。代わりに残りのミオルたちが僕たちに襲い掛かってきた。


 ミオルに寄生された輩と戦うことに迷いはない。むしろ、はやく救ってやりたいと思っていた。刀が、体の最適解を教えてくれる。さらには刀の使い方も以前とは変わって、できるだけ消耗しないようにという余裕が生まれた。

 相変わらず、ミオルに寄生された輩たちは力が強い。


 人間は、もともと自分の体を壊さないように力を加減して使っている。だが、ミオルに寄生された者たちはその枷が取り除かれるのか、もしくはミオルにより力が強化されるのか。おそらくは前者だろう。それだけに早く救ってやりたかった。



「こいつらが、こいつらだけでここに現れると思うか?」


 ラングウェイが呟いた。その間にも僕は三名の輩だった者たちの首を刎ねる。

 感覚が冴えわたる。この感覚は初めてだった。


 付きまとうような、誰かが足を振っぱるような、それでいてそこにしか活路がない道のような、以前の感覚とは違う。

 示されるとそれ以外は考えられない、最適解。僕はそれに支配される。


「こいつらを率いている者が、人間とは限らないが、少なくとも俺たちを知っている奴が近くにいるぞ」

「分かった、いでよ」


 ラングウェイの言葉に、コラッドが鳥の召喚獣を数匹よび出した。上空へと散っていくそれらの目を使って、ミオルを使役する者を突き止める気だろう。


 僕のやる事は決まっている。


「おいおい、なんだよ本当に。同じ人間か?」

「ミルティーレア、あれがダンだ。鬼神ダンなんだ」


 十数人におよぶミオルに寄生された輩。僕はその輩たちの刀を一切受けることなく、すべての首を飛ばした。


「……首を飛ばせば、輩は救われる」

「いやいや、言ってること怖いから」


 ラングウェイが僕の決め台詞に水を差したのと、コラッドがミオルを使役していた者を見つけたのはほぼ同時だった。

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