第27話 黒煙
棒を手放したわけではない。
特に多数を相手取る時には刀よりも棒の方が使いやすく耐久性を気にする必要もない。扱いが非常に難しい反面、攻撃と防御を一体に行えるこの武器は非常に優秀である。
それが風を切り裂く音に、魔獣の頭蓋が砕ける音が混じる。輩に寄生するというミオルという異界の魔獣はあまり見なくなった。
すべての輩が支配を受けているわけでもなく、支配を受けずに僕らを襲ってくる輩もいた。腕を斬り落とし、戦闘力を奪った輩には死を与えるしかない。
「尋問するか?」
「ミルザームのソードマンがそうそう口を割るとは思えない」
正直な話、そんなところを見たくなかった。ラングウェイもそれが分かっていたのだろう。それ以上追求してくることはなかった。輩の首は僕がはねた。
「帝を……」
彼が最後に呟いたのはその言葉だった。ミルザーム国におらせられる帝がなんだというのだろうか。
「おそらくは人質だろう。黒幕は他にいる」
「だろうな」
ラングウェイとコラッドの意見は一致していた。僕もそう思う。そうでなければ輩がミオルに寄生された仲間をそのままにしておくはずがない。帝の事を想うと、僕の胸も痛んだ。それほどにミルザーム国では帝が神のように崇められている。
棒を持つ手に、余分な力が入った。だが、それの修正もできている。僕が持った棒は寸分たがわずに魔獣の喉を貫いた。四足獣はどうしてもその顎を武器とする。だが、口の中までが硬い魔獣などいない。首の裏に通された棒を振り、死体となったそれを振り飛ばす。他の魔獣が明らかにひるんだ。
「吹き飛べ!」
ラングウェイの魔法が構築されたのはその瞬間であり、僕らは魔獣たちを一か所に集めるように誘導していた。焼け焦げた臭いが辺りに充満して、戦いが終わったことを告げる。
「もし、この魔獣たちが大規模に編成されているのだとしたら……」
帝国だけで対抗するにはかなりきついものがある。相手の部隊が全て魔獣大隊だと思えばよい。帝国虎の子の魔獣大隊が、その数十倍の規模で襲い掛かってくるとすると、それなりの策にはめない限りは蹂躙されるのみだろう。
「急ごう」
僕らはミルティーレアの先導で、伝説の召喚士たちの村を目指していた。それが逆に悪かったのかもしれない。敵は僕らの位置を掴んでいたのだから。
***
黒煙が示すのは一つしかなかった。
「待て! ミルティーレア!」
コラッドの制止を振り切ってミルティーレアが駆け出した。だが、そこにはすでに襲撃者の姿すらいない。
「そんな、……嘘だろ?」
ミルティーレアが故郷と示した村は焼かれていた。すべての住居だったものが炭と化しており、ところどころに肉の焼けただれた臭いがまだ残っている。昨日の事だったのだろうか、火が燃え残っている住居もあった。
「生存者は……」
ミルザーム国が先手を打ったのは確かだった。召喚士の情報があれば、ここにたどり着くことはできたのだろう。もう少し早くたどり着いていればという想いと、ベヒーモスを召喚できるほどの猛者が集うこの村を壊滅させることのできるほどの軍が動いたという事実が、その判断を鈍らせている。
もしかしたら僕らの行動から村の存在を予測したのかもしれなかった。召喚士の村を目指すということはすでに敵に漏れている情報の一つだったのだから。
故郷を失ったミルティーレアの想いとはどうなのだろうか。それは僕にも多少は理解できるはずのものだった。コラッドがミルティーレアの近くにいる。時間が解決してくれるものだと期待したい。
「しかし、これは困ったな」
ラングウェイが言った。だが、それほど困ったように見えないところがこの男が損をしている部分なのだろうと、僕ですら思う。
「とりあえずは生存者を探しましょう。あと、休むことのできる場所も。私たちは悲しんでばかりいられないのだから」
アイリだけが前を向いていた。そして僕にはそんなアイリが一番ミルティーレアの事を心配しているのだという事も分かっている。彼女は本当に心の優しい治癒師だった。
「ミルティーレアの事は俺に任せてくれ」
「ああ、それがいいだろう」
落ち込んだミルティーレアをコラッドに任せて、僕らは今日を乗り切るための場所を作るのと、限りなく少ない確率にかけて生存者を探すこととした。
生存者がいないという事を確認すると、僕らは空いた時間で墓を作った。大きな穴に皆を一緒に埋めて欲しいというのが、ミルティーレアの希望だった。
***
「……フェニックスを召喚獣にするやり方はあたしが覚えている」
一晩中泣いたのだろう。ミルティーレアは充血した目をこちらに向けて言った。
「コラッドなら、大丈夫だ。あたしが保証する」
異界の魔獣に対抗するために必要な伝説と言われる召喚獣。それの契約にはすさまじい精神力が必要とされる。
ミルティーレアはすでにコラッドという召喚士を見つけ出していた。この村で最強と言われた召喚士ですら、コラッドのベヒーモスには太刀打ちできないだろうとミルティーレアは言う。事実、僕が見た召喚士の中でコラッドはずば抜けて強かった。彼ならば、大丈夫なのだろう。
しかし、そんなコラッドが言った言葉は誰もが予想できないものであり、言われてしまえば誰もが納得できるものだった。
「俺はやらない。ミルティーレア、お前がフェニックスと契約しろ」
「無理だ、あたしはベヒーモスとすら契約できていないんだ」
「今ならできる。俺が保証する」
因縁だとか、運命だとか、そのようなものを信じるわけでもなかったが、僕にはそれが自然な流れだと思った。ミルティーレアは旅をしてコラッドと出会い、二人で村を護ってきた。成長しないはずがない。
そして、この村の事を考えるとミルティーレアにそれを諦める理由はないはずだった。そしてコラッドはそれができると考えた。
「俺のベヒーモスがお前を護る。それでいこう」
「おお、ついに告白か」
「馬鹿、茶化さないの」
そして空気を読まないラングウェイが台無しにする。
顔を真っ赤にするミルティーレアと、意味が分かっていないコラッドの間に微妙な空気が流れた。だけど、ある意味これでいいのかもしれない。コラッドがいればミルティーレアは大丈夫だろう。
村の近くに泉があった。
ミルティーレアは、そこでフェニックスと契約し、召喚できるようになった。その間、コラッドはずっと彼女の傍についていた。
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