第25話 夜空

 求めていた死地はない。それが分かった時にはもう笑うしかない。


「ダン、大丈夫か……いやいや、怖い怖い。顔怖い」


 敵をあらかた片付けてラングウェイが近付いてきた。僕が笑っているのを見て若干後退りしているが。


 その顔をみると彼もまた今回の戦いがかなり危ないものだったというのを認識していたというのがありありと分かる。至宝ラングウェイに死を意識させるほどの力があの輩だったものたちにはあったという事だった。


 ベヒーモスから人が降りてきた。一人は顔をしっている召喚士だ。もうひとりは初めてみる顔だったが、かなり大柄な女だということが分かる。


「俺の名はコラッドだ」


 召喚士は震えながら言った。僕はその顔を、表情を見た覚えがある。彼が去り際に見せていた怯えの表情だった。

「おい、コラッド。無理するなよ」

「ああ、大丈夫だミルティーレア」


 もう一人に支えられながらも、コラッドは続けた。


「もう、俺にお前を襲う理由はない」

 一瞬理解ができなかったが、それは彼が僕たちを襲撃した時の事を話していたんだと気が付いた。誰かからの依頼でリヒトを狙っていたんだろう。その依頼もすでになくなっているのだと思った。


「僕は君ともう一度戦いたいと思っていた」

「俺はお前から逃げていたんだ」

 足をガクガクと震わせながら、コラッドが言った。だが、その顔には決意が見えた。


「説明はあとからしてもらおう。まずは俺たちの村に案内しようじゃないか」


 彼は何かを克服しようと努力をしているのだろう。そして、それが成功し始めているというのは連れ添うもう一人の顔からも想像できた。


「機会があればお前と酒でも飲んでみたいと思っていたんだ。付き合えよ」


 意外だった。さっきの反応からして僕はコラッドに恐れられているのだと思ったのだ。実際にそうに違いないのだが、そんな相手と酒を酌み交わしたいと思うコラッドのことがよく分からなかった。

 しかし、今の僕は少々混乱中である。


 アイリが僕にいつも言うのは、自分を大事にしろという事だった。そんなアイリは仲間の事を第一に考えてくれている。僕は自分が納得できる死に方は戦いの中にあるのだと思っていた。だけど、輩だったものたちと戦うことで、彼らを救いたいという気持ちが強く、さらにはラングウェイやアイリを護りたいという想いもあふれ出た。

 そこには僕が死にたいと思う気持ちは一かけらもなかった。そんなはずはないと思ったけど、そうだった。


 じゃあ、僕はどう生きて行けば良いのだろうか。


 なんとなく、コラッドならばその答えを知っているのではないかと思った。

 僕らはコラッドたちについていくことにした。



 ***



「異界からの侵攻、そして伝説の召喚獣か。どこかで聞いた話だな」

 ラングウェイが僕の代わりに説明をしてくれると、驚くほどに分かりやすかった。だが、コラッドの反応は意外なものだった。驚かないどころか、それを知っているというのだ。


「知っていたのか? この話は帝国や諸国の中でも重要機密になっているような事だぞ?」

「俺たちも異界の魔獣に支配された人間を見たのは初めてだ」

 ミオルと呼ばれる異界の魔獣。輩だった者たちはそれに支配されていた。その魔獣の事はラングウェイが資料で見たことがあると言っていた。リヒトはその対策ができているのだろうか。

「とにかく、異界の入り口をどうにかしないといけない。そのために伝説ではある召喚獣が必要になるのだそうだ。俺たちはその召喚獣を召喚できる者の末裔がいるという村に向かっている」


「待ってよ、それってあたしの村のことじゃないのか?」

 そう言った大女はミルティーレアという名だった。大盾を持つほどに逞しい体格をしているが、何故コラッドと行動をともにしているのだろうか。


「伝説の召喚獣はフェニックス、おそらくはコラッドならば召喚できるんだ。それでな、あたしはコラッドを村に連れて帰りたいと思ってるから、協力するよ」

「おい、勝手に話を進めるな」


 それまで話の流れを遮ろうとしなかったコラッドが強い拒絶を示した。

「俺はこの村を護る。この村から離れるつもりはない」

 そう言うと、コラッドはこれ以上の話はしないとでも言うかのように席を立った。


「あっ、待てよ」

 それをミルティーレアが追う。僕たちは主のいない小屋に取り残された。



「なんか、理由がありそうね。ダンのせい?」

「まあ、そうなんだろうな」


 僕と出会ってからコラッドはそれまでの人生を狂わされたに違いない。と言っても、簡単に話を聞いた限りでは暗殺家業も進んでやっているわけではなさそうだった。

 この村に、救われた。コラッドは短くそう言った。それ以上の意味はないだろう。


「どちらにせよ、あのミルティーレアという大女の案内があった方がいい。すぐにこの村を出るという選択肢はないな、お前の傷も癒さなければならん」

 アイリは大まかな傷は回復魔法で治してくれた。だけど、どうしても治せない所があると言うのだ。それがどこなのか、僕には分からない。


「時間、かかるわよ」

「いや、意外とすぐかもしれん。すでに答えはでているからな」


 二人の会話が理解できない。だけど、それ以上質問する気にもなれなかった。



 ***



「お互いに傷だらけだな」


 夜、小屋の近くの川べりに座っていると、後ろからコラッドに声をかけられた。

 輩たちの事を考えていた。それに、今の仲間の事も。

 僕はこれから何のために刀を振るえば良いのだろうか。そもそも、僕はすでに自分のために振るう刀はラハドの町に置いてきた。リヒトのために、振るう刀はある。だが、それはまわりまわって自分の自己満足のために振るってきたものだと気づかされた。そして、それ以外の刀が僕の中にある。


「傷は、アイリが治してくれた。君はどこか怪我をしているのか?」

「なるほどな、鬼神は自分自身には興味がないのか」


 理解に苦しむ会話に、僕はたじろいだ。そんな僕を無視して、コラッドは盃を僕に渡した。

「付き合え」

「ああ」


 コラッドのついでくれた酒はそこまで上等なものではなかった。だが、それは美味かった。

「俺はてっきり、お前が棒術の達人だと思っていた」


 コラッドに襲撃された時は刀を捨てていた。僕が刀を持っているのが意外だったのだろう。

「僕はもともとミルザーム国のソードマンだった。激戦区のラハドの町で師匠の息子を護っていた」

 隊長は、華々しく逝った。その死を少しでも無駄にしないために隊長を踏み台として跳躍し、魔獣を数匹道連れにした。最期に跳躍した僕を見て隊長は笑っていた。


「死兵の儀を終えて、その後に生き残ってしまった」

「それを後悔して、死に場所を探していたのか」


 何故だが、コラッドはその答えには興味がなさそうに見えた。彼はすでに三杯目を飲み干そうとしている。僕はまだ、一口だけ口を付けただけだった。



「ああ、だが……よく分からない」

 コラッドはそれに答えようとしなかった。僕は盃を飲み干すと、その後はずっと夜空を眺め続け、コラッドは酒を一人で飲み切った。


 顔を下に向ける勇気はなく、夜空に星が輝いていたかどうかも分からなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る