第24話 再会
異界について知らなさ過ぎた。
「話して分かる相手じゃない。焼き払うぞ! お前は首を刎ねろ!」
ラングウェイが叫んだ内容は最もだった。
それはすでに人ではなかったのだ。だが、使う剣術はまぎれもなくソードマンのそれだった。
二回目の襲撃はルーオル共和国とフジテ国の国境に近い場所だった。そして、前回のように名乗り上げなど全くない状態での奇襲だった。その明らかに異質な気配はすでに感じ取れていた。
後に分かるのはそれがミオルと呼ばれる異界の魔物に寄生された者たちだったのだ。人としての原型のみを保ちつつも、その皮膚は明らかに異質なものに作り替えられ、言葉を発することもできなくなっていた。
「ダン!」
アイリが叫ぶ。ラングウェイが彼女を護るようにして動いた。近づく者が消し炭になるが、前衛に守られていない魔術師はいつか距離を詰められる恐れがあった。
気づけば泣いていた。
かつての輩がそうなってしまったという事実に耐えきれなかったのだろう。せめても、ソードマンとしての技で葬ってやりたかった。
「北神流、……撃翔……」
僕の得意技の一つである撃翔斬。しかし、その技を最後まで名乗り上げるほどの精神力はなかった。泣きながら輩だったものの首を刎ねていく。その数が四つを越えたころに周囲に間隙が生まれた。ラングウェイたちの周囲にも近いそれはいない。
不意に嘔気がこみ上げた。耐えきれずに地面に吐き散らす。
それを隙と受け取ったのか、それらは刀を振るってきた。しかし、僕はそれを受け流すと回転して首を刎ねた。北神流の柳受けに体の回転を加えて相手の首を刎ねるのは僕独自の技であり、棒術を経験した後に編み出したものになる。ソードマンとして戦いたいという呪縛を、つい破ってしまった後悔と、それどころではないという焦りが僕の頭を覆いつくした。
「ダン! 下がれ!」
ラングウェイの広範囲爆撃魔法が炸裂した。よく見ると、輩に寄生したであろうそれ以外に魔獣の姿も多くみられる。
黄色から桃色に近い皮膚にはさまざまな凹凸ができ、火傷でもしたかのような風体になっていた。毛髪は全て抜け落ち、しかしソードマンの装備はしっかりと握っている。
刀を合わせて分かったのは、明らかに筋力が増えているということだった。僕が刀のつばぜり合いで負けるなんてことは少ない。絶対にないとは言い切れないが、それらとつばぜり合いになると一度も勝てなかった。すぐに受け流しを多用して攻撃に移らなければ押しつぶされる。
力も速度もそれらが僕を上回る。ならば、技で勝つしかなかった。そして僕の愛刀はそれによく応えた。
狼型の魔獣が飛びついて来る。それらと相対している時に横から僕の腕に噛みつこうとしたのだ。それに蹴りをいれて距離をとる。空いた空間にかみついた魔獣の首を刎ね上げる。視界が塞がれたそれに対して、魔獣の首を掴んで投げつけると手首を切り飛ばした。刀を失ったそれはなす術なく首を飛ばされるまで僕を睨みつけていた。
死地だ。これは死地に違いない。
僕の直感がそう囁いた。まだ、それらは十数体は残っている。ラングウェイがいかに優秀で、アイリが僕をいかに癒そうとも、これは乗り越えられないかもしれない。後方からラングウェイの魔法が炸裂した。相変わらず効率よく敵を殲滅している。だが、僕が倒れればラングウェイには敵を押しとどめる術がないだろう。アイリには戦う方法すらない。
死地、それは僕が求めているものだった。はずだ。
だが、今の僕はそれを求めていなかった。僕の死地よりも仲間を護りたいという欲求が僕を占めていた。そして、かつての輩を救いたかった。救うためには殺すしかない。
「ここは、通さない」
刀を握る手が研ぎ澄まされていく。それでもなお、これは死地だと分かる。次の敵と刀を合わせて、吹き飛ばされそうになる自分をなんとか押しとどめ、受け流し、首を飛ばす。だが、形勢は明らかに不利だ。敵がラングウェイまで達すれば僕らの負けだろう。それはさせない。だが、そうもいかないほどに敵の圧力は強大だった。
「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
叫ぶ。叫べばどうなるわけでもないという事は分かっていたが、それでも叫ばずにはいられなかった。
「ラングウェイ! 下がれ!」
「馬鹿を言うな! 俺がなんとかしてみせる!」
「下がれ!」
押し問答をしている隙は与えてもらえなかった。魔獣が僕の腕に噛みつく。その代わり魔獣に首筋に刀を突き立てた。左腕は無事だったが、牙でつけられた穴から血がしたたり落ちる。
「ヒール!」
すかざずアイリが僕に回復魔法をかけてくれるが、それの効果を確認する前に敵と刀を合わせざるを得なかった。ほぼ右手だけの握りでは勝てるはずもなく、吹き飛ばされる。体勢を崩さないように後方に飛んだ僕は腰の短剣を敵の喉に投げつけた。それをはねのける敵の動作を無理矢理に隙にして、両腕を切断する。返す刀で脳天から頭をかち割った。こんな使い方をしていては、いつしか愛刀がいかれてしまう。だが、それ以外の最適解が頭の中には思いつかなかった。回復魔法をかけてもらったはずの左腕が痛んだ。
涙で視界がゆがんだ。だが、輩だったものの剣の動きは見えにくくても理解できた。
このままではやられる。ラングウェイたちが輩だったものたちから逃げおおせることはできないだろう。僕が一人で逃げるなんていう選択肢は端からない。
そんな時に思っていたのは、何故かさきほど吹き飛ばされたときに愛刀に刃こぼれが入っただろうなという思いだった。現実逃避だったのかもしれない。
「なあ、コラッド。最初からこうしていれば良かったんだよ」
「馬鹿、どう考えてもこれは使いにくい」
そんな絶望に包まれる僕らに聞こえたのはどこか緊張感のない声と、いつしか見た巨獣だった。それも二体である。
敵がなぎ倒されていく。刀で戦おうにもその剛腕が全てをねじ伏せていく。あれをかいくぐって脳天に棒を叩きこむのは大変だった。
いつしか見たベヒーモス。その巨体の上に乗っていたのは、いつしか見た召喚士だった。
「まさかな……こんな形で再会するとは」
「君は、僕に死を運ばずに生を運んできたのか……」
笑うしかない。僕は何がなんだか分からなくなって笑っていた。
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