第23話 輩
刀を抜く。
いつも、この瞬間が好きで、そしてたまらなく切なかった。
相手が誰であろうと、刀を抜いた時には死力を尽くした。それが礼儀であり矜持だったからだ。
「鬼神ダン、やはりソードマンだったか」
相手も刀を抜いた。三人ほどの刺客は、奇襲など全く考えていないようで道のど真ん中に陣取っている。
ついに、昔の輩と刀を交える時がきたのだ。
「一度、戦いたいと思っていた。いざ、勝負を」
明らかな旅装、目的は僕たちだった。どこから情報が漏れたのだろう。そして、僕たちを狙うという事は、ミルザーム国が異界とつながりがあるという証明だった。
刀を中段に引いて構える。それだけで相手が警戒するのが分かった。ラハドの町で壊滅した北神流の系統は、ほとんどが途絶えていたがミルザーム国では最強の一画を担うものの一つだったからである。
この刺客たちは北神流と戦ったことがあるのかもしれない。
「恨みはない」
それだけ言うと刺客の中の一人が刀を抜いた。他の二人は邪魔をするつもりは毛頭ないようである。
やはり、輩だった。忘れかけたソードマンとしての人生に、心の奥底を掻きむしられる思いがする。
勝負は一瞬で着く。
お互いに間合いを詰めると、後の先を誘った。最適解が頭の中に導かれ、それが僕がソードマンであることを否定する。やるせない想いが体をめぐるのとは反対に、僕の体は、そして刀は思いの通りに動いた。
「馬鹿な……」
片手で刀を操り、相手の一撃を受け流すと僕は左の手で相手の顎を掌底で打ち抜いたのである。そして相手の右足を左足で踏むと、それを軸に背後に回った。
次の瞬間に僕の右手の刀は相手の背中から腹に向けて貫いていた。
ソードマンにとって背中の傷は屈辱である。それが分からない僕ではなかった。
「貴様!」
他の輩がそのことで僕に激怒した。仲間が殺されたことに関しては勝負であったためにお互いに納得している。だが、その殺し方が気に食わないのだろう。僕もその気持ちは分かった。
「ラングウェイ」
前もって相談していたように、勝負を見守るソードマン二人に対して、合図とともにラングウェイが魔法を放った。現実的には最初からこうして置けば問題なかったのであるが、僕が我がままを言ったのだ。せめて、一人とは勝負をさせて欲しいと。だが、それを含めて僕はもうソードマンではなかった。
輩の死体を埋葬する。焼け焦げた臭いが辺りに立ち込めていた。虚無感とはこういうものなのだろう。
「ねえ、貴方の大切なものって何?」
そんな僕を見て、アイリが言った。哀れみを含んだ瞳で。
少なくとも、僕自身よりもリヒトや仲間の方が大事であるのだ。それだけでもかなりの進歩である。
だが、ソードマンとしての矜持が僕自身を支えてくれなくなった今、僕を成り立たせているものというのが希薄であるのは間違いないだろう。だからこそ、死地を求めている。少なくともそこに意味はある。
「なんで、そんなに悲しそうなのに戦うのよ」
土を掘る手が止まった。
ソードマンとして戦えなくなった僕に、これ以上戦う意味はあるのだろうか。死地にたどり着いたとしても、満足しながら逝くことができるだろうか。
おそらく、無理だろう。その時まで悩み続けることしかできない。
僕は悩むことに逃げている。そして、生きる意味を仲間に依存している。
それに気づかされた。
「なあ、アイリ」
「何?」
「生きるって難しいんだな」
「当たり前よ、だからこそ皆、一生懸命に生きているんだわ。貴方だけじゃない」
***
「まだ帝国領内だっていうのに、俺たちに刺客が送られたという事は情報が完全に漏れている。そして異界の勢力がミルザーム国を支配していると考えた方がいい」
ラングウェイの思考は簡単なものだった。いや、単純な考えの組み合わせと言ったほうが正しいかもしれない。だが、それを聞いているとそれ以外には考えられなほどに明確だった。
「どんな状況であれミルザーム国内が危険であるのは変わらないだろう。敵の裏をかくというのも奇策として成功する可能性がないわけではないが、他国に刺客を送り込むより自国で臨機応変に対応されたほうが厄介に決まっている」
そのため、ミルザーム国を避けて迂回しようというのだ。誰も反対はなかった。
「ルーオル共和国も敵国みたいなものだけどな」
「まだマシだ」
異界の入り口が開くという事がどういう事なのかはまだ完全には分かっていない。そこから大量の魔獣があふれ出してくると言う者もいれば、知性をもった魔獣が出てくると言う者もいる。全ての伝承が統一してしめしているのは、こちらの世界が危機に陥るということだけである。
そもそも異界の勢力とはなんなのだ……。
「確定的な情報が少ない状況で分析を行っても意味がない。今はできることをする。それの積み重ねだ」
ラングウェイは迷いなく言った。召喚士の村を目指すというのができる事なのだろう。そこで伝説の召喚獣について話を聞いてからではなければ、この状況を打破する事はできないというのは分かりやすいかもしれない。しかし、僕はラングウェイほどに心が強くなく、悩むしかなかった。
思った以上にルーオル共和国の道中は襲撃などがなかった。たまに山賊に襲われる程度である。もちろん、それが脅威になりうる仲間ではなかった。
「貴方たち、本当に規格外よね」
「エリアヒールなんてのが使えるお前にはそれを言う権利はない」
アイリとラングウェイのやり取りにも慣れてきた。
「師匠が良かったのよ」
「治癒師ライルか……レプトン王国に本格的に攻め入ってきていたならば真っ先に刺客を送るつもりだったほどに厄介な治癒師だったな」
「なっ!?」
アイリが師匠を褒められて喜べばいいのか、暗殺の対象となりかけていた事を怒ればよいのか分からないという表情をしている。あんな風に、誰かのために怒るなんてことは久方したことがない。
「ダン、そろそろ国境だ」
僕たちはフジテ国との国境へと近づいた。
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