旅立ち

第22話 仲間

「あんたみたいに自分を大切にしないやつは嫌いよ」

「お前は何が大切かどうかを他人の物差しで測るような薄っぺらい人間なのか? お前はお前自身が大切なのかもしれないが、僕は僕自身よりも大切なものをきちんと持っている。それだけの事だ」

「っ……!?」

「お前には大切な人はいないのか? 大切だった人でも物でもいい。それを蔑まれることがどれほどの事かを考えてから言葉を紡げ」

「…………ごめんなさい」


 リヒトに紹介されたのは凄腕の治癒師だった。名をアイリという。根はいい人間なのだろう。治癒師をやっているというのも人を助けたいという思いからに違いない。少しだけ言葉に棘があるが、それが僕の心に刺さることはない。


「僕は僕を死地に誘ってくれる相手を探している。リヒトについているのは、リヒトが僕に納得の行く「せい」をもたらしてくれると信じているからだ」

「とりあえず、貴方が変態だってのは分かったわ」

 なけなしの反撃をかわすほどに僕はアイリと仲違いしたいわけでもなかった。


「まあ、それは正解だろうな」

「はっはっは、違いない」

「おい、ラングウェイ。この中で一番おかしいのは君だからな」

「なんだと!?」




 賢者エイジの許で、僕たちは世の理の一部を知ることができた。

 この世界に起こったこと、そしてこれから起ころうとしている事。リヒトとアノーがいた時には話したことのない内容らしく、リヒトも興味深そうにそれを聞いていた。



「異界からの侵攻か」

 すでに数百年も前の話らしい。当時の国々は結託してそれを迎え撃った。伝説の召喚獣といわれるフェニックスを召喚する一団がなんとか異界の王を討ち取り、その入り口を完全に塞いだのだという。

 異界からの入り口は同じ場所にできるわけではないらしい。その発生の条件までは賢者エイジと言えども知らなかった。だが、異界の波長は感じ取ることができるという。


「とりあえずは帝国に急いで帰ってきたんだが、これからどうするんだ?」

 ラングウェイは意外にも異界をどうにかするというのに乗り気であった。彼は彼が運命の人と呼んでいるカスミ嬢のために生きていると公言している。異界なんてどうでもいいと言うと思っていたが、少し違うらしい。


「カスミが起きた時に異界の住民が近くにいたら怖がるだろ?」

 彼の世界は全てカスミ嬢を中心に回っている。そして、ラングウェイはそのために迷うことはない。強いわけだ。


「その召喚士たちの末裔を訪ねてフェニックスを召喚できるものを探すしかないか」

「帝国側から、なんとかできないのか?」

 僕たちを悩ませる問題が一つあった。異界の入り口ができそうな場所である。いや、賢者エイジの話ではすでにできているのかもしれないとのことだった。だが、その異界から異界の住民たちが出てきているにも関わらず、世界に広がっていないというのはどういうことだろうか。

「俺の予想を言ってもいいかい? 最悪の予想なんだが」

 リヒトがため息をついてから言う。

「もったいつけないで言ってみろよ」

 その態度にラングウェイがいらついたようだった。おそらく、ラングウェイもリヒトと同じことを考えているに違いない。実は僕も同じだった。


「異界はミルザーム国が開いたんじゃないか」



 反応は予想通りだった。二人ともに驚きもしない。それ以外、考えづらいのだ。異界の住民はミルザーム国に統率されているか、もしくは異界の住民がミルザーム国を支配したのか。どちらにせよ高度な知能を持っている何かがミルザーム国と異界の双方を支配している。


「とりあえずは召喚士の村だな」

 ラングウェイの一言で方針は決まった。

「少数精鋭だ。賢者エイジの所に行った時のように兵士たちを連れて行くと動きが鈍くなる。兵士を連れて行ったためにルーオル共和国もフジテ国も国境を越えるのに苦労したしな」

「ダン、俺は行けない。行ってきてくれるか」


 リヒトは僕を見て言った。この数か月間リヒトから離れたことはない。だが、僕はリヒトに仕えたのだ。主を放っておくというのはどうかとも思う。

「僕がいなくてもリヒトの身が守れるのか?」

「戦争をするわけじゃないんだ。暗殺には気を付けるけどね」

「だが……」

「ここにいるより、お前の好きな死地は近いと思うけど」

 僕の扱い方が上手くなった。そう言われて断れるわけがない。

「分かった。行ってくる」


「もう一人くらい必要だろう。兵士がいなければ治癒師を連れて行くといい」


 そうしてリヒトが紹介したのが治癒師アイリだったのだ。


 ***


 棒が空気を切り裂く音がする。その音がする度に魔獣の首が飛び散った。次にどう動けばよいかは空気が教えてくれる。僕はその通りに棒に力をこめるだけだった。

「さあ、僕に死を運んで来い」

「アホか。こんな魔獣にお前が倒せるわけないだろう」


 ラングウェイの手がふらりと振られると、業火球が形成されて飛んでいった。それも八つ。すべて狼の魔獣に辺り、周辺ごとその肉を蒸発させる。

 帝国の東端には戦禍が色濃く残っていた。そこに死肉を漁る魔獣と、山賊まがいの事を行っている敗残兵の一味が加わることで治安は良くないものとなっている。兵士の一団が通過する場合には何も障害というものはなかったが、三人での旅となるとそういった者たちが邪魔をしてくるのだ。

 ラングウェイの業火は延焼することもなく収まった。八つの黒色の地面から煙が上がっている。とりあえずは視界に入る魔獣はこれで全部だった。すでに生きているものは視界にはいない。


「とりあえず、貴方たち二人がものすごく強いという事は分かったわ。だけど自分をもっと大切にして。お願いよ」

 僕の戦い方が気に食わなかったのだろうか。それとも捨て身の行動に見えたのだろうか。アイリは少しだけ涙目でそう言った。

「お前の仕事が減るもんな」

「そういう意味じゃないわよ!」

「ふはは、冗談だ」

 アイリとラングウェイはすぐに打ち解けたようだ。対して僕はなかなかアイリとは話す機会がない。彼女は生を、僕は死を求めている。その目指す所は正反対だが、最終的に同じ所に行きつくのではないかと僕は思い始めていた。


 死に行きつくには生を行かなければならない。生を求める先には必ず死がある。


 そういう事なのだろう。


「アイリ」

「な、なによ」


「ありがとう」

 自然と言葉が出た。僕からこんな言葉がでるとは思わなかったが、この「仲間」というのは悪くない。


「僕は僕の体を大事にしようと思う。それでも僕は死地を欲している。今のところはそれでもいいか?」

「よくないけど、まあ、いいわよ」


 そういうと彼女は僕に回復魔法をかけた。先ほどの魔獣との戦いでかすり傷を数箇所負っていたらしい。こんなものはすぐに治るし放っておいても問題はないが、僕はその回復魔法を受けた。

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