第21話 理解

「土砂崩れか。困ったな」



 そう言った彼の顔はまったく困っていなかった。自分に自信のある男とはこういうものなのかと、部族の男との違いを見せつけられたように見えた。

 こんなに華奢なのに、何故だがその農村で用心棒をしていると言った召喚士に勝てないような気がしたのだ。気のせいだと自分に言い聞かせて、彼の跡を追った。

 

 協力して農村の周囲の魔獣を狩ることになった。用心棒一人でもできないわけじゃないが、やはり一人きりだと効率が悪く逃がしてしまうことも多いのだとか。

 私が切り込んで、うち漏らした魔獣を用心棒が召喚獣で倒す。そんな形で魔獣の討伐は行われていった。


「君も召喚士なんだろ? 召喚士なのに槍を振るっているのは珍しいな」

「うちの村ではこれが一般的だよ。巫女さんは召喚だけするんだけどな」

 伝説の召喚士は巫女と呼ばれていた。巫女になる素質があるものはあまり近接での戦いが得意じゃないものが多い。というよりも、女はどうしても力がたりないから召喚獣のみに頼ることが多い。私は特別だが。

 

「俺が習ったところではそんな使い方は教えてくれなかったな。だけど、たしかに効率はいいかもしれない。そんな風にシルバーホースに跨っているとナイトみたいだ」

「お、おう」

 正直、この時はナイトが何なのかは知らなかった。知っていたらもっと喜んでしまっていたかもしれない。ナイトは帝国などに多く存在する騎士で、誰かを護るために剣や槍を振るい、大きな盾を持つ者たちのことだった。私は守護者として生まれてきたから、ナイトというものに親近感が沸く。


 ある程度魔獣を狩ったところで夕立ちにあった。雨宿りをしていたが、思った以上に雨が長引いてしまい、その日は近くの洞窟で夜を明かそうという話になった。


「こんな雨なら、夜盗も村を襲ったりはしない。……軍なら分からないがな」


 戦争を経験した奴の言葉は重みがあった。


 ***


「この先に洞窟があったんだが、ふさがれちまってるな」


 予定していた道を走っていると、彼が立ち止まった。洞窟の入り口が土砂崩れで進めなくなっているようだ。

 おもむろに彼は召喚を始めた。私はさすがにベヒーモスの召喚まではできないが、それでもあの村の出身である。農村の用心棒に後れをとるとは思ってもみなかった。

 だが、彼の召喚したベヒーモスは伯父のそれよりも美しかった。

 

 いきなり農村の用心棒なんかが今までにみたこともない立派なベヒーモスを召喚したのである。しかも土砂崩れをどかすためにそれを使役していた。


「自然ってのは雄大だな。俺たちがあまりにもちっぽけな存在だという事を教えてくれる」

 彼はそんな事を言っていたが、あまりにもちっぽけだと思わされたのは私の方だった。

「さすがに一体じゃ日が暮れそうだ」

 などと言いながらもう一体を召喚した。唖然とした。



 彼が私が求めていた伝説の召喚獣フェニックスを召喚できる召喚士に違いない。


「なあ、あんた……いや、コラッド!」

 あっと言う間に洞窟の入り口を開けてしまった召喚士にたまらず声をかけた。


「なんだ?」

「あんたより凄い召喚士っているのか?」


 コラッドは少しだけ考えると、興味なさそうにこう言った。

「……いるんじゃないか?」

「どこに?」

「…………さあ、分からんが」


 必死に説明した。自分の人生の中でこれほどに言葉が欲しいと思った事はなかった。さきほどまでの魔獣討伐も含めて、これほどの召喚士は見たことがない。単純に部族が弱くなっただけなのかもしれないが、それでもこの男からは伝説の召喚獣フェニックスを召喚できるだけの力を感じた。


 これまでの伝承、異界からの侵攻に対する切り札、そしてそれを護り続けてきた部族の無念。全ての言葉が拙いと、私自信が感じた。だが、言葉に嘘偽りはなく、その気持ちが少しでも伝わってくれればいいと思った。


 しかし、コラッドは言った。



「俺は、そんな人間じゃない」


 ***


 ルーオル共和国には、もっとすごい召喚士がいるに違いない。あのような辺境の農村で用心棒をしているようなやつが最強の召喚士なわけがない。自分に言い聞かせて、私はルーオル共和国への旅を急いだ。国境に近かっただけあって、ルーオル共和国にはすぐに入ることができた。そして新たな召喚士を募集していたこともあって、召喚士団の者たちの力を見る事もできた。


「で、なんで戻ってきたんだ?」

「それはあの国の最強とも言われている召喚士ですらお前の足元にも及ばなかったからだよ!」


 二週間もしないうちに気づいた。というよりも再認識した。あいつが一番強いと。たしかに私はベヒーモスが召喚できなかったが、他の召喚獣とともに戦って私に勝てる者は誰一人いなかった。


 そもそも伯父を越える召喚士なんてその辺にごろごろしているわけがない。私があのベヒーモスの頭をかち割ってしまったから、不当な評価を受けてるけど、伯父はすごい召喚士のはずだ。私がほんのちょっとだけ伯父より凄かっただけで。


「というわけで、コラッド。あたしに付いて来てくれよ」

「いや、だから断ったはずだ。……ええと、ミルティー……」

「ミルティーレアだ! よろしくな!」

「いや、だから行かないと言っている」

 コラッドは困っている顔をしているが、私も困っている。

 


「とりあえず、お前がついてきてくれるまであたしはここから出て行かないからな!」

「いや、そんな……困ったな。でもじゃあ、魔獣の討伐を手伝ってくれよ」

 家の裏の小さな畑を耕す手を止めることもなくコラッドは言った。


 なんだって、こんな村を護ることに固執しているのか、私には分からなかった。絶対に異界から人類を護るほうが大切に決まっている。

 だけど、コラッドは詳しく教えてくれなかった。


 人の考え方というのは人それぞれだと母親が教えてくれたことがある。世界や掟よりも大切なものがあるとは私には理解できなかったけど、理解できない考え方をする人のことを受け止めることが大事だと、母は言った。意味は分かってない。

 とりあえず、私はコラッドの事を知る事から始めようと思った。


「というわけで世話になるぞ」

「いや待てお前、俺の小屋になんで住もうとしてる……」

「ああ、あたしは金もってないからな。宿に泊まるのは無理だ」

「いや……」

「いいじゃねえか、減るもんじゃあるまいし」

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