ガードナー ミルティーレア

第20話 旅

「俺は、そんな人間じゃない」


 希望と呼ばれる人は、すでに心が折れた後だった。私がこれまで無念の思いで部族の外に救いを求めざるを得なかった村の人たちの期待を背負っていたということに、この時になって初めて気づかされた。


 その圧倒的な力をもってしても、彼は首を縦に振る事はない。


「力を求めたこともある。だからこそ、分かるんだ。必要なのは力じゃない」


 全てを見て来たかのように男は言った。それは私なんかの人生では到底語りつくせない何かを見て、そして乗り越えた者の目であると感じた。

 だが、私はこれで終わるわけにはいかない。


「あんたしかいないんだ」

「そんな事はない、誰かいる。だけどな、ここには俺しかいないんだ」

 こんな小さな村の何が彼ほどの男を執着させるのか。


「ここには置いてきた全てがある。そして、護りたいものがあるんだ」

 ならば、と光明を見いだせた気がした。だが、どう伝えればいい。



 すべて腕力のみで解決してきた人生だった。それが完膚なきまでに負けたとしたら、何にすがればいいのだろうか。

 家族の、部族の者たちの諫言が今になって重くのしかかる。そして、それがいかに愛に溢れた言葉だったのかに気づかされる。


 いままで、私は何をしてきたのだろうか。


「何故だ!? あんたほどの男が、どうして……」


 彼はこう言った。



「……鬼神を見たことが、あるか? 俺は俺自身がちっぽけで欲張りな人間だと知っている」



 ***



 それが部族の者ではないと分かったのは、長老に呼び出された時だ。



 私ではない事は分かっていた。だが、他の誰かであってほしかった。そのために今まで力を磨いてきたのだ。私が護るのは部族の誰かであるはずだった。



「我が部族の力の衰えというのは著しい。伝説に語られるような召喚士はもはやいない」

 長老は、何故自分の代でと言わんばかりの瞳で私を睨みつけた。そんなんを言われても困るし、かなり前から分かっていたことだ。長老も困っているのはよく分かるから、何も言い返さないでおいてやった。だけど、この時期に言う理由が分からなかった。


「お前のようなのが生まれたのも宿命なのやもしれん」

「それはうちの部族の男がふがいないだけだろう」


 何故か、伝説とも言える召喚獣を召喚できるのは女だけだった。部族の男は召喚を極めつつも体を鍛え、女の中に生まれてくる類稀な才能の持ち主を護る。

 全ての守護者のベヒーモスをかいくぐったとしても、その中心に召喚されるのは不死鳥フェニックスと呼ばれる伝説の召喚獣だった。歴史の戦乱には顔を出さず、異界からの侵略にのみ力を奮う。人類の守護とも呼べる存在が、この村だったはずだった。


 異界から出てくる悪しきものを滅する光を作り出す鳥である。



 だが、今代はどうだ。男どもの中でベヒーモスを守護できるものはわずかであり、女の中でフェニックスを召喚できるものは皆無。

 

 そして、召喚士として最も優秀と言われている伯父のベヒーモスは、訓練の際に私の斧に頭をかち割られてしまった。大女とも言われるほどの体躯の私が、この村でもっとも強いと証明した瞬間だった。私を含めて誰もがその事実を歓迎など出来なかった。


「ミルティーレア、異界からの侵略がある兆候を感じ取った」

「あたしにゃ、フェニックスは召喚できないぜ」

「我が部族の衰えは著しい。フェニックスはおろか、ベヒーモスでの守護すらできない」

 ベヒーモスを召喚することのできる召喚士は数名のみだった。伝説では十体以上のベヒーモスがフェニックスを守護した。


「……とりあえず、ルーオル共和国へ行け。そこで最強の召喚士を探すのだ」


 かつてはルーオル共和国の召喚士程度であればこの村にはいくらでもいたはずだった。伝説の召喚士の村とまで呼ばれ、人類からは秘匿されたほどの召喚士の家系であったからだ。



「なんだってこんな事に……」

 旅装に身を包んだ私はすぐにも村を出た。武器は槍だったが、村で作られたような貧相な槍ではこの先心許なかった。ろくな鍛冶屋すらいない村では金属の加工はできないのである。


「さあ、せっかく外の世界に出れたんだ。楽しませてもらうよ」

 私は、それでも与えられた宿命を全うしようと思う。



 一番近い国であるミルザーム国までは数日かかる。ルーオル共和国まではさらにあるはずだ。どちらにせよ、すぐに終わるような旅ではない。ゆっくりと行くことにした。


「国に入れない?」

「我が国は現在他国を警戒中だ。身分が保証されない者を入れるわけにはいかない」


 私が辺境から出てきたのは明らかだと思うが、ミルザーム国の国境を越えることはできなかった。現在、ミルザーム国は戦争が終わったばかりなのだという。国境の守備兵は親切にも教えてくれた。規則だから入れられないのだと。


「仕方ないね、北のフジテ国へまわるか」


 もらった地図を元に、北へと回り込むことにした。北のフジテ国ならば戦争には参加していないから、国境を越えることは可能だろうと守備兵は言ったのである。


「助かったよ」

「いや、こちらも国に入れてやれなくてすまない」

 無理矢理突破しても、あとから面倒な事になっただろう。そう考えると、地図までくれた守備兵には感謝したほうがいいんだろうね。


 数日かけてフジテ国の東端にまでたどり着いた。ここからフジテ国を横断し、ルーオル共和国へと入るのがいいだろう。

 フジテ国は村と違って発展しているのが分かった。


「そろそろ路銀が足りなくなってきたなあ」


 どうにかして金を稼ごうと思う。魔獣の討伐なんて仕事があれば楽に稼げるだろう。私は近くの酒場に入って、仕事は何かないかを聞いた。


「魔獣の討伐なら、いくつか募集があるぜ。俺としては酒場の用心棒が欲しいところだがな」

「悪い、先を急がなければならないから用心棒として滞在することはできないんだ」

「ああ、分かってる。大丈夫だ」


 依頼はそこまで強くない魔物の討伐だった。これを何回か繰り返すと、ある程度の金が入って装備も新調することができるだろうと伯父に教わってきたのだ。



「ルーオル共和国の近くの村に魔獣が出るそうだ。現地で用心棒をやっている召喚士の男に会ってくれ」

 聞くところによると、その用心棒一人では手が回らないのだというのと、用心棒は村から離れられないために周辺の魔獣を狩ってほしいのだとか。


 簡単な依頼だと思った。それに支払いも悪くない。


「よし、やろう」

「支払いは現地払いだ。よろしく頼む」



 数日後、私はルーオル共和国との国境付近の村に来ていた。ここからルーオル共和国は近い。数日滞在し、依頼を済ませてから向かうとしよう。

 順調に思えた。



 ここまでは順風満帆。もう少し、私は調子に乗る。だが、世の中はそこまで甘くなかった。

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