第19話 蘇生

 かつての弟子は足を踏み外した。それは私が既に足を踏み外しかけていたのが原因だろう。だからこそ、知っておかねばならない事というのもある。


「これは、禁忌に触れるものだ」

「貴方の弟子が貴方を伝説だという意味がようやく分かった気がする」


 死者蘇生魔法リザレクション。私はその魔法の原理にまで手を伸ばしかけていた。最終的に私には無理だと諦め、この魔法には手を出さないようにと誓った。

 だが、我が弟子はその理想のみを追い求め、不完全な形でそれを完成にまでこじつけた。結果が、死者使役の魔法であり弟子がネクロマンサーと呼ばれた理由だった。



「非常に多くの魔力が必要となる。私の体調が万全だったとしても、この魔法を使うことはできない」

「でも、今の貴方ならできるかもしれない」


 アイリには道を踏み外して欲しくない。だが、私がいなくなった後に私の痕跡をたどれば、この魔法にたどり着く可能性は非常に高かった。故に、前もって、禁忌として教えることにしたのである。


「これはできてはいけない魔法なのだ。それを思い知った」


 

 もう、あのような後悔はしたくない。だが、アイリはこの話を聞いて、どう思うのだろうか。

「制御ができない力は力とは呼べないわ」

「だから、使ってはならない」

「絶対使わない魔法として、知っておくべきよ」


 眩しいほどに若かった。かつての私も、かつての弟子もそう思った。だが、彼女が考えていたのはその事ではなかったのだ。私はまたしてもアイリに救われることになる。


「貴方の重荷を私が半分背負ってあげるわ。いいから教えなさいよ」


 この魔法の事を黙っている事で、私が苦しんでいると彼女は瞬時に理解した。そして、その半分を肩代わりすると申し出たのだ。

「だが……」

「私もいつか弟子をとるわ。それでいいんじゃない?」



 同じ苦しみをアイリに味わわせたくない。そういう思いすら見抜かれた。

 私は泣きながら、彼女の手をとった。



 死者蘇生魔法リザレクションが完成したのは、それから三カ月後のことで、私と彼女は初めて死んだ家畜を蘇らすことに成功した。弟子のように、腐敗した体ではなく、完全に修復された生きた体が蘇ったのである。


「誓ってくれ。これを人に使うことはないと」

「貴方に誓うわ」


 アイリは私にそう言った。



 ***



 穏やかな日々が過ぎた。帝国は連合国と停戦し、前線の町は修復作業が進んで行った。旧オーキド王国のある町は、戦禍を免れたこともあってか戦争などまるでなかったかのような空気が漂っていた。


「最近、老けたんじゃない?」

「はは、実際にもう歳なんだよ」


 どこかで人生の集大成が終ったと感じていたのだろう。エリアヒールにリザレクションまでも継承したアイリは、立派な治癒師だった。このまま魔力が増えて行けば私を越えるのもそう遠くないだろう。

 対して、さすがに私の成長は止まったようだった。


 人生の終わりは、この診療所で過ごしたいものである。

 静かな日々が待っているとばかり、何故か思っていた。実際に帝国領内でも敵対国からはほど遠いこの場所が戦場になることはほとんどないだろう。

 穏やかに死ねる。

 私にその資格があったかどうかは分からないが、私の人生は悪くなかった。アイリに出会って、アイリがすべてを塗り変えてくれたおかげで、私は後悔なく死ねるのである。感謝してもしきれなかった。



「ライル、近くの坑道で事故があったみたい」

「それはいかん、すぐに向かうとしよう」


 この町の産業の一つが鉱山からの鉱石採掘だった。そこまで大きな規模でもないが、ずっと昔から続けられている。

 その坑道の一つが崩れたという。私たちはすぐに向かった。


 怪我人の数は多かった。


「これで全員か?」

「まだ、坑道内に残された奴らがいるが、とりあえず助け出せたのはこれで全部だ」

「では……エリアヒール! 神よ、その慈愛を天からの雨の如く降り注ぎたまえ!」

 多くの負傷者がエリアヒールで回復した。助け出される者は後からアイリが回復魔法をかけていく。


「ライル、思ったより中に人がいたみたい」

「分かった、どうにかして効率良く魔法をかけていこう」


「治癒師様! まだ中に何人も負傷者がいて運び出せないんです!」

「分かった、アイリ。ここは任せたぞ」


 私は案内されて坑道内へと入った。そこにはかなりの数の負傷者が横たわっていた。中にはすでにこと切れている者もいる。

「できる限り、負傷者を集めてくれ」



 エリアヒールをかけるしかなかった。だが私の魔力も無尽蔵ではない。あと一度か二度がいい所だろうと判断し、できるだけ多くの負傷者を一度に治すことにしたのである。これに時間がかかった。誰一人として自力で動くことができなかったのである。


 やがて、次の落盤が起こった。



「ライル! 起きて! ライル!」

 気が付いたのはそれからどのくらいたった後だろうか。


「アイリ……なんで泣いてるんだ?」

「だって、ライル……」


 この時点で、私はおそらくはすでに死んでいたのだろう。


「そうか、アイリ。なんてことをしたんだ」

「ごめんなさい。それでも、貴方ともう一度会いたかった」


 アイリのリザレクションは完全ではなかった。実は、これはわざと不完全なものをアイリには教えていたのである。

 私は弟子が行ったのと同様に、腐敗した体で蘇生した。そして、この体もあまり長い時間は持たないだろう。


 傲慢ではあるが、言い残したいこともあった。本来は世界の均衡を破るものなのだろうが、どうしてもアイリには伝えたかった。


「アイリ」

「ライル……」

「本当のリザレクションの使い方は、私の部屋の椅子を壊せば、中に書物として残してある」

「っ!? なんで、そんな事をしたの!?」

「いつか、リザレクションが必要となる事があるかもしれない。その時のためにアイリに託したいんだ。だけど、それは今ではない」

「貴方がいなくなっては! 私はこれからどうすれば!?」


 泣きじゃくるアイリを左手で抱き寄せた。ここで私は自分の右手がないことに気づいた。


「もう大丈夫。アイリなら大丈夫。私の人生を救ってくれて、ありがとう」


 限界が近かった。それは自分でよく分かった。だけど、伝えたいことは伝えた。



「ライル、私は貴方を越えるわ」

「ああ」

「偉大な治癒師の師として。貴方のために、貴方の人生に意味があった事を証明してみせる」

「ありがとう、アイリ」



「————るわ、ライル」

「ああ、私もだ」



 治癒師アイリには師がいた。歴史の評価を好む者の中には、アイリよりもその師の方が多大な貢献をしたと言う者もいる。

 彼女が起こした奇跡は、繋がり繋がって世界を救ったとされているが、それであれば彼女の師も彼女を教えたことで間接的に世界を救ったと評価されるのが正しいのだろう。


 治癒師アイリの弟子は世界各国の大勢いる。そして治癒師ライルの弟子も同じほどいるとされる。だが、彼らは生涯結婚はせず、子孫を残すことはなかった。それがたまたまだったのか、必然だったのか、知るものはいない。

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