第18話 成長

 若さは暴走するというのは分かっている。私自身も暴走していたが、先人たちがうまい具合に導いてくれたのだろう。当時の私はそれに気づかずに自身の力で進んでいると勘違いした。結果、弟子が暴走した時に止められなかった。

 二の轍は踏まない。アイリは必ず守る。


「何故なの!? まだやれるわ!」

「もうだめだ。それ以上回復魔法を使うと倒れてしまう」

「ちょっとふらつくくらいじゃない! 貴方の方がボロボロよ!」


 大陸の多くを巻き込んだ戦争が起こったのは神が私のもとに天使アイリを連れてきてから二年後のことだった。私はアイリを連れてそれに加わることになった。すでに立派な治癒師となっていたアイリは私とともに、前線の負傷者の治癒にあたっていた。元治癒師統括は、大歓迎された。その新弟子も同様に。


 帝国の東端での戦闘は完全に押されていた。数日すると前線を引き上げなければならないほどに戦局は悪い。私たちは多くの負傷者とともに西への移動を繰り返すことになった。


「ライル様、変わられましたね」

「つべこべ行ってないで次の負傷者を運んで…………いや、一ヵ所に集めろ」

「まさか!?」


 かつての部下が、喜悦の表情で私を見る。彼もまた、私に憧れたと言ってくれた一人だった。その技術を受け継ぐ才能はなかったが、随分と尽くしてくれたのが今なら思い出せる。私の後の帝国治癒師統括に推薦したのは間違いではなかった。


「え? 何よ、何が始まるの?」

「アイリ、君は知らないんだね。ライル様が何故治癒師統括になったかを。伝説を見ることができるよ」


 もはや魔力は限界である。アイリにこれ以上回復魔法を使わせるわけにはいかない。

「アイリ、今日はこれで終わりだ」

「なんなの? 私はまだやれるわ!」

「よく、見ているんだ。君に伝えたいことの一つだから」


 負傷者が全て集められた。元部下たちが距離を計りだす。

 かつての私が編み出した究極とも言える回復魔法。その恩恵に預かるものは私の近くにいる者たち。


 同時広範囲型治癒魔法、エリアヒール。


 かつて、これができた弟子は禁忌の道に踏み外した。莫大な魔力を必要とするこの魔法は、実際の使い方しだいでは最も費用対効果に優れた魔法となりうる。

 今もそうだ。私の魔法の射程内に集められた負傷者は百を越える。この全てに回復魔法をかけようと思うと、一人の魔力では足りるはずがない。だが、この魔法はそれを可能にする。


「神よ、その慈愛を天からの雨の如く降り注ぎたまえ」


 大量の負傷者に回復魔法が降り注ぐ。私の魔力もかなりの量が抜けていくが、周囲で死を待つだけだった者たちが生還の息吹きをあげ始めたのが分かった。


「アイリ」

「なんて…………なんてことを」

「師を敬ってくれてもかまわないんだよ」


 微笑んでみせるが、さすがに目眩がする。それまでにも魔力を使い過ぎていた。

「貴方が無理をしてるじゃない!」

「アイリの前で格好つけるのは、私の趣味であり生き甲斐であって…………」

「馬鹿なの!?」

「ははは、ご存知の通り」


 弟子たちの多くはこれを伝説と呼んでくれた。当時、私の自尊心は大きく満足され、その力に酔っていた。だが、今はこの力を一人でも多くに受け継がせることが必要だと感じている。特にアイリにはこの力を受け取って欲しかった。


「それで、そのうちできそうか?」

「分からないわ、でも絶対に習得してみせる」


 力強い返答に安心し、私は気を失った。師としてはふがいない姿を見せてしまったのかもしれないが、愛する人の許で安心感があったのだろう。

 戦争はそのうち終結した。帝国には一人の英雄が出現し、迫りくる連合国軍を撃破していったのである。あまりにも多くの死傷者を出した戦いであったが、終盤にはほとんど損害もなく、私たちは旧オーキド王国へと戻る準備を始めていた。


「ライル様、帰ってきていただけないでしょうか」

「帝国治癒師統括はお前だろう。私にできる事はもうここにはない」

 正直な話、アイリとの二人だけの時間を邪魔されたくないという思いが強すぎるのだが、それなりの理由を考えて置く必要もある。


「これを託す」

「これは……」

「我がエリアヒールについて書いた本だ。精進せよ、そして広めよ」

「っ!? ありがとうございます」


「あの本、私のものじゃなかったの?」

「……もういらないだろう?」

「ええ」



 アイリは数日でエリアヒールを習得した。その魔力量は日に日に増加し続けている。彼女は天才だ。私なんて及ぶべくもないほどに。私がこの領域にまで成長したのは三十をかなり越えてからだろう。


 すでに戦場の多くで彼女は有名になっていた。中には彼女を聖母とまで呼ぶ兵士もいる。それほどに彼女が助けた人は多かった。

「貴方の方が多くを助けたじゃない」

「年の功というやつだよ。アイリの年齢でそこまでできるなんてのは見た事がない」


 アイリの全てが眩しく映る。このまま数年で私の技術はほとんど受け継いでくれるだろう。もはや教えることもほとんどないが、まだ一つだけ残っている。




「ライル、ひとつだけいい?」


 旧オーキド王国の診療所に帰った時にアイリがいった。その顔は非常に不満そうだった。私は彼女のために生きているつもりだから、そんな表情をされると非常に不安になった。だが、彼女の言った言葉は完全に私の予想の範疇を越えていた。そう、そんな事は思いもしなかったのである。



「貴方、いつになったら成長を止めるの? いつまでたっても私が追い付けないじゃない」



 そう言うと、何も言えない私を見てアイリは楽しそうに笑った。

 言われて初めて気が付いた。私はかつてないほどに、魔力に満ちていた。

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