第10話 終結
帝国の東端。先日僕らが攻め落とした町の重要性が連合国にも伝わったらしい。双方ここに大量の兵を投入しての大混戦となっている。
急造された壁と塹壕では防御には心もとないが、リヒトはそのような旧石器時代の代物には頼らないと豪語していた。
「魔術大隊をここに配備させるんだ。奴らの召喚士部隊が現れたらすぐに報告すること。その際には私の魔獣部隊で迎撃する」
リヒトがいつの間にかここの守備指揮権を完全に掌握するまでにそこまでの時間はかからなかった。もともとが宰相の息子であり皇族であるために意見がしにくいというのもあるが、リヒトが指揮した戦いが連戦連勝であるという実績が味方に絶大な安心感をもたらしているのである。
「そのうちここにも万を超す軍が押し寄せるかもな」
「あのような塹壕で本当に大丈夫なのか」
「やはり本国から部隊を増員して壁を」
作戦参謀だった奴らの議論は尽きないようであるが、状況は刻一刻と変化している。そのうちリヒトの言う事がそのまま命令となって全軍に伝わるようになった。
ここの主戦場の連合軍はルーオル共和国が主体となっている。召喚士を多く輩出するルーオル共和国の軍隊には他にも魔術師なども多い。正規兵の多くはファランクスという重装槍歩兵で形成されているが、遊撃隊を率いているのはほとんど魔術師だ。
「あれだけの魔術大隊がいるというのにルーオル共和国の参謀は腑抜けだな」
机に敷かれた地図を見ながら駒を進めるリヒトの目はおもちゃを欲しがる子供のそれをしていた。帝国で魔術大隊をもらい受けるだけでもかなり苦労したのである。
だが、敵にリヒトが警戒している男がいなくなったというのもあるのだろうが、今のリヒトはこれまでとは違っていささか危なっかしい印象を受ける。要は調子に乗っている。
「俺ならばあれを全部騎馬に乗せる。機動力を兼ね備えた移動式の火力が相手にとってどれだけの脅威なのかを知らないのだろうか」
たしかに魔術大隊が集中して浴びせかける魔法というのは脅威でしかない。簡単な城壁であれば吹き飛ばされるし、軍と軍の戦いでも集中砲火で穴があけばそこからつけいる隙も多い。その分、それを作り上げることは大変な労力がいるし貴重である。ルーオル共和国はこの虎の子の魔術大隊をファランクスの重装槍歩兵で幾重にも防御しているのだ。リヒトはそれを見て鼻で笑っている。だが、だからと言って油断をしていいわけではない。
「よし、うちの魔術大隊にも機動力を備え付けよう。騎馬はどのくらい余っているんだ?」
僕はそんなリヒトの肩をちょいとつついて注意をこちらに向けさせ、地図の上の一点を指さした。
崖の上のそこ地点は地図が正しければ連合国の陣地を上から見下ろせる場所である。だが、ここに行くために連合国の陣地の一つを突破する必要があった。
「逃げないのであればそんな機動力は必要ない。魔獣大隊の後ろに乗せてここに配置、上から魔法が降り注げばこの戦いは終了だ」
「……くそっ、ダンのくせに!」
明らかに敵を侮りすぎである。リヒトのこういう所は良くない。だが、それを指摘した時に聞く耳は持っている。
調子にのって時に何かをやらかすのは会ってからすぐに分かった。仕えるものとして注意しなければならない。
そしてこの状況、リヒトは勝てると考えて防御に徹するつもりのようであったが、攻める必要があると僕は考えていた。そのため、防御陣を構築しつつも攻勢に打って出る。その機は一瞬であるために最も効率良く相手を叩くことのできる方法を……。
「ダン、変わったな」
「何が?」
「前は作戦に何て興味を示さなかったのに」
たしかに。僕は死地を求めてたはずで戦いそのものには興味がなかったはずなのだ。
リヒトに仕えるようになってから、僕は何かが変わってきている。
多分、それは余裕なのだろう。今までは死ぬことで精いっぱいで他の事を考える余裕がなかった。だが、今はそんなめんどうな事はリヒトに押し付けてしまっている。僕の生きる意味はリヒトが見出すはずだ。もっとも僕の心を占めていた問題がなくなり、ぽっかりと空いた穴のなかに色んなものが少しずつ入ってきているのかもしれない。
いろいろと考えていたら、体を動かしたくなった。やはり考えるのは性に合わない。
「それよりも次の死地だ」
「死地がそんなにあってたまるかよ……じゃあ、この陣地潰しに行くよ」
ここで「潰してきてよ」と言わないのがリヒトである。僕は立てかけていた棒を手に取った。襲うのは先ほどの敵陣営を襲うための地点に行くために通過する必要のある敵陣地である。
***
刀を握りたくなった。
最近は集団戦の時は棒を主体とする戦い方をしていた。その方が刀を損傷する可能性も少ないし、複数人を相手にするのも棒の方が戦いやすいからである。
しかし、今の僕は刀を求めている。
「今日中にここを落とそう」
「午前中で十分だ」
「それだと魔術大隊が間に合わない」
「間に合わせろ」
この問答を第三者が聞いたらどちらが主人か分からないのではないだろうか。だが、リヒトはそれに楽しそうに答えていた。
「何で楽しそうなんだ?」
「いや、だってダンくらいなんだ。俺の戦略を聞いて理解してくれるのは」
それは僕が純粋にリヒトの戦略しか聞いたことがないからだ。他の作戦参謀の戦いは興味がなかったし、ミルザーム国にいた時は援軍がくるかどうかしか頭の中にはなかった。
兵站の概念だとか、効率的な殲滅の方法だとか、ソードマンには関係ない。目の前の敵を滅するだけだ。
しかし、ここに来て自然と戦略というのが耳に入る。リヒトは僕以外には戦略の詳細な部分を語ろうとしない。全て頭の中で組み合わさって初めて作戦参謀本部で披露するが、その場合は詳細な部分は省いているのである。だから、その考えに至るまでの考え方というのをリヒトが語るのを聞いていると、自然とリヒトの考えている事が分かるようになった。
僕の提示した作戦は、本気の時のリヒトならばこうするだろうという推測の元に成り立っているため、僕なんかが言わなくてもリヒトが本気になればすぐに気づく程度のものである。
「召喚士がいると思うか?」
「俺だったら配備するけど、多分いないだろうな」
小さくため息をつく。ルーオル共和国の精鋭の召喚する召喚獣ならば僕を死地に誘ってくれるかもしれない。重装槍歩兵だけでは無理だ。
「残念だけど、魔術大隊が攻撃を開始したらルーオル共和国の連中は壊走するしかない。殿に凄腕がいることを期待しよう」
「ああ、分かった」
僕は刀を抜いた。すでに眼前には魔獣大隊が出現したことで浮足立った敵の陣地が見える。
老馬から降りた僕は魔獣たちの前に出る。リヒトは後方で僕の老馬を護っているのだろう。陣地の制圧までに魔術大隊が到着し、彼らを乗せて攻撃地点まで駆け抜ける。僕の馬はそんな速さでは走れないからどうしようか。
「蹂躙するぞ」
ラバナスタン帝国が連合国を押し戻すのはこれから約一か月あとのことである。ミルザーム国へ譲渡した一つの町を除いて開戦時と同等の領地へと戻った帝国は、その後周辺連合国と一時休戦を申し立てた。帝国の反撃で手痛い被害を受けていた連合国側もこれを受諾し、ここに六か国をも巻き込んだ大戦は形の上では終結を迎えることになった。
この戦争は二人の英雄を生み出した。
一人はミルザーム国の天才軍師アノー。もう一人はラバナスタン帝国の将軍リヒト=アンデグラードである。
ごくわずかな人間だけが二人の経歴を知っている。そしてその二人が同じ場所で同じように学んでいたという事を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます