召喚士 コラッド
第11話 夢
「僕を殺してみろ。僕に死を運んで来い」
飛び起きた。この数日、同じ夢を見る。
それは舞うように俺の心と同じものを破壊していった。死神とも絶望とも言えるものが笑いかけてくる。なんとなく、鬼神という名称が馴染むように思えた。死も生も感じないであろう瞳が俺を見つめる。何が起こったかを把握するのが遅れたのは確かであるが、いつの間にか恐怖とともに逃げ出していた自分に気付いた。
必死に森の中を逃げた。後ろからあの鬼神が追いついて来るかもしれない。心臓が、肺が悲鳴をあげるがそんなことは知った事ではなかった。俺は生まれて初めて死を感じ、恐怖した。
足が思う通りに動いてくれない。それでも必死に逃げた。もつれるそれを木の根が掴みにかかる。その度に背後からあれが追いついて来るのではないかと思い振り返る。
夢の中では必ず追いつかれた。俺に追いついた鬼神は決まって何かを言うのだがいつも聞き取れない。
現実はどうだろうか。俺はルーオル共和国の首都の隠れ家の中で震えていることしかできない。
暗殺稼業に堕ちたのは数年前だった。
召喚士として実力を認められていたはずの俺がルーオル共和国軍を抜けたのちにやることがなかったのである。気づけば人を殺すような職業についていた。
「南紅のロイが死んだ。やったのはお前が襲撃した奴だ」
仕事を斡旋してくれる唯一の仲介人がそう言ったのは昨日のことである。南紅のロイと言えばこの業界では有名人で、しくじったという噂は聞いたことがなかった。
だが、あの鬼神ならばそうだろう。ロイがどれほどの強者だったとしても、勝てるわけがない。
巨獣ベヒーモスとの契約ができる召喚士はほとんどいない。最強とも言われるそれが、召喚士にとっての目指す頂の一つであり、それを召喚できる俺の自信でもあった。
その巨体から繰り出される攻撃の数々は個人で防げるものではない。ルーオル共和国軍の中でも数名しかいないベヒーモスの召喚士は全てが軍を指揮する立場にあるほどである。俺もそうなるはずだったが、考え方の違いから衝突が絶えずに抜けざるを得なかった。
何が間違ってこうなってしまったのだろうか。
「とりあえずは休め。依頼主も南紅のロイが死んだことでお前の不手際も仕方ないと考えているようだ」
気休めにもならなかった。俺は鬼神の影におびえながら生きている。
ダン。鬼神の名はすぐに分かった。
帝国が反撃を行うにあたって現れたのが殺害対象だった将軍リヒト=アンデグラードだったからである。やつの近くにはいつもダンと呼ばれる棒と刀の使い手がいた。黒い軍服に身をくるみ、立ちふさがるものを全て倒す。俺が鬼神と思った男は本当に同じ人間なのだろうか、やはり鬼神に違いないと思った。
そのうち、戦争が終わった。
だが、俺はまだ立ち直れない。
「コラッド」
仲介人が来た。こいつが俺の名を呼んだことが今までにあっただろうか。
「これで最後だ。この依頼を受けなければお前にはもう仕事を持ってくることはない」
よく考えると仲介人の名前も知らない。
「いい。もう俺には無理だ」
「そうか。分かった」
この答えは覚悟がいる。おそらくこの仲介人は俺を始末しようとするだろう。末端の暗殺実行役である俺には大した情報は回ってこないが、それでも知らなくてもいいことを知っていると判断するだろうからだ。
逃げ出すか、戦うか、死ぬか。
鬼神の影におびえる俺に戦うという選択肢はなかった。仲介人が隠れ家を出ると同時に荷物をまとめた。急がないとここが襲われるだろう。
「出でよ、シルバーホース」
召喚獣の中でもっともはやいのがこのシルバーホースである。隠れ家の中で召喚することで、外に出た瞬間を狙われるのを防ぐのだ。
扉を破壊して、隠れ家を出た。思った通りに俺を始末しようとした連中が見つかったが、その時にはシルバーホースは最高速度で駆っていた。逃げおおせたのだ。
だが、逃げたのはいいが俺はこれからどうすればいいのか。
暗殺稼業に戻るのは無理だ。軍隊も性に合わないし、今の俺は戦うのが怖くて仕方ない。
しかし、シルバーホースに魔力を送りながら俺は思う。俺は召喚士だ。それもベヒーモスを召喚できるほどの召喚士なのである。逃げるだけでは駄目だ。強くならなくては。出なければ夢の中で永遠に鬼神に追われ続けるだろう。
召喚士が強くなる方法。それは新たな召喚獣との契約である。
俺はある場所を目指すことにした。
フジテ国山中の隠れ村。古代の召喚士が作ったとされる召喚士の村である。正直存在するかどうかも怪しいが、今の俺はこの伝説にすがるしかない。
行く手には雨が降っているようだった。ルーオル共和国を抜けるころには晴れるのだろうか。
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