第8話 主

 主を得た刀は迷うことなく全てを断ち切る。



 ラバナスタン帝国の反撃が始まったのはそれから一カ月後の事だった。


「召喚士の部隊を叩くぞ! ついてこい!」

「はっ!」

 復活再編成された魔獣大隊が連合軍の要とも言える召喚士部隊を食いちぎったのである。


 魔獣大隊の指揮官の名前はリヒト=アンデグラードといい、宰相アルバート=アンデグラードの息子だった。

「ダン、あのベヒーモスだ」

「承知した」

 彼には常に一人の護衛が付き従っていた。謎に包まれた男であり、名はダンという。彼が舞う所、すべての敵が地に伏せ、リヒトのための道が築き上げられた。



 ***



「ベヒーモスが破られたっ!?」

「魔術部隊か!?」

「いや、一人だ!」


 僕は主のために刀を振るうことにした。いや、今現在振るっているのは棒である。考えるのはやめだ。リヒトのために振るうのであれば刀であれ棒であれ迷いはない。

 連合国は主力ではなかった。だが、この帝国東端になってしまった最前線において、リヒトはこの町こそが反撃の中心になると言った。

「ミルザーム国のソードマンたちがいたら、こうもいかなかったかもな」

 ミルザーム国はこの町には軍を進めていなかった。ソードマンがいればこうも安々と防衛陣を突破することはできなかっただろう。ファランクスの防衛陣といえども、最大火力を終結させた魔術大隊を集中的に配備してしまえば、動きのとれにくい集団に早変わりしてしまう。リヒトの兵の配備は完璧だった。


 破られるはずのないと思っていた壁の向こう側で、召喚士たちが攻撃の機会をうかがっていたところに切り込むのである。普通であれば死地となりうるそこに、僕はいた。


「次だ」


 ベヒーモスの頭蓋骨の感触を棒の先に残したまま、僕は無造作に前進した。ひるんだ敵兵たちが割れるように指揮官への道を開けてくれる。ここはルーオル共和国の軍らしいが、そんな事には興味がなかった。

 召喚獣たちが襲い来る。だが、先程のベヒーモスほどの巨体と剛腕、俊敏性を持つ物はおらず、さらには組織だった行動も皆無であった。所詮は獣かと、いなし、目を潰し、首をはねていく。


 召喚獣は召喚主との距離は離れれば離れるほどに力が弱くなる。そのために召喚士たちは主戦場の近くにいなければならない。それこそ召喚獣が戦う傍にいる必要があるのだ。

 すでにそのほとんどが逃げ腰になっている。しかし自分が離れることで召喚獣たちが僕に傷をつけることができなくなるということも分かっており、勇気をもって踏みとどまっていた。だが、正面に立ちはだかる者はいない。


「腰抜けどもめ」


 ベヒーモスを召喚していた指揮官の周囲には護衛の兵たちがいた。僕の突撃に対して陣を組もうとしている。

 個人に向かって陣を組むとはどれだけ愚劣なのだろうか。斜めに切り込むように陣を崩すと、明らかに浮足立つのが分かる。


 棒術に対して盾での防御など意味をなさない。盾ごと突いて吹き飛ばしてやる者もいれば、足払いをかけて傾いた盾の上に跳躍し脳天を叩き割ることもできる。これは刀相手には有効かもしれないが、鈍器を持った僕にとってやりやすいだけだった。


「棒術だと!? おのれ!」


 指揮官が逃げようとしている。兵を率いるものが逃げるなど言語道断である。ラハドの町で華々しく散った隊長が僕の脳裏に浮かび上がった。彼は、悔いなく逝けたのだろうか。

 神速の突きで周囲の三人ほどの意識を刈り取ると、棒を投げ込み指揮官を護る最期の一人の喉元に穴を開けた。僕は刀を抜きはらうと、間合いを詰める。


「なんだと!?」

 僕を棒術だけの人間だと勘違いしていた指揮官が、武器を失ったとばかり思ってた僕の得物が刀になり驚愕する。刀を扱うというのはソードマンである。ソードマンは帝国にはいないはずという固定概念と、僕が武器を失っていなかったということと、他に何を考えていたのかは知らないし興味もないが、とにかく指揮官は驚愕の表情のまま胴体と首が別れることとなった。


「突撃!!」


 後方でリヒトの命令が聞こえた。良く響く、良い声である。

 召喚士が中心だった敵の主力は、リヒトの率いる魔獣大隊の猛攻を受けて散り散りに壊滅した。


「ダン、さすがだ」

「僕の死地ではなかっただけのことだ」


 主に対して敬語を使わないというのは不敬なのだろう。だが、リヒトは笑ってそれを許した。そして、敬語すら使わない謎の男というのは不気味さを増すと言い、そのままでいてくれとまで言ったのである。


 ここはルーオル共和国が中心の陣地だった。町の中心もそろそろ帝国軍の占領が始まることだろう。戦局は完全に帝国側に有利だった。


「リヒト、この状況で帝国側が覆されるのはどういった事が予想されるんだ?」

「まあ、援軍だよね。周囲の国々がここの重要性を認識して取り返しに来るとまずいかもしれない。でも、アノーが近くにいない限りは大丈夫だと思うよ」


 帝国軍の赤いものとは違い、黒い軍服に身を包んだ僕は目立つ。不気味さを宣伝させようというリヒトの作戦というのは当たっているのだろう。味方も、敵も、僕を恐れるようになった。誰も話しかけてこなくて丁度いい。


「さあ、あの指揮官のベヒーモスはどうだった?」

「昔襲撃してきたやつよりも数段弱かったな。やはりルーオル共和国のものではなさそうだ」

 もしあの襲撃者のベヒーモスがここにいたら、戦局は変わっていたかもしれない。戦時下で一対一で召喚獣と戦うことを許してくれないという状況と、粘られてリヒトたちの突撃が間に合わない可能性もあった。まあ、その時はその時でなんとでもできるのであるが。


 棒を回収して血糊を拭く。今日はもうリヒトも突撃をしないだろうから、僕の役割は終わりである。通常どおり、リヒトの護衛に戻るのみだ。


「ダンも魔獣に乗るかい?」

「性に合わない」


 魔獣は苦手だった。ラハドの町のことを思い出す。あの時は数体の魔獣を屠った。ともがらの多くは魔獣たちを道連れに共に旅立っていったのである。

 過去を引きずっているのは分かっている。だが、僕にはそれしかなかった。そしてその迷いは、リヒトについていくことで考えないようにした。

 これでいいのか、と思わないでもない。だが、これ以外、僕にはなかった。




「ダン、占領が完了したようだ。これで反撃の準備がととのった」

 リヒトが言った。


 これから、僕は祖国と戦うことになる。

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