第7話 刀

 敵同士であった僕たちに同じ道を進むという選択肢が取れるわけがなかった。

 リヒトの口数が極端に少なくなる。僕は無口に近いためにこの道中ずっとしゃべり続けていたのはリヒトだった。

 これから帝国を牽引していく人材としてはいささか迂闊な言動もあるにはあるが、基本的には嫌いになれない人物である。


「ダン殿はどうしたら私についてきてくれますか」

「僕が祖国と戦うわけがないだろう」


 時たま口を開いたと思うとそのような事を言う。

 

「では、ダン殿が戦時中の祖国ではなくフジテ国にいた理由を聞かせて下さい」

「断る」


 こんな時に会話を成立させてはならない。会話が上手い人間というのはこちらの否定を言葉を何度も引き出すことによって、選択肢を狭めるという手法を使ってくるというのを聞いた。それを教えてくれたともがらはラハドの町のバリケードの近くで旅立った。


「この話は終わりだ」

「もし、ミルザーム国が帝国と停戦したとしたらどうですか?」


 リヒトの目に諦めの色は映っていないようである。今の僕には執念というのもがなかった。あるのは死地への渇望のみである。だから、僕はついこう言ってしまった。

「分かった、祖国と戦わないのであればついていこう」

「本当ですか!?」


 リヒトの喜色は満面に現れた。そんなに僕を連れて行きたいのだろうか。帝国には優秀なナイトがいると聞いているが、それほどでもないのだろうか。

 しかし現実はラバナスタン帝国とミルザーム国は戦争中である。


 明日の出向に向けてトーレ国最後の夜を酒場で過ごそうという話になった。僕は護衛の任務があるから酒はほどほどである。リヒトは何か嬉しいことがあったのか、普段は飲まない酒をたしなむように飲んだ。弱いわけではないらしい。


「ダン殿、アノーってやつを知ってますか?」

「アノー?」

 一人だけ心当たりがあった。ミルザーム国上層部で作戦参謀に抜擢された若い将官である。噂では僕らが囮にされたラハドの町の反撃を指揮していたとか。大将軍の覚え目でたい若者が出て来たと世間では英雄扱いされていた。


「天才軍師アノーは私の学友なんです」

 天才軍師、そう呼ばれているのか。だが、その作戦は僕らを餌にし尊厳を踏みにじるものであり受け入れがたいと言わざるを得ない。


「彼を倒せるのは私……俺しかいない」

 一人称を俺と言い直して、リヒトは初めて本当の顔を見せた。


 その天才軍師様を倒されると僕は困るのだと思う。祖国のことを想うと、ここでリヒトを始末しておくべきなのだろうけど、僕はすでに祖国と刀を捨てていた。正直な話、リヒトがその天才軍師様を破ってくれたなら、胸がすっとする思いになるのだろう。

 リヒトの言葉には答えずに酒をすするようにして飲んだ。この程度で酔うことはない。いつまたリヒトが襲われるかも分からないのである。


「明日は早い。もう宿に帰るぞ」

「ダン殿、貴方を捨てた祖国ではなく私に付いて来て下さい」

「違う、僕が祖国を捨てたんだ」


 リヒトを立たせて会計を済ませる。酔っぱらっているのかともおもうが、足取りはしっかりしていた。明日、乗船してしまえばほとんど護衛としての任務は終了だ。僕は死地をどこに見出すのだろうか。



「これは私としたことが、少し浮かれてしまいましたか」

 宿への道、近道をしようと路地裏に入るなんて行動をリヒトがするとは思わなかった。そして警戒をしていたはずだが、それを気取らせないというのは手練れである。僕はまた足元から湧き上がる喜びを感じざるを得なかった。


「リヒト=アンデクラード、恨みはないが死んでもらう」


 襲撃者はまたもや一人である。もしかしたらベヒーモスを召喚したやつとは違う黒幕なのかもしれない。暗殺でも奇襲でもなく町中の路地裏で正面からかかってくるという時点で、腕に覚えはあるのだろうが。


「どこの差し金ですか?」

「依頼主を明かすわけにはいかん」

「つまり、貴方は雇われですね」

 リヒトが言葉で情報を引き出していく。おそらく話の内容から誰の差し金かというのを予想しているのだろう。国内外にリヒトを暗殺した奴がいるのかもしれない。帝国の人間でないというのは、僕にもなんとなく分かった。


「御託はいい。殺し合おう」



 だが、その襲撃者が刀を抜いた。


「ソードマン!?」

「ソードマンと戦うのは初めてか? だが、おそらくはこれが最後となるだろう」

 リヒトを護るようにして前に出ていた俺の驚愕が相手に伝わる。

 構えは上段。あれほどに愚直な剣術はミルザーム国でも南の方の流派に多い。僕の北神流は構えを一定させないために上段にかまえることはほとんどないのである。


 一閃、ソードマンが間合いの外から刀を払った。それを見極めて避ける。


「刀は最強である。最期に究極の武が見れてお前も本望であろう」

 僕を棒術の使い手と思い込んでソードマンはよくしゃべった。刀は最強である。それは間違いない。だが、本当の意味の最強はソードマンが振るう刀が最強なのだ。


「どうした!? 我の刀に驚き、手も出んのか!?」



 僕は困惑していた。目の前のソードマンはかなりの手練れであるのは間違いない。祖国ミルザームに所属するソードマンであれば、今頃は帝国との戦いに明け暮れているのだろう。このソードマンは国に属していなかった。それはその立ち振る舞いでも分かる。軍規が完全であり、それを誇りとして生きている僕らソードマンは戦いの最中にこんなにぺらぺらと喋ったりしない。

 こいつは祖国を抜けて暗殺者として仕事を行っている流れ者なのだろう。


 誇りを捨て、しかし刀は捨てず。ソードマンを名乗り、しかしその矜持は守らず。


 守るものを持たざるソードマンはソードマンではない。



「貴様がソードマンを名乗るな」

 僕の鉄棒が奴の刀をはじき返した。すでに見切りは済んだ。奴の刀は僕に届く事はない。

 棒を手放し、左の腰の両刃の剣を抜きはらう。構えは中段、北神流だった。


「むっ」

 僕のまとう「気」が変わったのが伝わったらしい。


「守るべきものを持たざる貴様にソードマンを名乗る資格はない」

「その構え、まさか貴様は!?」

「もう喋るな」


 一瞬で間合いを詰めると襲撃者は刀を振り下ろした。その刀の腹に沿わすように剣を当て、受け流した。


「北神流!? やなぎ……」


 襲撃者の刀が地へ向かい降りていくのを視界に入れながら僕は横に一回転した。勢いをつけて、そのまま襲撃者の首を飛ばす。返り血を浴びないように前進も忘れない。

 北神流「柳受け」に加えて棒術で体得した回転を加えた一撃を剣で再現した。



「もう喋るなと言った。ソードマンの面汚しが」



 怒りだった。僕の全身に満ち溢れたのは怒りの感情だったのである。そして、それが冷めていくにつれて、虚しさが僕を支配した。彼はソードマンを名乗る資格はなかった。だが、僕が北神流を使う資格はあったのだろうか。

 僕がこの襲撃者を罵る資格があったのだろうか。単純に自分が悩んでいることを悩まずに生きている者をみて、八つ当たりをしただけではなかったのだろうか。


 封印したはずの動きは、この一か月程度の旅を経て様々な武器をつかいこなしたことによりより一層の進化を遂げていた。

 刀だったらどんな動きができただろうか、という渇望が僕を進めていたのだ。


 僕は死地に向かっていたわけではなかった。そのことに気づいてしまった。であれば何のために生きて来たのだろうか。しかし、己で己を殺すという事にも意味を見いだせない。

 道標が完全に絶たれた。



 だけど、僕は一人じゃなかった。


「ダン殿、彼は多分有名人だよ。聞いたことないですか? ミルザーム国出身のソードマンで、南紅のロイ……」

 なるほど、南紅流のロイか。数年前に自身の流派の多くを殺して破門となり国外へと追放されたソードマンだった。

 かなりの実力者であったが、その行動がソードマンとして許されるものではなく、見つけ次第誅殺の指令がミルザーム国中のソードマンに出されていたのを覚えている。こんなところで暗殺家業に身をやつしていたとは。


 だが、僕はそんなロイに勝てた。それも圧勝に近い形で、刀すら使わずに。



「ダン殿、やはり俺に付いて来てほしい」

「リヒト……」



 祖国とは何だろうか。刀とは、ソードマンとは何だろうか。

 僕は何かにすがりたかった。そして、そこに手を差し伸べてくれる青年がいた。



 僕は南紅流のロイが握っていた刀を奪った。

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