第6話 祖国
「僕の仕事は護衛であって、どうやって帝国に潜り込もうかというのを考えるのは役目じゃない」
「私の姓を聞いておいて、そこまで興味を持たれないというのは本当に何と言うか……」
リヒトが帝国の皇族の一人というのが発覚したわけだが、ならば何故帝国から迎えが来ないのかということまで含めて僕は興味を失った。それが分かったところで僕が戦い抜いて死に至るであろう死地には何ひとつ関係ないどころか、目的外の場所に連れて行かれる可能性だってあるのである。さすがに毒殺とかは御免こうむりたい。
「では、聞かなくてもいいです。代わりにここで独り言を言いますね」
「勝手にしろ」
僕は馬車の後ろで棒をみがくことにした。御者はリヒトがやっている。この棒は意外にも性能がいい。単純に鉄を棒の形に形成しているだけではなく重心と先端との重さを計算しているのだ。そのために振りやすく、力を籠めやすい。良い買い物をしたものだ。
「私の父は皇帝陛下の甥で、宰相をしています。私は宰相である父上の四番目の子になります」
特に大巨獣ベヒーモスの右前足を砕いたときの動きは特筆すべきものがあった。あれだけの動きというのは反復練習を欠かさず毎日行ったところでできるものではないのではないかと思っている。それほどに避ける動作がそのまま攻撃に結びつく究極のカウンターを演出できた。もちろん、それはこの鉄製の棒あっての動きである。
「私はフジテ国に留学している間に戦争が起こってしまったのです。ですが、父からもフジテ国に戦禍は及ばないと聞いていましたので、落ち着くまでは帰国はしないという事になっていました」
刀ではああいう動きはできなかったであろう。もちろん力の加減具合から刃が折れたに違いない。であるとすれば僕が究極だと思い込んでいた刀は逆に欠陥品だったのだろうか。いや、そんなことはないはずだ。刀であれば最初に右前足を断ち切り、距離を置いて隙を突く形で喉なり心の臓なりを切り裂くことができたはずである。あの頭蓋骨は無理だろうが。
「まさか帝国軍がミルザーム国との戦いで敗れるなんて思いもよらず、ですがそれを一人だけ可能にできる人物を僕は知っているのです。……正確には一人ではなく、二人なんですが」
リヒトの言葉を聞き流す。権力者の言を聞いたところで、今の僕にはなんの関係もないと思っているからだ。それに本当に必要なことというのは言わないのが権力者である。
「フジテ国の留学先で知り合った人物がいるんです。僕はその親友ともいえるやつと戦うために帝国に戻るんですよ」
しかし、と思う。リヒトはおそらくこの話を僕に聞いてもらいたがっている。それは僕がたんなる護衛であり深い事を聞きだそうとしないからだろう。無害だと思われているのかもしれないが、そういう事をしたいのであれば嫁でももらえと言いたくなる。
「僕はリヒトの嫁じゃないぞ」
「他の誰かが聞いたら誤解しそうなことを言うのはやめて下さい。言葉が少なすぎて……」
トーレ国での道中で襲撃を受けることはもうなかった。海にたどり着くまでに数日かかったが、所詮は小さな国である。馬車での旅というのは尻に負担をかけるものであったが、そこまで悪いものではなかった。帝国宰相の息子がこんな旅に耐えることができたというのが驚きであったが、できる限り野宿はせずに村に泊まったこともあり、リヒトの豊富な資金の助けもあって問題なくいったのである。ここにも死地はなかった。
「船にのって帝国まで行けば迎えが来ているはずです」
「帝国の迎えにここまで来てもらえばよかったじゃないか」
「無駄に兵を動かしてトーレ国を刺激するわけにはいきません。それに私はそこまでの評価をまだいただいていないのですよ」
これからだというリヒトの瞳には生きる希望が輝いていた。それは僕のにはすでに抜け去って久しいものである。
「現在、連合国は帝国に深く侵入してきています。我が帝国がミルザーム国で行ったのとまったく同じ状況を奇しくも作り上げてしまった奴らの末路は決まっているのです」
帰り次第父に進言するといったリヒトの言葉は日に日に強く過激なものとなってきていた。馬車の後ろに乗っている時も地図を睨んでいたりするのである。
「あのなあ、戦争というのは地図とにらめっこしてできるものではない」
「ダン殿、帝国についても私の護衛をしてくれませんか」
「……」
答えようがなかった。
この旅でリヒトについて行くというのは悪くないと思っていた。気持ちのいい青年であり、僕のことも理解してくれている。それに僕が死地を求めている時に邪魔しないというのが良い。
だが、帝国はミルザーム国と戦争中である。今の僕に
港町はそれなりの大きさがあった。ラバナスタン帝国との取引で大いに栄えたのだろう。今はその帝国が戦時下ということもあって閑散としている。普段この港町にいる船の半分もいないとのことだった。それでも、かなりの数の船が停泊している。
「明日の朝、乗船です。馬車も乗せることができるとのことで、私が帝国についたらダン殿に進呈いたしますね」
老馬であるがいい馬である。荷馬車とともに頂けるのであれば僕はどこにだって旅することができるようになるはずだ。売ってしまうのもいいが、愛着も沸いている。
「本当はダン殿にも付いて来ていただきたい」
僕は棒を磨きながら答えた。
「リヒト。僕はもともとミルザーム国のソードマンだ。ラハドの町を防衛していた」
「!?」
情報を集めている人間であれば、この言葉が何を示すか分かるはずだ。少なくとも今のリヒトにこれ以上の説明はいらないだろう。僕はミルザーム国のソードマンで、激戦区であり囮とされたラハドの町で防衛をしていた生き残りであると。様々な葛藤からミルザーム国を抜け出してフジテ国にまで来ていた。
ソードマンにとっての魂とも言える刀を握っていないということは、ソードマンを、ミルザーム国を捨てたということであり、だからと言って祖国と戦いたいわけではない。
「そ、そうでしたか。だから、刀を拒まれていたのですね」
「僕には握る資格がない」
左の腰につけた両刃の剣がやけに気になった。
「帝国に着くまでは一緒にいよう。それでさようならだ」
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