第4話 棒

 刃物というものは少しでも角度が違えばその切れ味が変わってくるものである。


 さらに言えばどこを切るかという事にも注意をはらう必要があるのであるが、柔らかい部分であれば、どんなナマクラであっても切断することは可能だと、吹き飛ぶ山賊の左の肘先を見ながらも実感した。

 昨日、宿をとった先に砥石を借りたのが功を奏したのだろうか、山賊の剣を拾い磨き上げるとそれなりの切れ味を発揮したのである。まさか二日連続で山賊に襲われるとは思いもしなかったが、ルーオル共和国の治安の悪さがそれを現実のものとしていた。

 しかし所詮は山賊であり、組織だった行動など皆無である。


「歯ごたえがない」


 そして、相も変わらず僕を死地へと連れ出してくれるような腕利きもいない。リヒトはすでに距離を取るのではなく魔術を展開しながら僕の近くで防御態勢をとっていた。防衛に重きを置いた魔法が使えるのであれば、僕も憂いなく剣を振るうことができる。これは刀ではない。


「すごい……」


 リヒトのつぶやきの一つ一つが耳に入るほどに集中できていた。これほどに戦いに集中したことはかつてあっただろうか。僕自身のやる気とは裏腹に、動きが洗練されていく実感が心を抉る。この動きがあの時に出来ていれば輩が旅立つのが少しでも遅くなったのかもしれず、僕を吹き飛ばした帝国の指揮官に一太刀入れていたかもしれない。何故こうなったのかに心当たりがないが、原因を探ろうという気も起きなかった。

 刀を握っていれば更に凄い動きができるのだろうと、山賊の一人の首を飛ばしながら思ってしまう。それほどに体も心も刀を欲しているが、理性が刀を拒み続けている。死するその時まで刀を握るつもりは毛頭ない。



「この辺りの山賊程度ではダン殿の相手にならないですね」


 リヒトには一つとして魔法は唱えさせていない。接触すると同時に指揮系統を瞬殺する方法で僕たちを襲撃しようとする山賊は撃滅してしまったのだ。昨日とほぼ同じである。我が愛槍はその出会い頭の邂逅に使用されて戦闘終了まで役割が復帰することはなかった。ちなみに今回の投擲に耐えきれず、真中でぽっきりと折れてしまっている。悲しい事だ。


「槍が折れた。新しい武器を奪おう」

「あ、刀が落ちてますよ」

「剣があるからいい。それよりも槍や弓はないか」


 事情を知らないリヒトは僕を見ていて刀が合うと思ったのだろうか。山賊の手に握られていた刀を奪おうとしている。それだけは駄目だというのを説明するのは非常に面倒だ。

 数人の山賊以外はすでに山中へと逃げ散っていた。武器を放り投げているやつもいるにはいたが、ほとんどが使えないものばかりである。


 結局、槍などはなかった。リヒトが数本の剣を荷車に詰め込むことにしたようである。あれは僕の持っている剣が折れた時の予備のつもりだろうか。剣を折らないように戦うというにも苦労する。


「ルーオル共和国を抜けるまでにまだ数日あります」

「この調子だともう一回くらいは襲われるかもな」

「戦時下で治安の低下が著しいですね」


 山賊の中には敵前逃亡した兵士などもいるのだろう。どこかで見たような装備をそのまま着ている山賊だっている。あれは軍に見つかったとしたら血眼になってでも逃げなければ地の果てまで追われてしまうに違いない。


 結局、その次の日も山賊に襲われる結果となったが、僕らはルーオル共和国を横断することに成功した。

 フジテ、ルーオルときてトーレ国である。トーレ国は戦時下ではないが、国境には多くの兵が配備されており、国内へ入るために検問を越える必要があった。


「ここは問題ないでしょう」


 リヒトは特に心配した様子もなくそう言った。ラバナスタン帝国とトーレ国は同盟を結んでいるわけではないが、友好な関係にあるという。ミルザーム国で帝国軍が敗れるまではその戦力差からトーレ国の方が何も反抗しようとしなかったというのが正しいのかもしれないが、敗走する帝国軍に向けて周辺各国が同時に攻め入り領土をかすめ取ろうと躍起になっている最中でもトーレ国から軍が派遣されることはなかった。

 一つは陸地がつながっていない事である。ここからラバナスタン帝国へと陸地伝いに行こうとおもうとルーオル共和国の領土に一度入る必要があった。

 海路を取れば意外にも近い。そのために両国の間で貿易はさかんに行われている。


 国境の検問は思った以上に簡単に越えることができた。リヒトが何かを提出した途端に検問を護っていた兵士たちの態度が豹変したのである。


「詮索しないんですね」

「僕には関係ないと言っている」


 興味がないわけではなかった。だが、このトーレ国はもしかしたら安全に通過できてしまうのではないかと思ってしまったのは確かである。どうせなら戦いの中で死にたいと思っているのは僕がまだソードマンに未練を残しているからなのだろう。しかしリヒトの事情にまで興味があるわけではない。


「まったく何も聞かれないってのも拍子抜けですね」

「それよりも新しい武器を調達しよう」


 トーレ国の国境から半日のところに町があった。武器屋へ寄り、手ごろな物を物色する。経費としてリヒトが払ってくれることになったが、僕はそこまで高価なものが欲しいわけではなかった。


「どんなものがお好みで?」


 武器屋の店主の質問に答えるのを躊躇した。好みを聞かれれば刀と答えるしかない。少しだけ考えて僕はこう言った。


「壊れないもの」


 半分呆れ顔の店主はそれでも最適解を用意してくれたようだ。


「これは、棒ですか?」

「トーレ国や帝国では珍しいですがね、これは東方から伝わってきたものの一つを当店で改良したものになります。もっと重さが必要であれば数日いただければ更に良いものをご用意できますが」



 棒術はミルザーム国でもあまり流行ってはいなかったが、一通りの武術を知識として知ってる僕にとっては棒術こそ、今必要なものだったのかもしれない。長い間合いに鈍器としての汎用性。両端が武器となるだけではなく、軽さを求める槍と違って鉄棒の耐久性は折り紙つきである。そしてなにより加工が簡単であるために鉄の量に比べて安価だった。


「もらおう」



 何故か手に馴染んだ。両手を使って回すと、フォンという空気を切り裂く音がした。

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