第3話 認識
ややもったいなくはあるものの、こういうものは最初が肝心である。手元に戻ってこなくなる可能性はあるが、腹をくくるしかない。所詮は物である。
純粋な力が込められた愛槍が直線で飛び、首領と思われる山賊の喉元に刺さった。即死であるのは間違いない。
所詮、山賊というのは烏合の衆である。数は力であるというのを否定するつもりはない。実際に重装槍歩兵であるファランクスによる集団密集戦術はかなりの火力を持った魔術を要さない限りは打ち破ることはできず、個人ではどうしようもない。だが、集団戦には集団戦の戦い方というものがあり、要は攻撃できる人数を減らしてしまえばいいのだ。そのためには攪乱と指揮系統の遮断というのが最もよいと思っている。
「リヒト、馬をゆっくり走らせていてくれ。急ぐと伏兵がいた時に厄介だ」
ルーオル共和国の山中を通過中に山賊に襲われたのである。この国は帝国に侵攻中ということもあって衛兵の数が極端に少なかった。国が一丸となって戦っているわけではなく、治安の低さを助長しているのはこういった国の枠組みからはずれた奴らなのだろう。
今まで来た方向へと戻ることになってしまうが、リヒトも文句は言わない。数十人の山賊が立ちふさがった方角へと進める勇気を持ったものは少ないのだ。それとも短い間にリヒトが僕を信頼してくれるようになったのかもしれない。
「わ、分かりました」
御者台を明け渡して馬車を降りる。僕が持つ武器は短刀だけとなっているので仕方がないが、接近戦で戦うしかなかった。
弓や魔法が飛んでくるかと思っていたが、予想以上にこの山賊は優秀ではないらしい。こういう場合は予想以下と言った方が良かったか。
まさか僕が襲い掛かってくるとは思っていなかったのだろうか、山賊の一人に接近すると明らかにひるんだ様子が認められた。こんな調子ではリヒトの戻る方角に伏兵がいる可能性も少ない。捕まらないようにゆっくりと走れといった意味がなくなった。
動きは素人そのものである。一撃を避けて懐に入り、首を掻き斬る。支えを失った頭部が傾くのが分かった。脊髄を断ったわけではないので、膝から崩れ落ちる。山賊の手足から緊張がなくなるついでに、そいつが持っていた槍を頂いた。
「ひ、ひるむな! 相手はひと……」
しかしどうしても僕に槍を持たせたくないらしい。副首領かどうかは知らないが、すぐさま次の指揮系統に名乗りを上げた山賊の胸に槍を投げ込んだ。呼吸は乱さない。敵を目の前にした時にのみ、緩急をつけるのである。個人を相手にする場合は息を止めるが、集団戦において呼吸は重要だった。故に舞うように戦う。
「ば、化け物!?」
その内、後方に待機していた山賊の一人が魔法を放った。衝撃波が襲ってくるが、これは予想していたので避けることができた。もう少し早めに打つと効果的だと思うのだが、もうどうしようもない。次の詠唱にかかる時間を明け渡すわけにいかないために、その魔法を打った山賊へと直線で距離を縮める。すでに他の山賊は僕からいかにして逃げるかしか考えていないようだ。
誰にも邪魔されずに接近すると、山賊の魔法の詠唱が焦りからか失敗するのが分かった。無論、成功していたとしても発動させる時間を与えるつもりはない。身体を捻ることなく速度と体重を抵抗なく乗せた前蹴りを鳩尾に押し込むと、胴がくの字に曲がったままに山賊が吹き飛んだ。追い、首を切るのは忘れない。
鮮血の深紅が飛び散った。返り血を浴びるのは好きではないだけではなく動きが制限される事も多いために斬る角度というのは常日頃から気を付けている。
ふと我に返ると周囲の山賊たちはバラバラに逃げ散っていた。湧き出る殺戮衝動と己を殺してくれるであろう新たな敵を切望して追い回したくなるが、僕の仕事はリヒトの護衛であると思い直す。
まだ視界に残っている馬車めがけて全力疾走した。おそらくだが、もう大丈夫だろう。それに、あいつらに僕は殺せない。次に期待することにした。
馬車に追いつき、リヒトと合流するともう一度山賊の所にまで戻る。僕は愛槍を回収しなければならなかったのだ。
だが、と思う。こんな戦いをしたところで
「ダン殿、すごいですね」
リヒトは恐怖と驚きの表情を隠しきれていない。それでいて僕のことを頼もしく思うのだろうか、それともソードマンとして戦ってきた僕にもそのうち恐怖を抱くのだろうか。まあ、どちらでも良い。死地へと
護衛というのも厄介な仕事である。やはり僕は切り込むのが性に合っている。次は弓でも用意しておくかとも思う。護衛対象を先にやられたりすれば元も子もないから。
よく見るとリヒトはいつでも魔術を放つことのできるようにしていたようだった。魔術師特有の杖を持っているのは意外だった。自衛手段がありつつも護衛を雇うというのは情勢からみて仕方がないことだが。
久々に殺しをした。相手も僕らを殺そうとしていたために同情の余地はない。槍を投擲した感触を思い出しつつ、手が刀を求めているのが分かった。しかし、僕には刀を握る資格はない。
目が自然と落ちていた剣を追い求めてしまった。山賊の残した物の中で両刃の剣があったのである。場所から推測すると、魔法を使うやつが持っていたものだろう。
拾い上げて、これは刀ではないと自分に言い聞かせる。片刃の刀はソードマンの誇りであり、僕はソードマンを名乗ることはできないのだ。しかし、槍での戦いが体に馴染んでいないのも確かだった。
「剣を、使うのですか?」
僕が剣を持つかどうかを悩んでいるとリヒトに言われてしまった。
「いや」
「あの前蹴りは剣や刀を使う方に特有のものですよね」
ミルザーム国のソードマンの中でもラハドの町の一般的な流派というのは変わっている。リヒトは僕の流派に特有の形を言い当てたわけではなかった。むしろラハドの町で僕が習った北神流の蹴りは回し蹴りに近い。あのような助走をつけて行う前蹴りを使うような流派ではなかったのだ。
だが、たしかに槍を扱うものたちは蹴りを好まない。その間合いには不要のものである。
自然と流派の技を使うのを体が拒んでいた。もちろん心もそれを拒んでいるし、頭でも拒もうとしている。僕はどこへと向かっているのだろうかと考え直して、死地を求めているのだと気づいた。だが、それは死地に続いているのだろうか。
「いや、僕は刀は使わない」
剣を持ち、左の腰に鞘を付けると意外にもしっくりときた。明らかにナマクラだったが、これでいい。これから先に短刀のみで護衛を務めるというのはきつい。
落ち着く自分を見ない振りをして、僕はリヒトに代わって馬車を進めるのだった。
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