第2話 死に場所

「ダンはあの一番奥だ」

「ありがとう」


 フジテ国の国都には様々な人々が出入りしていた。ラバナスタン帝国とミルザーム国との戦いから逃れてやってきた者も多い。国都は活気づくわけではなく、疲弊した雰囲気を漂わせている。ごく一部の人間は潤うのかもしれないが、戦争なんてほとんどの人間にとっては災害に近い。

 田畑が荒らされて難民として逃げるものたちが多いのは当たり前である。僕はそんな人たちに混ざってここに逃げてきていた。そう、逃げていたのだ。ただし他の人間とは違い、命が惜しくて逃げていたわけではない。


「ダン殿でしょうか」

「誰?」

 酒場で酔いつぶれようと思っていたが、生来酔うほどの酒を飲んだことのない僕は酔い方を知らなかった。結局、吐くまで飲むという事を行ったのは一度きりである。もうあんな思いは御免だと、それ以降は泥酔するなんてことはなかった。


 そんな僕に声をかけてきたのはまだ少年かと思えるほどに若い男である。金髪で、身分が高いのかやけに仕立ての良い服を着ていた。だからと言ってかしこまるほどに僕の精神状態が良好だったわけじゃない。

「これは失礼いたしました。私の名前はリヒトと申します」

「僕がダンだけど、何の用かな」

 ぶっきらぼうに答えたのは面倒ごとに巻き込まれるのが嫌だったからだ。この国に来てからというもの、僕はその日を過ごせるだけの賃金を何かで稼ぐだけで、特に何をしているわけでもない。用心棒の真似事はできるために、この酒場の店主に仕事を斡旋してもらっているだけだ。


「仕事を依頼したいんです。私の護衛です」

「内容にもよる。どこまでの護衛で狙われる可能性は?」

 退屈な仕事がやりたいわけでもない。命を散らすほどの敵がいるのであれば、それは望むところだった。


「ええと、こう言えと言われています。この国で最強が命を狙ってくるかもしれないと」

「分かった。やろう」

「えぇ!? いいんですか?」

 少年、もといリヒトは驚いた顔をして言った。何が不満なのか分からないが、僕は死に場所を探しているだけなのである。この国で最強という人物がリヒトを狙い、その護衛が僕であるならば、僕が死ぬ可能性は高いと考えるのが自然だろう。

 とは言え、十中八九それは嘘だと分かっていた。リヒトにそう言えと言った人物は僕のことをよく知っているのかもしれないが、どうせ店主の入れ知恵に違いない。先ほどまで店主とカウンターで話し込んでいたのを視界に入れていたのだ。だけど、このリヒトという少年に悪い感じはしなかった、


「どこまで?」

「ラバナスタン帝国の帝都まで」

 理由を聞くのは野暮だろう。言えない事情もあるのかもしれない。だけど、僕を雇うという意味が少し分かった。今のラバナスタン帝国は周辺国で形成された連合国によって攻められ続けている。

 ミルザーム国で手ひどい敗退を喫した帝国に、前線を立て直すだけの力はなかったようである。そのために周辺各国は手を組みラバナスタン帝国へ反撃を試みた。現在はミルザーム国が中心となって快進撃を続けているはずだった。

 フジテ国はそんな連合国に与していない数少ない中立国の一つである。


 わざわざ平和なフジテ国から戦時下のラバナスタン帝国の帝都まで行こうとするということは自分の命よりも大切な使命があるのだろう。それが何かは僕には関係なかった。


「えっと、理由を聞かないんですか?」

「僕には関係ないからな。僕はいつでも出立できる」

「あ、早ければ早いほどいいです」

「ではすぐにでも出立しよう。明日の朝までにフジテ国の国境につければ関所を通ることもできるから」

 僕は背嚢の中に飲みかけの酒の瓶を無造作に突っ込んだ。立てかけてあった槍を持った。


「準備があれば付き合おう」

「いえ、大丈夫です。では一時間後に町の正門前に集合でいいですか」

「ああ」

 正直な話、僕の用意なんてほとんどない。今持ち歩いている背嚢の中にほとんど入っているのだ。宿を引き払う手続きだけすればよい。

 仕方ないから僕は背嚢に突っ込んでいた酒の瓶をまた取り出した。



 リヒトは馬車を持って来ていた。数人乗れるだけの小さなものであり、天蓋もない。防衛の事を考えると飛び道具に狙われやすいために天蓋があった方が助かるのだが贅沢は言っていられないのだろう。

「……いい馬だ」

 老馬と言ってもいいかもしれない馬だったが、別に速さを競うわけではない。その落ち着いた知的な目は長旅には向いている。


「ではダン殿、よろしくお願いします」

「任せろ」

 リヒトは僕に前金である依頼料の半分を渡すと、手綱を取った。荷車に乗り込むと数日分の食料や衣服の間に座る。周囲を警戒する必要があるのかどうか迷ったが、護衛として事情を根掘り葉掘り聞くよりは最初から警戒すればいいと思った。


 僕であれば、ある程度遠くから射掛けられた矢を撃ち落とすことは可能である。魔法に対しては身を呈して護るくらいしかないだろう。すぐにでも動ける体制を維持しながら、槍を手放さずにいるとリヒトが言った。


「フジテ国の中では誰も襲ってこないと思いますよ。特に積み荷が多いわけでもないですし」

 荷車には必要最低限の物しか乗せてないようである。それは遠くから見ても分かるだろう。

「交代で寝ましょう。明日の朝一番で国境を越えたいですからね」

「ああ、分かった」

 先にリヒトに寝るように言って、僕は手綱を握った。御者台に座ると、後ろでリヒトが毛布に包まって寝るのが分かった。


「お前は夜通し歩くことになってしまうな」

 馬をなでてやりながら、夕日が落ちようとする丘を進んだ。



 ***



「さて、国境も越えましたし馬を休ませてあげましょうか」


 フジテ国とラバナスタン帝国との間にはルーオル共和国という国が存在する。ルーオル共和国もラバナスタン帝国の侵攻を受けていた国の一つで、現在はミルザーム国がまとめあげている連合国に加わって帝国へ反撃の真っ最中だった。


「直線で進んだとしても帝国軍と連合国との戦場に出てしまいますからね」


 国境を越えてすぐの場所にあるルーオル共和国の村に入り、馬を休ませることにする。情報が足りないためにどの進路を取ればいいかが分からないというのだ。戦時中であり、兵士に拘束される危険性も高い。

 宿をとると、宿の主人が馬の世話を交代してくれた。夜通し歩き続けた馬であったが、うまい事力を抜きながら歩いていたのか疲労の色が濃いわけではないようだ。


「できれば、明後日の朝に出立としましょう」

「それまでは情報収集か?」

「はい」


 リヒトは思ったよりも旅に慣れていたようだった。宿や酒場で簡単に情報を仕入れると、ラバナスタン帝国までの道を想定する。

「このまま南進すると主戦場に出てしまいます。そこで一旦西のトーレ国に入って、そこからラバナスタン帝国へと行きましょう」

 トーレ国からならばラバナスタン帝国へ行く船がでているというのだ。


「じゃ、西だな」

「はい」

 どこに向かおうと僕のやる仕事は一つであり、雇い主の命を護るというだけだった。だけど、この仕事は僕に向いていないんじゃないかとも思う。何故なら、雇い主が危険に陥いらないように頭をひねるつもりがないからだ。

 僕は死に場所を求めている。

 その点、リヒトは安全な行路を選択する人間のようで、僕の死に時はもう少し後になりそうだった。


「ルーオル共和国は治安が良くありません。夜盗や山賊がでる可能性がありますね」

 できるだけ昼に街道を行こうというとリヒトは言った。山賊程度であれば僕一人でなんとかなる。




 リヒトには悪いけど、出てこないかなと期待した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る