ソードマン ダン

第1話 餌

 国が亡ぶという事はこういう事か。


 来るはずの援軍はいつになっても来なかった。

 理不尽なまでの暴力に押しつぶされる形で僕たちが住んでいた町はぶっ壊された。明らかに不味いと言わざるを得ない作戦に投入されたともがらは数知れず、それなのにその責任をとり辞任するどころか作戦立案をした奴がいまだに生き残って僕らを死地へと追いやろうとしている。


「隊長、もうだめだ。ここは撤退を!」

「撤退は許されない。本陣からはここの死守を通達された」

 下唇から血を垂れ流しつつ、隊長が伝令へと答える。おそらくだが、この町の至るところでこういった光景が広げられているのだろう。僕たちだけではないという予想が心を軽くしつつ、憎悪を味方にまで向けさせる虚しさを生み出している。


「召喚士は前に出ろ。他はバリケードまで撤退だ」

 急造のバリケードがどれほど信頼できるかなどを議論している余地はなかった。やられても損害としては少ない召喚士が前衛を越えて召喚獣を喚びだす。それぞれの召喚獣が突撃をかましているうちに僕らはバリケードの中へと入ることができたが、突撃した召喚獣たちがあっという間に駆逐されていくのが見えた。


「くそっ、魔術小隊はまだか!?」

「援軍は、期待できんだろうな」

 誰かが士気を削ぐような発言をしたが、それは単なる事実だった。このバリケードが破られるのも時間の問題だろう。


「伝令魔法を送り続けろ! 撤退の許可を!」

「先ほどから、魔力の節約のために伝令魔法を禁じるとの命令しか出ていません!」

「糞野郎! ここを抜かれたら次はお前らの番なんだぞ!」

 この戦いが開始されてから初めて隊長が作戦本部を罵った。


 バリケードの向こう側に敵軍の魔獣大隊が揃うのが見えた。あれほどの魔獣を乗りこなし、更には大隊の規模にまで編成するような国と戦った所で勝ち目などあるわけない。その姿を見るだけで士気の低下につながるような魔獣が整列するだけで、勝敗は決したようなものである。だが、我が軍の誰一人として引き下がる者はいなかった。

「部隊員に告ぐ! 右手を心の臓へ!」

 僕たちはそれぞれの右手で拳を握り、左胸へと当て、隊長を見上げた。これは我が軍に伝わる死兵の儀式である。


 ここまで死闘を繰り広げ、援軍が来ないということは援軍は存在しないのだろう。寸断された他の都市にも敵が押し寄せているのだ。でなければ、ともがらが僕たちを見捨てるはずがない。


「残念ながら我が隊は退く事を許されぬ! であれば道は一つだけだ!」

 バリケードの向こう側の殺気が変わるのが分かった。奴らが突撃してくるのである。


「想いを残せ! 死して尚! 我らの誇りを奪わせるな!」


 死を覚悟した我が軍が最後の攻撃をしかけるための儀式、これを聞いたからには生きて帰ることはない。


「うおおおおおおお!!」

 仲間の一人が抜刀し、魔獣の群れへと駆けこんだ。大隊の突撃に対して急造のバリケードではあってないに等しい。彼は華々しくも特攻という形で己の最期を飾りたかったのだろう。


「続け!」

 隊長の命令とともに僕も抜刀した。先に特攻した仲間が三体の魔獣を道連れに旅立つのが見えた。誇り高く散った彼は先に待っていてくれる。僕らもそこへと向かうのだ。


「なぶり殺しにしろ」

 やけにはっきりと敵の指揮官の命令が耳に届いた。僕らを囲む魔獣と、それに乗る敵軍の動きが分かる。取り囲まれるのは明白であり、その中心に向かって僕らは走った。


「道連れだ!」

 隊長が切り込んだ。僕らはそれに続く。

 だが、次の瞬間に隊長の背中から槍が飛び出るのが分かった。隊長もまた、華々しく旅立ったのである。


「うおおお!」


 絶叫とともに跳躍した。槍の突き刺さった隊長だったものの肩を踏み抜いて、更に跳躍する。眼前には驚愕の表情をした敵がいたが、一太刀で斬り伏せた。

 魔獣の上に着地し、次の獲物に狙いを定める。

 命令を下した指揮官が射程に入るまでに二体の魔獣を絶命させた。息を吐いて、吸うのに合わせて周囲を見渡すとともがらのほとんどは先に旅だったようだ。


「はっ!」

 さらに吐く。同時に斬りかかった。この一太刀をかわせる人間など今までにいなかったはずである。だが、刀が届くことはなかった。


「吹き飛べ」


 やけにはっきりと耳に届く声だった。次の瞬間に僕の体はその通りに吹き飛んだ。飛んでいる最中に意識はなくなったのだろう。




 ***




 小国ミルザームに現れた一人の天才が、ラバナスタン帝国の猛攻を退けるとはどの国も思っていなかった。帝国が東方遠征に費やした軍費が莫大なものとなり、ミルザームの豊富な天然資源をあてにしていたというのは事実だったのだろう。撃退された帝国軍は周辺諸国を合わせた連合国軍に完膚なきまでに敗北し、財政破綻寸前の帝国にさらなる侵攻は不可能であった。

 刀を武器とするソードマンの中でもずば抜けて優秀なものを輩出しつづけるミルザーム国は強きを尊び、正面からの戦いを好む民族とされている。


 この大戦においてミルザーム国の中心部まで侵攻した帝国軍は、間延びした編隊を切り刻まれる形で寸断され、補給線がことごとく潰えたのちに殲滅されたに近い形で潰走した。

 それが策略であったのか、その状況がたまたま作り出された好機であったのかは分からないが、ラハドの町における戦いにおいてミルザーム国が援軍を出さなかったというのは事実として残っている。

 ラハドの町へと軍を進めた帝国軍は、その町を棺桶として朽ちていくしかなかった。



 バリケードの撤去が行われたのは防衛戦から7日が過ぎてからだった。本来であれば生き残れないであろう時間を意識を失いつつも生き抜いたのは、日頃から鍛えぬいたソードマンの肉体のおかげだろうと軍医は言った。あの後、ミルザーム国軍は罠にかかった獲物を狩るように帝国軍を殲滅したという。


「おめおめと生き延びてしまった、とか言うんじゃないだろうな」

 

 死兵の儀式を終えた僕も目に生気がやどっていないのは明白だった。ともがらと共に旅立ちたかったが、それが叶う事はもうない。


「勝ったんだ、お前が死ぬ意味はない」


 軍医は僕を励まし続け、僕はその意味を分かりつつも理解できなかった。

 僕らはとして扱われたのである。戦闘開始前に地図を見ながら思いつかなかったわけではなかった。このラハドの町は敵にとっての死地であると。

 間延びせざるを得ない補給線が、一度入れば動きにくく抜け出せない立地が、さらには襲撃を容易にしやすくなる隘路に我らソードマンが最も力を振るいやすい肉弾戦向きの曲がりくねった進軍路だった。


 ラハドの町に餌を撒いて誘い込めば帝国軍といえども為す術がないはずである。だが、ラハドの町の軍が撤退するのも困難が伴うはずであり、その際に気取られる可能性は十分にあった。



 故に、作戦本部はラハドの町を餌とし撤退を禁じた。結果、帝国軍はラハドの町の軍を食らいつくし、罠にかかったのである。



 僕らはにされたのだ。



「先生、何故、僕らは」

「もういい、今はそれ以上考えなくてもいいのだ」


 軍医はとにかく休めと言った。

 僕は本当は、「何故、祖国のために、ともがらのために死んでくれと言ってくれなかった」と聞きたかった。僕らは全て、祖国のために命を投げ出すつもりでいたはずである。だけど、にされるのではなく、命を賭けてともがらを護る戦士になりたかった。共に戦っているつもりだった。


 傲慢な考えなのだろうか。その覚悟がないと判断されたのだろうか。だが、我がミルザーム国に育った男にその覚悟のない奴などいないはずだ。現に、あの帝国の魔獣部隊の突撃に恐れおののき逃げ出した奴など皆無であり、僕を除いて全て華々しく旅立った。それは誇りに思えるほどに勇気を示した。


「先生、僕の生きる意味とはなんですか」

「それはこれから探すといい」


 軍医は別に気休めで言葉を発したわけではないだろう。むしろ僕の事を想ってくれたはずだ。だけど、その時の僕にはその言葉が何故だか薄っぺらいものとして認識されてしまった。僕を理解してくれるともがらはすでに旅立ってしまったのだ。祖国とはなんだ、ここは、ミルザーム国は僕の祖国なのか。


 守るべきものを持たざるソードマンはソードマンではない。僕は刀を持てなくなってしまったのである。



 それから数日して、僕は軍刀を残してそこを立ち去った。ラハドの町は、思い出すことが多すぎたのである。

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