婚約者の選んだ方は
山吹弓美
婚約者の選んだ方は
「エンリカ。言い訳くらいは聞いてやってもいいぞ」
「言い訳などありませんし、言い訳が必要なこともしてはおりませんわ。殿下」
わたくしの婚約者であるミズラニール王子、殿下からの呼び出しを受け赴いたわたくしに叩きつけられたのは、一方的な婚約の破棄だった。今、目の前で殿下の腕を取っている彼女に対し嫌がらせを働いたわたくしは、王子の妃としてはふさわしくないのだと。
彼女のことはわたくしも存じていたけれど、嫌がらせなど知ったことではない。ただただ、呆れるばかり。
「ですが、わたくしとの婚約を殿下のご一存で破棄できるとでも?」
「仕方ないだろう。マリリアの清らかさと優しさは、お前にはないものだ」
「清らかさと、優しさですか」
ふう、とひとつため息をついて、殿下の腕にしがみついている彼女、マリリア・ダゴニアン様を見つめる。潤んだ大きな両目で、あまりこちらを見ないでくださるかしら。
「恐れ多くも、この国の王子である殿下をを婚約者であるわたくしから奪った女が、清らかで優しいと。は、片腹痛いですわ」
「片腹痛いだと? 貴様、マリリアには」
「お名前は存じ上げておりますが、神と国王陛下に誓って何もしてはおりません」
ああ、もうどうしようもないらしい。殿下の愛はわたくしにはなく、マリリア様に向けられているのだ。
ならばもう、わたくしにできることは一つしかない。
「まあ、構いませんわ。殿下も、マリリア様でしたわね。どうぞ、お好きになさいませ」
「何?」
「お二方のご意思が固いようですので、わたくしは身を引かせていただきますわね。では」
きちんと礼をとり、その場を後にする。わたくしの背の向こうで、殿下とマリリア様はもうわたくしがいないかのように会話を始めた。
「さあ、マリリア。邪魔者はいなくなったぞ」
「ええ。とても、嬉しいデスわ、ミズラニール、デンカ」
「え」
ぐにょり、とマリリア様の声が粘質のものに変化する。振り返ったら、彼女のお姿も変化しているのかしら。
「な、何、を」
「私、ワタシ、ミズラニール殿下のお妃になレテ、ウレシいですわ!」
ほら、殿下。マリリア様のお相手として、確定されましたわよ。良かったですわね。
そんなことを思いつつ扉を閉じて、わたくしは小さくため息をついた。ああ、はしたない。
ダゴニアン家は、わたくしどもとは異なる血をその身に宿す一族だと伺っている。そうして、結婚相手を確定させるとその異なる血が表に現れ出すのだとも。
この世界にてそれは基本常識であり、初等教育で学ぶはずなのに。もしかしてミズラニール殿下は、その程度の常識を聞き流していたのだろうか。それとも、そんなはずはないと思い込んでおられたのか。
「ミズラニール殿下は、自らマリリア様のお相手を望まれたのですから」
わたくしは、身を引くしかない。
婚約者の選んだ方は 山吹弓美 @mayferia
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