第33話 蛮族攻防戦 一

 大陸の南西部にある何処の国にも属さない空白の大地。

 過去数百年に渡り、領地とすれば実りの多いだろう、この地を統治しようと軍を進めた国は多い。しかし此処数百年、この地を治めた国はない。

 ここは剽悍無比な蛮族と遊牧民族が住む地。


 この地に足を踏み入れた国は、襲撃と逃走を繰り返す蛮族や遊牧民族達に、散々に翻弄されて撤退する羽目になる。





 蛮族は定住しない。

 それ故、大軍でもって蛮族を討伐するのは非常に困難だった。


 蛮族は農耕や牧畜に手を出さない。

 欲しい物は全て奪うのが蛮族だから。



 その蛮族には部族の名前は無い。

 名前などに意味は無いから。

 幾つもの部族、他国の村や町を襲撃しては、殺し犯し奪う。そして女子供を攫っては将来の戦士や苗床、使い棄ての肉壁を確保する。


 つい先日、部族を襲撃したが半分成功で半分失敗だった。

 食料や金は奪ったが、相手の部族の戦士は死兵となり戦い、女子供や老人に逃げられてしまった。


 逃げた先は、この地では珍しく外壁で集落を囲い、農耕や牧畜と狩猟により定住して暮らす部族だった。


 蛮族の長は歓喜する。一兎を追えば、二兎を得られるのだから。


 しかしここで強い抵抗にあう。それはそうだろう。相手からすれば、負ける事は死を意味するのだから。他国の村や町に常駐する兵士や蛮族を討伐せんとする騎士達とは違い、この地に暮らす部族の戦士は屈強な戦士だ。激しい抵抗にあい、一旦撤退した蛮族は、部族の全戦士を動員して一気に攻め潰す事を決める。




 3,000の歩兵と弓兵、1,000の騎兵を率いた蛮族の長は困惑する。攻める対象は緩やかな丘の上に築かれた集落だった筈だ。せいぜい200~300人程度の小さな集落だったものは、巨大な城壁に囲まれた堅牢な城塞都市へと様変わりしていた。

 呆然と緩やかな丘の上にそびえる城壁を見つめる長の元に、部隊を纏める部隊長達が集まって来る。


「族長、どういう事だ? せいぜい2メートルくらいの防壁じゃなかったのか?」

「ああ、確か十日前まではそうだった筈だ。どんな手品を使いやがった。……まぁ、やる事は変わらねぇ」


 人数は圧倒的にコッチが上、十倍以上の差があれば必ず堕とせるだろう。門さえ壊せば、あとは雪崩れ込んで暴れるだけの簡単な仕事だ。

 そう長は思ってしまった。それは間違いじゃない。これだけの人数差があれば、こちらにもある程度の死人はでるだろうが、三百人程度の人間が守る場所を堕とすのは難しくない。そう思ってしまった。それを責める事は出来ないだろう。この先に、人が対峙してはいけない存在が居るとは知らないのだなら。その存在の主人であり、神の御業の如き神印を宿したバケモノが居るとは知らないのだから……



「お前らぁー! 収穫の時間だ! 踏み潰すぞぉぉぉぉぉーー!!」

「「「「「「ヴオォォォォォォーー!!」」」」」」


 地響きを立てて蛮族が動き出す。


 攻城戦では騎馬はあまり役に立たない。故に、門へと取り憑こうと北と南の二方面から歩兵がなだらかな丘を駆け上がる。


 蛮族の戦士一人と大陸に在る国々の騎士が五人でやっと釣り合うと言われている。その一騎当千の戦士達が、全てを奪わんと雄叫びをあげ駆ける。


 蛮族の戦士達は気が付かない。

 北と南、それぞれの門の前に、気配を消して自分達を地獄へと誘う存在が待ち構えている事を……


 そして門の前にそれを見つけた気配に聡い者は蛮族の中にも少数ながら存在する、属性の神印を宿した部隊の者達。

 北の門には、凶悪な槍を携え黄色く縁取りのされた漆黒の全身鎧を纏った巨漢と、身の丈程もある大剣を肩に担ぎ、赤く縁取りされた漆黒の全身鎧を纏った巨漢。下されたバイザーの中の本来瞳の有る位置が青白く光っていた。

 蛮族の本隊が攻めようとしている南の門の前には、女性らしい曲線を描く青い縁取りされた漆黒の全身鎧に、遠目でも業物だと分かるロングソードにラウンドシールドを装備して立っていた。その横には、異様な迫力ある赤い馬に騎乗し異形の槍を構えた、暗い銀髪の少年が涼しげな表情で待ち構えていた。







 砕牙が完成した後、ベルグはセレネの革鎧を造りあげた。当然、その素材は龍の鱗やワイバーンの皮なので、下手な金属鎧よりも防御力は高い。これでセレネに滅多な事はないだろう。更に僕が龍の爪から短剣を創造し、拵えや微調整とエンチャントをベルグおポーラにお願いして造り、セレネの護身用としてプレゼントした。

 その時のセレネは顔を真っ赤にして照れていたので、不思議に思っていたんだけど、ベルグに聞くと、男から女性に短剣を贈るのは、プロポーズの意味があると教えてくれた。……母さま、教えておいて欲しかったです。セレネにプロポーズするのが嫌じゃないんです。うっかりでそうなっていたのがカッコ悪いんです。




 僕はルカとセレネが見守る中、砕牙が少しでも手に馴染むよう、僕は無心に槍を使う。

 いや、槍という範疇には入らないかな。


 その時、バルスタン氏族の若い戦士が駆け込んで来た。


「蛮族が来ました! 北と南の二手に分かれています! その数およそ4,000!」

「やっと来たか」


 そこにアグニ、インドラ、ヴァルナの三人も姿を見せる。


「どうする坊。俺達だけで蹴散らすか?」

「ふむ、某一人でもかまわんぞ」


 インドラとアグニから好戦的な覇気が滲み出ている。戦いたくて抑えきれないみたいだ。


 そこにローグさんとレイラさんが走って来た。その後ろにベルグとポーラが歩いて来る。


「シグフリート殿、蛮族共が攻めて来た! 何とか退路を確保するので、ベルグ殿達と逃げてくれ!」

「私が案内するわ!」


 戦闘が出来ない者も含めた自分達の十倍以上の蛮族に囲まれ、いくら堅牢な城壁に護られているとはいえ、その顔には絶望感と悲壮感が漂っている。


「落ち着いてローグさん。ここは僕達に任せてくれないかな。二度とバルスタン氏族を襲おうと思わないくらいに叩き潰してくるよ」

「なっ!? 正気かシグフリート殿!」


 ローグさんとレイラさんが、お前頭は大丈夫かというような顔で僕を見る。さて、どうやって説得するかな、と考えているとベルグが助け船を出してくれた。


「ローグ、後はシグ殿に任せて、お主は城壁の上で見学でもしておれ」

「し、しかし、ベルグ殿……」

「シグ殿の配下であるアグニ殿達が人ではない事は気付いていよう。心配せんでも蛮族の数が4,000が10,000でも変わりはせん」


 いや、4,000が10,000になると、少し時間かかるよ。僕がそう思っていると、ローグさんはベルグが話す荒唐無稽な話を信じていいのか、凄く複雑な表情をしている。


「どうせあの数を相手では、ローグ達は亀のように籠るしかあるまい。それならシグ殿達が好き勝手に暴れるくらいかまわんじゃろう」

「…………」

「時間もあまりないし僕達は行くね。僕達が門を出たら硬く門を閉めてくれるかな。その後は念の為、西と東の城壁の上で弓を持って警戒してくれたらいいよ」


 考え込むローグさんに、くれぐれも自分達の安全を確保することを第一に動くよう頼んだ。


「じゃあアグニとインドラは北の奴等を頼むよ。僕とファニールはヴァルナと南を受け持つから。セレネ、ルカを頼むね。ベルグとポーラは、集落の人達を頼むよ」

「シグお兄ちゃん!」


 ルカが駆け寄って来て僕の足にしがみつく。


「すぐ帰ってくる?」


 不安そうに、今にも泣き出しそうな顔で、それでも泣くのを必死に我慢しながらルカが聞いてくる。

 僕はルカを抱き上げて顔を見つめて笑いかける。


「ルカは僕やアグニ達が強いのを知っているだろう。大丈夫、直ぐに戻って来るよ。ファニールも一緒なんだから、少しも危なくないよ」

「うん! ルカ良い子にして待ってるから、早く帰って来てね」


 僕は笑顔のまま頷くと、ルカをセレネに託す。


「さて、二度と浮き上がれない程度に踏み潰してくるか」

「主人、御武運を」

「坊、はしゃぎ過ぎるなよ」


 アグニとインドラが北に歩いて行くのを見届け、僕はファニールとヴァルナと共に南の門を出る。


 蛮族達は門の前に居る僕達に気が付いていないようだ。お世辞にも整然と隊列が組まれているとは言い難い蛮族の歩兵が進軍を開始する。


 さあ、血生臭い祭りの始まりだ。



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