第32話 その武器、破格にて候

 ベルグの建てた鍛治小屋は、煉瓦と石で造られた頑丈そうな建物だった。


「ベルグ、手は空いた?」

「おお、必要な鉱石の精錬が済んだとこじゃ。それとこれを見てくれ」


 ベルグはそう言うと、壁面に並べて立て掛けられた様々な長柄武器を指さした。

 そこにあったのは、槍、グレイブ、バルディッシュ、ハルバード、クレセントアックス、戦槌、六角棒などなど……


「凄いな……」

「シグ殿の好みに合う形を探そうではないか」


 僕はルカをセレネに預けると、一本一本順番に手に取り、軽く振り回してみる。森ではインドラと槍の稽古はしていたので、どの長柄武器の扱いもそこそこ出来ると自負している。

 慎重に、ファニールに騎乗しながら振るう事をイメージして選んでいく。


 ブォン! ヒュン!


「うん、やっぱりグレイブかバルディッシュ、ハルバード系かな?」

「グレイブは斬る事を主体とした武器じゃ。バルディッシュは叩き斬るかのう。ハルバードは、叩き斬るのと突き刺し引っ掛ける、少々複雑な扱いの武器じゃ」


 龍の素材は牙を使うと言う。

 牙の大きさを活かす為に、ベルグが勧めてきたのが、バルディッシュだった。


「形としてはグレイブでもハルバードでもいいんじゃが、巨大な斧刃を龍の牙で造れるなんて、ロマンがあるじゃろう」

「ロマンって、いまいち分からないけど、こんな感じのカタチはどうかな?」


 僕は鍛治小屋の地面に絵を描いた。

 僕が考えたのは、グレイブとバルディッシュを足して二で割ったような形。

 それは、巨大な剣鉈に柄を付けて槍にしたような馬鹿げた長柄武器。

 刃長60センチ、最大身幅15センチ、厚さ3センチの斧刃の破壊力と切断力に、槍の刺突力を求めたカタチだ。


「うーん、確かに龍の牙のカタチを考えても、悪くはないと思うが……扱えるのはシグ殿達ぐらいのものじゃな。力自慢のドワーフや獣人族でも、この長柄武器を使える者がどれだけ居るか」


 そう、柄を含めると3メートルくらいになるこの武器は、完成すると途轍もなく重くなる。重量軽減のエンチャントをかけるという手もあるけど、武器の重さは破壊力に直結する。出来れば、付与する魔法は、強化系と修復系で使いたいからね。


 ガチャ


 ドアが開いてアグニとインドラが戻って来た。因みにヴァルナは相変わらず僕の護衛に徹している。


「おお、主人の長柄武器ですな。良さ気ではありませんか」

「うん、どれどれ、坊、面白えの考えたじゃねえか。重くなりそうだけど、重量軽減のエンチャントかけなくても、坊なら大丈夫だしな」


 地面に描いて説明していたものを見て、アグニとインドラが感想を言う。


「インドラ殿、かなり重くなってもシグ殿なら大丈夫とはどう言う事なのじゃな?」

「うん? 坊も不思議そうな顔して、まさか坊まで分かってないって事ないよな?」


 インドラが相当重い武器でも僕なら大丈夫と言っているけど、何処からそんな話が出てくるのかな?


「シグ君って、力持ちなの?」


 セレネがそう聞くのも分かる。僕は、年齢の割に身長は高い方だけど体格は細身だからね。

 そしてアグニやインドラが、僕なら重い武器でも平気な訳をヴァルナが教えてくれた。


「シグ様の身体能力を普通の人族と同等に扱ってはいけません。レベルの上昇による高いステータスだけでなく、あるコトが原因でシグ様は人の枠を半ば超えていますから」

「「えっ!」」


 自分の事なのに、初めて聞く話にビックリして声を出してしまう。


「シグ様は憶えていないかもしれませんが……」


 ヴァルナの話では、僕が龍の墓場で暮らし始めて最初の冬、僕が風邪をひいて高熱を出して寝込んだ事があったらしい。朦朧としていた僕は、自分の神印であるウロボロスの力を使う余裕もなく、アグニ達を心配させたそうだ。その時にイグニートが、自身の血を飲ませて僕の風邪を治した事があったという。


「へぇー、イグニートの血って凄いんだね」

「主人よ、凄いの一言で済ませれるレベルではないのだぞ」

「そうだぜ。坊よ、古龍の血と言えば、人族達の間では、あらゆる病を癒し寿命すら延ばす神薬と言われているんだぜ」


 龍の血って凄いんだなぁ程度に感心していた僕に、アグニとインドラがその認識を訂正する。


「……えっと、という事は?」

「シグ様は人族の頸木から解き放たれ、その身体能力は神印の力を抜きにしても獣人族を凌ぎ、魔法能力についても、エルフを凌ぎます」

「まぁ、イグニート老も坊が高熱で倒れて慌ててたからな。自重なんて忘れてたんだろうよ」

「そうですね。イグニートなら魔法で治癒する事も出来たでしょうから。それだけ慌てていたのでしょう」


 僕の身体がやけに丈夫だと思っていたのはそれでだったんだ。周りに居るのが古龍か龍牙兵だったから分からなかったよ。そう言えば、小さな怪我をしても直ぐに治るなと思っていたんだ。


「なら重量は考えんでもいいな。なに、龍の牙を使えばそこまで重くはならんと思うぞ。せいぜい20キロくらいのもんじゃ」

「……お爺、20キロは普通の人じゃムリ」


 ポーラのツッコミもベルグはスルーして、僕用の長柄武器について細かな部分を詰めていった。




 その日から僕は、ベルグと試作の槍を鋼鉄製で幾つも造り、そのカタチとバランスを調整していった。


「シグ殿、これに龍の牙を融合させてくだされ」

「了解」


 ベルグの指示通り、アダマンタイト合金で作られた巨大な剣鉈のような穂先に、龍の牙をウロボロスを発動し、一つに創造する。


「次は、この柄に龍骨を頼む。因みに表面に鱗をコーティングできゃせんか?」

「多分大丈夫だよ」


 柄の芯になるミスリル合金の強度を劇的に向上させる為に、龍の骨の中でも頑丈な部分を創造で融合させ、長さと形状の調整の後、表面に龍の鱗をコーティングするように創造する。


「うむ、見事じゃ。あとの作業は儂等に任せてくれ」

「分かった。よろしく頼むよ」


 僕は、ルカが居るから鍛治小屋に篭りっきりになるのは無理だ。あとはベルグとポーラに任せて集落の防御を強化するとしようか。





 セレネがニコニコ見守る中、集落の広場でルカと遊ぶ僕の所にベルグが布に包まれた長い物を持ってきた。


「ここに居ったか。シグ殿の新たなる牙が完成したぞ」

「なになにー! シグお兄ちゃんの?」

「ベルグが僕の武器を造ってくれたんだよ」


 僕はベルグから布に包まれたモノを受け取る。常人には重くて使えそうにない重さの武器なんだろうけど、僕にはその重さは苦にならない。

 ワクワクしながら布を取り除くと、刃長60センチ、身幅15センチ、重ね(かさね)3センチ。鎬(しのぎ)から刃までの平地(ひらじ)は翠味がかった黒色で、鎬から棟側の鎬地(しのぎじ)は、アダマンタイト合金の色が強く出た漆黒だった。

 形は巨大な剣鉈というのが一番しっくりとくるかもしれない。刺突と斬撃の両方を兼ね備えた、斧の破壊力と薙刀の斬れ味、槍の貫通力を僕なりに求めたカタチだ。


 柄には強度と靭性を兼ね備えたミスリル合金に、さらに上の強度と靭性を求めて龍の骨を融合した。そこに風龍の鱗をコーティングした為、深い翠色の柄に太刀打ちはミスリル合金の薄青色の白銀色が映える。


「ほわぁ~! キレイだね~、シグお兄ちゃん!」

「うん、ベルグ、素晴らしい出来だよ」

「シグ殿なら得物の重さを問わないと思うたので、付与魔法は強化系を中心にしたぞ。鋼鉄でもチーズのように斬り裂く斬れ味を保ちながら、決して刃こぼれせんようにしてある。例え刃こぼれしたとしても、魔力を流せば直ぐに修復する。使った龍の牙が風龍の牙じゃったから、魔力を纏わせれば斬撃を飛ばす事も可能じゃ」


 付与されている能力も、イグニート製程ではないけど、人の技では最高の出来だろうと確信できる。

 アグニ曰く、ほとんどメンテナンスフリーだという。


「ルカ、セレネと少し離れてくれるかな」

「ルカちゃん、こっちにおいで」

「うん!」


 皆んなが危なくない位置まで離れたのを確認して、試しに振り回してみる。


 覚えている槍の型をなぞっていると、ベルグの感心した声が聞こえる。


「流石シグ殿じゃな。その重い得物を麻幹(おがら)でも振り回すかのように扱っておる」

「うん、バランスも申し分ないよ」

「銘は、龍牙槍斧【砕牙】(さいが)じゃ」


 武器のランクとしては、イグニートの創った龍牙剣には一歩敵わないが、全長3メートルの砕牙はファニールに騎乗しての馬上槍として威力を発揮するだろう。


「気に入ったよベルグ。丁度良い試し斬りの相手も、わざわざ向こうから来てくれるみたいだしね」


 僕の感が教えてくれる。蛮族の足音はすぐ側まで来ていると……



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