第34話 蛮族攻防戦 二
蛮族達が雄叫びを上げながら、なだらかな丘を駆け上がる。
城壁まで200メートル程の距離まで近付いた時、そこで初めて堀を渡す橋の前に、赤い馬体の軍馬らしきものに乗った少年と、その横の漆黒の全身鎧に身を包んだ騎士らしきモノに気が付いた。
深い青色の空が広がり、白い雲がゆっくりと流れて行く。
なだらかな丘の草原を柔らかな風が駆け抜ける。
「良い天気だね。風が気持ち良いよ」
『そうか? 俺達龍にとって、嵐でも晴天でも変わらねぇからな』
確かに、ファニールやイグニートは雷が降り注ぐ中でも涼しい顔で飛んでいるもんな。
「シグ様、ファニールも呑気に構えすぎですよ」
「そうは言ってもねぇ……」
『雑魚は、一万集まっても雑魚だからな』
丘を駆け上がって来る蛮族達を眺めがら、ファニールと話をしていると、ヴァルナに叱られた。ただ、龍の墓場周辺の森を知っている僕にとって、目の前の蛮族はゴブリンと大差ないと感じる。
そうこう言っているうちに、蛮族達の先頭が100メートル程に近付いて来ていた。
この時になって初めて僕達に気が付き始めた蛮族達が、更に興奮した声を上げている。
「馬鹿がノコノコと出て来てやがる! 景気付けにぶっ殺すぞぉー!!」
「「「「ウォォォォーー!!」」」」
門に殺到する蛮族の歩兵が50メートル辺りにたどり着いた時、僕は奴等をもてなす為の魔法を放つ。
「土蜘蛛よ、地獄の刃で我に仇なすものを縫い付けろ! 剣山刀樹!」
「「「「「ギャァァァァーー!!」」」」」
何時もより多めに魔力をこめた剣山刀樹が、大量の鋼鉄の刃を何時もより範囲を広げ地面から生やす。
僕が右手を一振りすると、地面から突き出した鋼鉄の刃が魔素に戻る。
突撃の勢いは完全に止まり、何があったのか理解できない蛮族へ、僕は追撃の魔法を放つ。
「土蜘蛛よ、刃の花びらで血の華を咲かせろ! 刀華乱舞!」
左右に広がる蛮族へ向け、鋼鉄の刃が花吹雪と化し蛮族の命を容赦なく刈り取っていく。
「さて、ヴァルナ、行こうか」
「シグ様の左はお任せ下さい」
右手に砕牙を持つ僕の死角をヴァルナが潰してくれる。
「行くよファニール!」
『おう! ひと暴れしようぜ!』
ファニールには手綱も馬銜も着けていない。鞍と鎧は馬上槍を使う為に必要だから装着しているけど、僕とファニールは念話でも意思の疎通が可能だから。
僕とファニールの意思が重なり、蛮族へと駆ける。その少し後をヴァルナが尋常ならざる速度で駆ける。
空を駆けるようにファニールが蛮族へと角度を付けて突撃する。
ブォーン!!
肉厚の刃が横に一閃すると五人の蛮族の頸が跳んだ。
僕が砕牙を振るう度に、複数の頸が宙を舞い、胴が真っ二つに切断される。
僕の左では、ヴァルナのラウンドシールドに叩き潰され、ロングソードの龍牙剣が振るわれ、死体を量産していく。
「ギャァァァァ!!」
「グワァ!」
「ヒィ! バケモノだぁー!」
勇猛果敢な蛮族の戦士が、あまりの一方的な虐殺と言っても過言ではない状況に、心が折れて逃げ出す者が出始める。
時折散発的に魔法が飛んで来るが、僕は魔法障壁で防御し、ヴァルナは防御すらしない。
魔法障壁は、物理攻撃や魔法攻撃を防ぐ、属性の無い純粋な魔力を使った盾を創り出す。
保有魔力量が人並み外れているらしい僕が創り出す魔法障壁は、大抵のものは防ぎきる。
まあ、乱戦じゃなければ使う事も少ないんだけどね。だって回避する方が手っ取り早いから。
砕牙の具合はすこぶる良い。
重さは全く気にならないし、破壊力も申し分ない。
蛮族が持つ剣や斧、鉄の盾で受け止めようとするけど、相手の得物毎破壊していく。
僕とヴァルナが突撃した場所は、既に壊滅状態だ。その時、後方の騎馬部隊に動きがあった。僕とヴァルナに向けて一塊りで突撃して来る。
その先頭を駆ける巨漢の蛮族の男は、巨大な両刃の戦斧を担ぎ、雄叫びをあげて僕めがけて突撃して来る。男が騎乗するのは、大きな蜥蜴のような魔物だった。
「シグ様! アレはランドリザードです! 見た目の割に、足が速いので気を付けてください!」
「うん、分かってる!」
ヴァルナが言うように、ランドリザードはかなりの速度で僕へと近付いて来る。
僕とファニールは、先頭を駆ける巨漢の蛮族を目掛けて加速する。
◇
蛮族を率いる族長は、目の前の城壁に戸惑いはしたものの十倍以上の数の差は、男に負けるという事を考える余地をなくしていた。
その自身に満ち溢れた族長の表情が凍りつくのは直ぐのことだった。
突然、歩兵達を地面から突き出た刃が縫い止める。続けて左右に回り込もうとしていた歩兵には刃が乱れ飛び葬られていく。
「なっ!」
男が呆然としている間に、赤い馬に乗った少年と黒い全身鎧が動き出した。
遠目に見ても確かに良い装備をしているのだろうが、所詮は一騎と一人、多勢に無勢だ。それに蛮族の戦士一人は、外の世界の騎士五人分に相当すると自負しているし、外の奴等もそう言って怖れている。負ける要素を探すのが難しい。
そう無理矢理落ち着こうとしていた男の目に入ってきたのは、見るからにガキだと分かる少年が歩兵の塊に突撃し、矛を一振り横薙ぎに振るうと、数人の頸がまとめて宙を舞う巫山戯た光景だった。
少年の矛が一閃する度、剣や盾、鎧毎斬り裂く。
黒い全身鎧も尋常ならざる存在だった。
円盾が振り回され配下の頭が弾ける。剣の斬れ味も尋常じゃない。鉄の盾や鎧が抵抗なく斬り裂かれていた。
「おい! あのガキを止めるぞ!」
蛮族の族長は、自慢の戦斧を担いで前線へと突撃を号令し自らも先頭を駆ける。あの勢いを止めないと駄目だと、戦いの中で生きてきた男の感が告げていた。
「ウォォォォーー!!」
雄叫びをあげ、自身を奮い立たせて突撃する。その後を配下の中でも戦闘力に特化したものが続く。
北側のでは、降りしきる矢の雨と散発的に飛んでくる魔法を、避けもせず悠然と歩く漆黒の鎧はアグニとインドラ。
「アグニ、北側の人数が少なくないか?」
「主力は南側なのであろう。北側は防衛戦力を分散させる陽動であろうな」
「チッ、失敗したな。俺が坊の方へ回れば良かったぜ」
アグニとインドラへ矢を射かける蛮族達も、二人の存在が尋常ではない事に気が付き始める。
しかし、たった二人を前に逃げ帰る選択肢はなかった。そして、その判断が自分達の命を散らす事になるとは思ってもいない。
蛮族達が、丘を駆け上がり始めた時、アグニとインドラも時を同じくして丘を駆け下り始める。
その巨体と全身鎧に身を包んでいるにもかかわらず、アグニとインドラは人の限界を超えた速度で走る。
弓と魔法の射程距離が一気に潰され、気が付いた時には、眼前に大剣を振りかぶるアグニと、槍を繰り出すインドラが迫っていた。
ドンッ!
アグニが龍牙大剣を横薙ぎに振るい、蛮族の戦士の上半身が幾つも宙を舞い。
ブォン!
インドラが龍牙槍を薙ぎ払えば、蛮族達の頸がボトボトと地面を叩く。
「さっさと片付けて、坊の方へ行こうぜ!」
「であるな。主人にとっての初陣であるからな。我等で花を添えよう」
インドラにとっては、精強でならした蛮族も、ゴブリンと変わらぬ雑魚には変わらない。さっさと片付けてシグの元へと行きたかった。そしてそれはアグニも同じで、シグの初陣の勇姿を目に焼き付けたいと思っていた。
そこからは戦闘とは呼べない暴虐の嵐が蛮族達を呑み込んでいく。
城壁の上から、前線を抜けて来る少数の蛮族達は、バルスタン氏族の中から選抜された戦士が狙い撃つ弓の餌食となっていた。
「……俺は夢でも見てるのかな」
「剽悍無比な蛮族共が……ゴミのように蹴散らされている」
「なぁ、俺達必要か?」
一度目の蛮族からの襲撃を辛うじて撃退したバルスタン氏族の戦士達だったが、二度目は難しい事は分かっていた。だがどうだ、堅牢な城壁で囲まれた集落は、それだけでも蛮族を撃退できそうだ。
しかし戦端が開かれると、ドワーフのベルグが連れて来た少年と、その眷属のスケルトンが、数千の蛮族を相手に一方的な蹂躙劇を繰り広げていた。
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