第4話 おっさんと女児騎士


〈リスナーのお前ら、俺達を助けてくれ〉


 脳内でささやく。するとやはりと言うべきか、予想通り俺の言葉は視聴者リスナーのみんなへと届いていた。


『仕方ないですね』

『なんてゲーム名よ? 攻略ウィキあさってくるから』


『死んでオープニングが始まるアレか』

『つまりは序盤の死亡イベントであるな』


『だったら、てきとーでいいんじゃないですか?』



 俺も心の底からそう思いたいし、視聴者リスナーの見解に激しく同意したい。

 だが、身に迫る臨場感と危機感はとっくにゲームの範疇を超えたレベルで、今すぐにでもこの戦場を抜け出さなければ、俺の命はないと確信できた。

 何よりジクジクと痛む肩の傷が、ここは現実リアルだと警鐘を鳴らしているのだ。



〈適当でいいはずがない。命がかかっているかもしれないんだ。頼む!〉


 思わず脳内語気が荒くなってしまうのも仕方あるまい。またもや近くで殺し合いが始まったのを見せられれば、こっちも必死になってしまう。



『命って、おっさん……相当、そのぽっちゃり少年に惚れこんでるな……』

『おっさん兄貴はシスコンのロリコンだと思っていたのですが、違ったのですね……』



 そういえば、と宙に浮かぶスマホを見上げる。今の俺は……脳内に映し出された画面、スマホが撮影している配信を参考にする限り、銀髪のふとっちょ少年だったな。

 つまり、視聴者からはこの少年が、俺がゲーム内で操作しているキャラクターだと思われているわけか。



『おっさん兄貴の趣味趣向はともかく、ゲームに向ける熱意には賛同できるな』

『なぁおい、このゲームなんてタイトルだ? 洋ゲーで検索してるんだが、それらしきゲームタイトルがないぞ?』

『つまりは存在しない931部隊であるな』

『軍事オタク乙』



 今、この謎現象を説明して視聴者リスナーたちを納得させられる材料は見当たらない。ならば、俺ができる事はただ一つと断じ、直感的な思考が俺を次の行動へと走らせた。


「スマホよ、来い!」


 そう叫び、中空に浮かぶスマホに手を伸ばす。いい歳したおっさんがこんな事をやっていたらただのキチガイだが……まるで糸にでも引き寄せられるかのごとく、スマホは俺の手元へと収まった。

 なるほど、全く原理はわからないが……コレが今の俺が持つ能力、『幻想界ミズガルドへの架け橋』であると本能的に認識できた。スマホを自由自在に移動させられるのならば、これを使ってこの場を離脱するしかない。


「小豚のアシェリート様、手に持ったその四角い物体は何ですか?」


「わからない」


 女児騎士は周囲の敵を斬り殺し、一段落ついたのか俺に質問を浴びせてきた。



「戦場で得体の知れない物は触れない! 馬鹿ですか? 馬鹿でしたね。とにかく傷を癒しますので」


 貶すのか、守っているのかよくわからない人だ。

 緑の光が俺の肩を包み、痛みが和らいでいく。だからちょっとは考える余裕ができたので、この女児騎士が一体何者なのか尋ねてみよう。


「あの、なんで君みたいな子供がこんな所に?」

「はい? 私は子供ではありませんし、成人したエルフです。こんな時に嫌味ですか?」



『ロリエルフきた』

『エルフってこんなにちっちゃいものなのですか?』

『あ、確かに耳が少し尖ってる!』


 などと視聴者たちは騒いでいるが、俺にとってはチンプンな状況である。

 取り付く島もない程に機嫌が悪くなった女児騎士に、これ以上質問を重ねるのも不穏なので、俺はスマホに集中する事にした。


 試しに宙に浮かしてみると、女児騎士の視線が泳いだ。



「先程の四角い物体はどこへ?」


 どうやら俺の手から離れると他人には視認できないようだ。

 それならば……。



「スマホよ、飛べ!」


 再び、スマホを上空へと移動させる。さっきまで浮遊していた地点よりも遥かな高度を誇る場所へ。


『あれ、おっさん……視点を引いた?』

『さっきより戦場全体の様子が見やすいですね』

『おっさん、ちっさ!』


 スマホの視点を大きく離したおかげで、俺の脳内に広がる戦場は一気に俯瞰風景へと変わる。全体は見やすくなった一方で、俺が豆粒サイズになってしまったから、俺近辺の様子が把握しにくい。

 それでも、この地獄のような殺し合いの場がどこまで広がっているのか確認しておきたかった。



〈この戦場から離脱したい。みんなアドバイスをくれると助かる〉



 残念な事にかなりの広範囲にわたって、蟻のように人間が蠢いている。予想以上にこの地獄絵図が広い事に焦燥を覚え、すぐにスマホを呼び戻す。程良い間隔、上空7メートルにスマホを留まらせる。とりあえず自身の目とスマホを通した二つの視界を駆使し、この場を切り抜けるしかない。




『アクションゲームっぽいしなー』


『混戦状態って事は、超接近戦が多くなりますね』


『つまりはキャラの小さい体格を欠点として捉えるのではなく、利点としてかすが吉であるな』


『おっさんの装備からすると点攻撃の槍の突きより、線攻撃での剣で迫られる方が生存率低いんじゃないか?』


『槍持ちの兵士って、なるべく近付かれないように立ちまわる人が多いよね』

『槍はリーチがある分、ふところに入られると使い勝手が難しいって聞く』


『まだおっさんのキャラ子供だし、腕力的にも組み伏せられたら終わりだな。ってなると距離を置こうとして戦う敵が多いとこが生き残れそうか?』


『でも串刺しにされませんか?』


『あれだけ激しく乱戦状態になってるから、余裕がなければ子供一人ぐらい見逃しちゃうんじゃ? 相性の悪い剣持ち歩兵とやり合ってる所を狙って移動してけば可能性はあるぞ』


『そうなると、ああ、右の方は槍持ってる奴らが多いな。隊列もまともに組めてないし、そこそこ混戦してるじゃないか』


『つまりは、あの辺にもぐっていけばワンチャンあるな』




 ワンちゃん……犬でもいるのか?

 いや、待てこれは若者用語だろう。落ち着け、妹の芽瑠めるつちかったコミュ力を発揮するんだ、俺!


 ワンチャン、ある。

 若者たちはよく物事を省略する傾向がある。そしてこの状況から察するに……そうか、犬のように這いずりまわれば生き残る事もある! だ。確かに地面を這っていれば死体と見間違われる事もあるし、狙われる可能性も低くなるかもしれない。



〈ワンちゃんあるな!〉



 俺は犬顔負けの勢いで四つん這いになり、移動を始めた。


「ア、アシェリート様!? 何をなさっているのですか……まるで豚のようです」


 近くの男を切り捨て終わった女児騎士が、慌てて俺の動向をうかがってくる。

 今思えば、この幼女がいなければ俺はとっくに死んでいたかもしれない。血みどろになってまで俺を庇い続けたロリなエルフ騎士を、こんな地獄に放り出すのは良くないだろう。



「ロリ騎士さん、こっちこっち!」


「ロ!? ア、アシェリート様!? お待ちください!」



 手招きする俺を制止しようと女騎士が寄って来るが、俺は生き残るために全速力で犬の真似ごとをする。

 さらに脳内から視えるスマホの配信画面を駆使して、交戦するのに必死になっている兵士たちに的確な狙いをつけて移動を繰り返していく。

 誰かと夢中になって殺し合いに興じている輩は他に目を向ける余裕がない。




「お待ちを! アシェリート様!」

「いいから、ついて来てください!」


 振り向いてがむしゃらに叫ぶと、女児騎士は俺に追いつこうとしているのか、敵兵をばったばったと切り殺している。女児騎士は敵兵の標的にされやすいのか、なかなかに移動しづらそうだ。



「あれはクレア様じゃないか!?」

「おお、指揮官御自ら出向いてくださるとは、さすが拝命六皇貴族の近衛だ!」


「『絶風』のクレア様だ」

「クレア様の前で醜態をさらすな! 押せ! 押せええ!」


 女児騎士を見かけた味方の兵らしき人々が、敵勢におされぎみだった気勢を吹き返す。

 ロリエルフさんは人望があるようだ。



「どうして六皇貴族の近衛副官が、こんな所まで出張ってる!?」

「本陣の守りはどうなってる!」

「まさか伝令が来ないのは……本陣が叩かれてこの混乱か!?」


 いくばくか冷静な兵達の間に動揺が走るものの、鬼神の如き俊敏さで敵兵をほふっていく女児騎士の姿を見れば、誰もが勇気づけられ彼女の後に続いてく。



「脆弱なるマスティス兵など蹴散らすのだ! みな、私に続け!」


 敵の槍部隊と激しい交戦を繰り広げ、兵たちを導く姿はまさに戦女神のようだった。彼女は目にも止まらぬ速さで剣を、身体を、風を、立ちはだかる敵にことごとく刻み込んでゆく。それはまるで一陣の暴風、彼女が通りすぎた後は全ての敵が絶命していった。


 殺戮の最中にありながら、女児騎士の血濡れた双眸は気高く、騎士物語を飾るにふさわしい一枚の絵になりえていた。



「ぐっ! あの馬鹿小豚は、アシェリート様はどこに!」



 あ、俺の方は大丈夫です。

 

 どこぞの見知らぬ死体に重なって死んだふりしてます。

 そろそろ限界なんです、らくして生き残りたいんです。死にたくないんです。


 むせ返るような血の匂い、気味の悪い死体と仲良く横たわるのは苦痛以上の何ものでもないけど、背に腹は代えられない。



『おっさん、まさかのステルス発動wwww』

『てか、あのロリエルフやばいな! 無双してるぞ!』


『美しい……』

『くっころが似合う素晴らしい女児騎士ですね!』

『あの見た目でくっころはマズイだろ、いろいろと』



 視聴者リスナーたちの興奮した熱いコメントが脳内に響く。しかし俺の心は、恐怖と倦怠感によって冷え切っていった。


 これからどうするか……。






ワンチャン → ワンチャンスある。もしかしたらいける。やれる。ある。

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底辺おっさんユーチューバー、異世界で動画配信を始める 星屑ぽんぽん @hosikuzu1ponpon

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