第2話 おっさんと女子中学生



「お兄ちゃん……」


 ゲーム実況が終われば極小の声、普段のトーンで妹がぼそぼそと俺を呼ぶ。


「どうした」


「お金、欲しい。飢える心」



 どんなに身内びいきと揶揄されようが、うちの子は間違いなく美少女だ。そんな妹から、心が飢えると言われてしまえば動揺せざるを得ない。


 親の保険金や預金、それに俺の退職金と貯蓄があるので家計にはまだまだ余裕がある。とはいえ、フリーターの兄が身内では先行きが不安なのかもしれない。中学一年の妹にお金の心配をさせてしまうとは……これでも月々の生活費はバイト代で間に合ってはいるのだが……何か欲しい物があるのかもしれない。



「欲しい物でもあるのか?」



 俺の問いに無言を貫く妹だったが、しばらくしておずおずと口を開いた。


「……お兄ちゃん、楽らくさせたい……」



 俺にはもったいない程に良くできた優しい妹だ。どうせ芽瑠めるの事だから、おっさんフリーターである俺の所得を配慮し、欲しい物を口にしなかったのだろう。



「そうだな。もっと楽な方法がどっかにないかな」



 楽らくして金を稼ぎたいという点では妹に激しく賛同だ。どんな綺麗事を並べようが苦痛を伴い、ストレスと戦いながらお金を手に入れるより、幸福を感じながら稼ぐ方法があるならば、誰だって後者を望むはずだ。万人が胸に秘める共通の本音だろう。



「もっと信者、増やす。お金増える」


「信者言うな。チャンネル登録者な」


 美少女な妹から、えげつない言葉が出てくるのは少々控えて欲しいところだ。


 動画投稿サイト『Your fortune labo』は通称ユーチューボと呼ばれ、『あなたの幸せを作る研究所』という意訳がある。


 このインターネットサイトには多くのユーザーが多種多様な動画を自由に投稿している。実験、検証動画に商品レビュー、音楽作成から自主製作アニメなどなど、豊富なコンテンツが現在進行形で生まれている。


 その中でも俺達がやっているのは、ゲーム実況というジャンルだ。自分たちのゲームプレイ画面を生配信して、同種のゲームをプレイしている視聴者リスナーに見てもらう。オンラインゲームであれば、先程のように動画を配信しながら視聴者さんとリアルタイムで一緒に遊ぶことだってできる。



「広告収益……今月は2万円いけるか? うーん……」




 俺の独白に対し、妹の瞳が不安気に揺れた事に気付く。




「大丈夫だ、毎日配信すればギリギリ2万に届くはず」


「り。お金あると、喜ぶ」


 り……?


 2万もあれば芽瑠めるの欲しい物も買えるだろう。ゲーム実況で得た収益は全て、芽瑠めるのおこずかいとして扱っているのだ。



 ユーチューボに投稿した動画には広告が付き、そこから1再生0.1円前後の収益が動画投稿者に入るのだ。ちなみに生配信だと銭チャットというシステムがあり、コメントに現金を付けてチャットすることもできる。


 俺たちは未だ、銭チャットをもらった事はない。


 ユーチューボでお金を稼ぐ人達をユーチューバーと言い、規模の大きいチャンネルだと年収1億円を超える人もいるから世の中わかったもんじゃない。




「日本一のユーチューバー、ヒカリン、恥じメン、マホ太……パリピ目指すの……」


 パリピ? パリとかロンドンに住んでそうなピープルの略だろうか。お洒落な人種を目指す的な感覚か。見目の良い芽瑠めるがお洒落になんてものに目覚めてしまえば、当然誰よりも映えるだろうが……。




「そ、それは……遠い道のりになりそうだな……」




 ヒカリン規模のチャンネル登録者を獲得するのは、到底無理だろうって一言を寸での所で飲み込む。迂闊に妹の夢を壊してはいけない。だからといって、現実が甘くなってくれるわけでもない。


 自分達なりに工夫して半年が経つ。


 視聴者さんが気になるような企画を立てたり、目を惹くような動画タイトルを考えたり……最新の攻略情報を実践して結果を検証したり、自分達で発見した効率のいい金策方法を紹介したり、リスナーさん参加型イベントなどなど……精一杯盛り上げて来たつもりだけど、チャンネル登録者は3000人とちょっとだ。



「実況、辛かったら辞めたっていいんだぞ?」


 芽瑠めるも俺も、けっこうな頻度で中傷コメントを書かれたりする。俺はしがないおっさんなので一向に構わないが、この年頃の娘は人の悪意に敏感だろう。最初は楽しかったゲーム実況も、今では芽瑠めるの顔が悲しい色に染まる事も多くなった。



「傷付くこともあるだろう?」


「アンチ、まじまんじ



 うん? 真剣にプロレス技のまんじ固かためをくらわせたくなるほど、アンチがウザいって事か?



「他にやりたい事があったら、そっちを挑戦するのもいいと思うぞ」



 ヒカリン規模になるのは無理だと言えず、さりげなく他に誘導してみる。


「ダメ……実況する、話す練習する」


「無理は禁物だ。ストレスは身体に良くない」


 妹はまだ若いから大丈夫だろうけど、遺伝子的にストレスは危ない。なぜなら父はハゲていたし、俺の頭も少し薄くなってきているのだ。



「もっと上手に、お兄ちゃんに……私の気持ち、伝えられるよう……なるために」


 毛髪の将来を不安視するあまり、ぽそぽそと俯うつむきながら呟く芽瑠めるの言葉を聞き逃してしまう。



「うん? どうした?」


「お金、かせぐ。うれしみが深い」


「そうか……」


 中学一年生の妹が、ここまでお金に貪欲になってしまった事実に軽くへこむ……そろそろ本格的に就職先を探した方がいいかもしれない……。


「えと……お金あると、お兄ちゃん喜ぶ。だから……」


 おっと、俺も金の亡者認定、同士扱いされていた。


 まぁそれも仕方のない事で、聡明な妹は兄の低収入を見抜いてるからこそ、金を渇望していると判断しているわけで。全ては俺の不甲斐なさが招いたものだ。


 情けない気持ちを胸に芽瑠めるへと頷き、バイトでかいた汗と一緒にこの悲しみも流す事にしよう。



「俺は風呂に入って来るから。芽瑠めるはそろそろ寝なさい」


「うん……お兄ちゃん、お願い」




 両手を広げ、だっこのポーズだ。


 椅子に腰かけている妹は自らの力で・・・・・立つ事ができない。



「あいよ」


「いつも……ありがと」


 耳元でささやかれるお礼には無言で返答。生まれつき動かない・・・・妹の両足をいたわりながら、俺は寝室へと芽瑠めるを運ぶ。


 俺の布団の隣に敷かれた妹の布団へと、身体をそっと横たわらせる。


「フロリダ? 早く……戻って来て?」


 なぜにアメリカ合衆国の州名として呼ばれたのか理解できないが、お風呂に入った後は作り置きの夕飯も食べる事だし1時間はかかる。



「しばらくはかかる。だから先に寝ておくんだ。明日も特別支援学校があるだろう」



 すぐに戻るのは無理だと首を横に振る。




 すると芽瑠めるは、





「ぷち、七夕的……展開」



 と、訳の分からない事を小さく呟き、頬をわずかに染めて幸せそうに微笑んだ。その後、芽瑠は大人しく瞼まぶたを閉じる。



 最近の若い子は、何を言ってるのかわからない時がある。


 そんな事を思いながら脱衣所へと移動し、そそくさと風呂に入る。




「そういえば、もうすぐ七夕か」


 俺は労働で疲弊した身体を湯船につけて一人ごちる。


 織姫と彦星ってやつは、恋人なのに1年に1日しか会えない。一体どんな感情を抱えて、恋人との再会を待ち望んでいるのか。


 そんな気持ち、恋人のいない俺には理解できないだろう。


 前に付き合っていた女性には会社を退職した途端にフラれてしまった。いい歳したおっさんが無職だなんて、そりゃあ誰でも別れるだろうな。


 他には大学時代に一人、大金を貸した途端に会えなくなった彼女の事を思い出して憂鬱になった。



「織姫と彦星もきっと、こんな憂鬱な気持ちなのかもしれないな」



 だとすると幸せそうに目を閉じた芽瑠めるの『七夕のような展開』という台詞には、何か違った意味があるのだと判断する。


 本当に若者が使う言葉がよくわからない。



芽瑠めるは理解しがたい……」




 現実に負け、両親を失い、挫けたおっさんに中学一年生の妹は純真無垢で眩しい。歳の差というのは存外に大変なものなのだ。


 それに芽瑠の場合は両足に神経麻痺という病気を抱えているので、ほとんどが車椅子生活なのだ。


 世話をするのはひどく神経を使うし、体力も削られる。




 小さな頃から不自由な芽瑠を見て来た俺は、どうにかしてやりたいと思う反面、負担に感じる事が多々あった。



 ……でも、それでも支えられていたのは俺の方なのだと思う。


 守るべき家族が、傍にいてくれる人がいるというのはとても暖かな事で。


 妹の遠慮がちな、健気に咲かせる笑顔が……今の俺の生きる理由だと言っても過言ではない。



 風呂の温かみが、疲れた身体に深く沁しみた。






りorりょ → 了解。


パリピ → パーリーピープル。リア充っぽい人達、騒いで楽しそうにしている輩




卍 → ・調子に乗っている ※今回はコレ


    ・友情的なノリ、仲間との絆


    ・特に意味はない。ノリ。




フロリダ → 風呂に入るからいったん離脱




ぷち七夕的展開 → 遠回しな告白的ニュアンス。恋人同士がちょっとの間、離れ離れになる時に使う。


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