底辺おっさんユーチューバー、異世界で動画配信を始める
星屑ぽんぽん
第1話 おっさん、ゲーム実況の日々
働かず、勉強せず、努力せず、楽しい事だけして生きてたい。
「今夜も、とある兄妹によるゲーム実況をやります」
そんなクズのような内心をおくびも出さず、代わりにお決まりの
「どうも。兄のおっさんです」
コントローラーを握る両手に軽く力を入れる。視線はパソコン画面に固定し、次に起こすゲーム内アクションとこれから喋る内容をすぐに考える。
「妹のメルです」
すぐ隣から、俺の声とは違い若々しい声が響く。
俺の挨拶に続き、歳の大きく離れた妹がゲームモニターを見つめながら、マイクへ声を落としたのだ。
夜の8時、俺たちのゲーム実況が始まった。
アルバイトから帰宅した35歳の身体にはすこし
「はい、みなさんこんばんは。おっさん、今日は新ジョブ魔法騎士のレベル上げをしていきたいと……」
思うぞ、といった言葉が詰まる。
その理由は俺達のゲーム配信を見ている
『おっさん、キモいな』
『若い子とゲームしてる暇があったら働けよ』
何せ俺は35歳にしてフリーターという身分である。その辺は正直に
『本当に兄妹なのか? 少女をさらってきたんじゃないか?』
『おまわりさん、こいつです』
『通報しましたww』
これもわかる。
妹の
『妹の声がふにゃふにゃしてて気持ちわるっ』
『わざとあざとい声つくってるよね』
『同性としてちょっと引いちゃうかなー』
これは、同意しかねる。
ちらりと横を
声というのは不思議なモノで、自分の耳で自分の声を聞くのと、マイク越しや他人が聞くと声質は変わってくる。なぜなら、自分から発した声は、常に自身の骨などが微弱に振動し、その揺れから伝わったモノが自分の耳に届くのだ。だから実際に他人に聞こえているのと、自分で認識している声は違うらしい。
ホームビデオの録画で流れる自分の声に、違和感を持ったという覚えはないだろうか。あれだ。
つまり、素人が自分の声を調整するのは難しい。
「メルは俺の実の妹だから。あと妹の声は地声だぞ」
妹の声は……良く言えばゆるふわ系。悪く言えばぶりっこ。
そういった所を克服したいという本人の希望もあって、機材を揃えてゲーム実況を始めたのだ。
俺は無言で、元気づけるように妹の頭をなでる。
すると妹は『大丈夫』と口パクで、弱々しい笑みを作った。
人間の感性なんか十人十色。10人いれば10人違った感想を抱くのが当たり前なんだ。俺たちを悪い風に捉える人もいれば――
『レベル上げするのかー。俺も一緒にしたい!』
『私も! そっちに行っていいですか?』
『今日の配信も楽しみにしてたぞー』
『みんな集まれぇぇぇえ! おっさん兄貴とメルちゃんの実況が始まるぞおおお!』
『つまりは戦の準備であるか』
『俺、フレンドも呼んで来るわ!』
こうやって、一緒に遊びたいって言ってくれる人達もいるんだ。
「みなさん、ありがとう。『白宝都市ホワイトブリム』で待ってる」
俺の対応に続き、妹も挨拶を返す。
「よろしく、お願いします」
噛まないように、つっかえないよう、なるべくハキハキと喋る事を意識した、そんな一生懸命さに俺も負けてはいられないと意気込む。
妹はほんのりと頬を染め、今度は本物の小さな笑顔を画面に向けていた。
「
『お前ら』というフレーズに、俺は一層の親しみを込めて吐く。画面越しとはいえ、こうして繋がっている彼ら彼女らに感謝の念と親近感を添えて。
顔も知らない人達とこうして一緒にゲームをするのは不思議なもので、こいつらの事を仲間と思ってしまうのだ。
「今日も、みんなで楽しもう」
今日も俺達は、応援してくれる
純粋に嬉しいし、楽しい。
けれど疲れる事もあれば、誹謗中傷、心ない言葉を投げられる事もある。
あまつさえ、ウソや虚言、全くの妄想に近い情報を流され、ネットの掲示板で事実無根な言いがかりを書かれているのも目にしてきた。
辛いのなら辞めればいい、なんて言えるのは他に選択肢のある人間だけが言える特権だ。
普段は全く欲を出さない妹が『お兄ちゃんとゲーム実況をやってみたい』と、珍しく自分から言い出してきたのだから、辞められるはずがない。
会社は簡単に辞められたダメな俺でも、捨てられないものはあった。
俺の勤めていた会社は同族会社であり、上役は身内びいきで固められていた肩身の狭い中小企業だ。しかし、警察や消防、自衛隊の装備被服を扱う商社は小規模ながら安定した収入を得られると踏んで、そこを就職先にと選んだのは俺自身。
かなり努力して休日をほぼ返上し、仕事に勤しんで12年が過ぎた頃、俺の営業成績は社内で上位に食い込むまでに至った。
34歳ともなり、このまま行けばそれなりの地位を認めてもらえるだろうと思った矢先、俺よりも遥かに営業成績が低く、日頃の勤務態度もよろしくない同僚が専務の妹と婚約が決まり、営業部長に昇進した。かたや俺の方は身入りの少ない営業地区が担当とされ、同僚はうまみのある担当地区を任された。
悔しかった。
仕事に邁進し、こつこつと積み重ねてきた努力の成果が実らず、
同僚はそんな俺を鼻で笑い、『相変わらず無駄に
やってられないな。
そうして努力するのが馬鹿らしいと感じた一年前の夏。
唐突に両親が失踪したという知らせが届き、俺は幼い妹と一緒に住む事になった。
後悔はしていない。
家族として幼い妹を支えられるのは、もはや俺だけだ。しかし、こんな状況だからこそ仕事を辞めるべきではないと理性ではわかっていても、いくら努力しても成果が得られない事実を前に両親の消失と合わさって心が限界だった。肝心な時に折れてしまったダメな兄だけども、せめてゲーム実況を一緒にやるぐらいは、妹に献上してやりたい。
妹というより、我が子を見守る思いで
「魔法騎士のレベルアップ、がんばるか」
「うん」
真剣な表情で画面を覗きこむ妹の姿を見て、『今日も笑顔を保って、実況をしないと』と、胸の内で呟いた。
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