『愛』

露草 はつよ

第1話『愛』

 そこはカルフォルニア州のとある古い家の中。

 時計の秒針がチクタクと音を鳴らす音が大きく響く中、二人の年老いた男女はお互いの手を握り合い体温を確かめ合っていた。


「ねぇ、あなた。五分を切ったわ」


「……あぁ、そうだな」


「私ね、若い人たちには悪いとは思うけど、今日で世界が滅んでよかったと思うの」


「……どうしてだ?」


「だって、ねぇ。私たちは十分に生きたいじゃないの。子供は先に逝ってしまったし、私たちの天寿が今日だったのよ」


「……わし達だけの天寿じゃないがな」


「ふふ、そうね。でも、ここまで生きられた事に感謝しましょ。……ねぇ、あなた?」


「なんだ?」


 今まで、真正面を向いていた老人の顔が老女の方へと向く。その眼に映るのは長い年月を経て連れ添ってきた、笑い皺が増えたが変わらない美しい輝きを放つ妻の瞳が。

 そして老女の目には長年連れ添ってきた、老人の真っ白な髪と眉毛、そして若い頃からは変わらない凛々しい瞳が映る。

 老人の顔にそっと老女の細い皺くちゃな手が添えられる。その手の上から、老人は同じく皺くちゃな手を重ねた。


「愛してるわ。これまでも、これからもずっと」


「……あぁ」


 一言だけ呟く老人に老女は思わず笑いを零す。


「ふふ、いつもそうよね。あなたは言葉にはしてくれない人だったわね」


「……すまん」


「ううん、いいのよ。そういうところが、好きだったんだもの」


「……あぁ」


 老人は重ねた手に力を入れる。


「なぁ……」


「なぁに?」


 世界が白んで行く。およそ破滅の光とは思えないほどの、神々しい光が世界を照らし出す。

 家の中でも同じように光が溢れて行く。お互いの顔が殆ど見えなくなってゆく。しかしそんな中でもお互いの体温だけは、感じ取れていた。

 もうすぐで、世界が滅ぶ。


「……お前を、愛している」


「……ふふ。そんなの、とっくに知ってたわよ」


 そして老女の一言を最後に、全てが消え去った。

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『愛』 露草 はつよ @Tresh

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