あなたに愛を

たまごかけまんま

 唐紅に染まる草むらの上であの子は踊っていた。白のワンピースをなびかせながら軽やかに、決して止まらず。

 そんなあの子の背を、さくらはずっと追っていた。


かすみちゃん! 私、霞ちゃんに伝えたいことがある! 」


 止まらぬあの子に向かって叫ぶ。届かなくても届けなければならない言葉があった。


「私ね、今までずっと孤独だった。学校のお友達はね、誰も私のこと理解してくれないの。私が話す時、みんなうすっぺらい笑いをして、後は影で悪口してる。お前なんて死んじゃえってみんないつも言ってる。全部知ってる。だから私、ずっと辛かった」


 そんな灰色の日々だった。


「でも霞ちゃんと会えた! 霞ちゃんはみんなと違う! 霞ちゃんは私の全てを理解してくれる。辛い時も楽しい時も親身になってくれる。嘘はつかない。隠し事もしない。私を絶対裏切らない。霞ちゃんさえいれば何もいらない。ねえ、お願い。ずっとそばにいて」


 うつむきながら必死に涙をこらえる桜。しばらくしてその頬にそっと手が添えられる。あの子の、霞の手だった。


「私もね、桜ちゃんと会えて嬉しかった。ううん。私を受け入れてくれて嬉しかった。覚えてる? 初めて会った日のこと。 レンゲソウが綺麗だったあの日。私、桜ちゃんとお別れしようとしたの。会えば嫌われると思ったから」


 霞は空を仰ぎ踊り出す。


「でもあなたは違った。私を受け入れてくれた。震えるその手で抱きしめて、私に名前をくれた。嬉しかったなあ。桜ちゃんと過ごした時間は夢みたいで、幸せで……」


 霞の言ったことは、全て本心。桜は理解していた。

 理解していたからこそ、強く耳を塞いだ。


「だから桜ちゃん。私はもう一緒にはいられない」

「……」

「いままでありがとう」

「……やだ」


 桜は足掻く。


「これからもずっと一緒にいたい」

「できない」

「沢山笑ったり、泣いたりしたい」

「ごめんね」

「ねえ、なんで」

「それはきっと桜ちゃんもわかってるでしょ?」

「……っ」

「これ以上一緒にはいられない」


 そう言い切った霞。その姿はもう遠くにあった。



「待って、私、まだ伝えたいことがある」


 最後の気力を振り絞るように、桜は叫んだ。


「私、霞ちゃんに憧れてた。無邪気で自由で綺麗な霞ちゃんに。私はあなたになりたかった」


 桜の声は届かない。


「私はあなた、あなたは私。そんなのわかってる。でも霞ちゃんがいなきゃ私は私じゃいられない」


 届かない。


「だから死ぬなら霞ちゃんと一緒がいいの!」


 だから走った。走って駆け寄り、霞を押し倒した。

 草花は踏み潰され、赤い花弁が宙を舞う。


「霞ちゃんのためなら死んだっていい!」

「……本当に?」

「霞ちゃんと一緒に死にたい」

「後悔しない?」

「絶対しない」


 その一言を最後に二人はずっと抱きしめ合っていた。

 ずっと一緒。それが桜にとって何より幸せだった。


 彼岸花の咲き乱れる丘の上。

 桜は静かに息を引き取った。


 桜は決して後悔しない。

 自分に嘘をついた最期の五分も、ドッペルゲンガーに恋したことも。

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