ある童貞の一瞬

紅ぴえろ

ある童貞の一瞬

 え?マジ?童貞捨てた瞬間に俺死ぬん?


 あと少しで絶頂を迎えるというタイミングで、女が俺の顔に噛み付いてきた。

めっちゃ興奮してんじゃん!と昂ったのだが、女の噛む力は甘噛みなんてものではなく俺の皮膚を食い破ってきた。


「え!?どういうプレイなの?!」


 必死にやめるように訴えるも、俺の声が聞こえていないのか、それとも無視を決め込んでいるのかガツガツと食っていく。

 だが、こんな状況でも俺の下半身はせっせと動いていた。一度始まったピストン運動は終着駅に着くまで止まらない。体感であと5分はかかるだろう。


 童貞卒業と同時に人生卒業なんて最悪だ!もっと色んな女とセクりたい!と最後の力を振り絞って反撃を試みるが、そもそも腕に力が入らない。

 わずかにまだ動く首をひねって見ると、腕は付け根からブラつき今にも落ちそうになっていた。腕を噛まれても気づかないほど夢中になっていたらしい。「こりゃ無理だわ、動くわけがない、あはは」と力なく笑ってしまった。

 

 近くの林からヒグラシの大合唱が聞こえる。カナカナという音色が夏の終わりとともに、俺の最後を盛り上げているようでなんだか腹立たしい。


 若者の夏といえばセックス。

バカンス先の草原で出会った肉感的な女と大人の階段を登ることは男子の本懐であり夢だ。

 それが命取りになるなんて想像できただろうか?

誰も教えてなんてくれなかった。友達はもちろん、両親ですらそんなことは教えてくれなかった。もっとも両親とは会ったことすらないが。


 けれど、思い返せば不思議だなと感じる予兆はあった。

『俺!大人になるわ!』と夏の空へ飛び立っていた友人達はどこに行ってしまったのか?女との生活が楽しすぎて戻ってこないと勝手に想像していたが、恐らくあいつらも……。


 思考を重ねる間も、俺の肉体は身体を重ねた相手によって貪られていく。

一方で俺の暴走機関車は終点に向けてラストスパートをかけていき……

やがて、完全に停止した。


 何のために生まれて、何のために大人になったのか?

泣き叫びそうになるが、涙を流す目も叫ぶための口もなくなっていた。


 ただ、不思議と嫌ではない気持ちもあった。

セックスは男女と一つになることを実感できればできるほど、快感が強いと聞いたことがある。女に食われるということは俺自身がまさに女に吸収されるわけだから、それはものすごい快感なのではなかろうか?

 事実、俺は気が狂いそうなほどエクスタシーだった。


 いや……俺が繋がっているのは女だけじゃない。

俺の両親や祖父母、そして、これから生まれるであろう俺の子供たち。

種族という大きな連鎖の中に俺はいるのだと感じた。


 たった一度のセックスで俺は死んでしまう。

だが、それは俺の人生という視点からであって、世界という大きな枠組みで……

って、これただの賢者タイムじゃねーか!!


 やっぱ死にたくねえ〜もっと色んな女と……

やかましかったヒグラシの鳴き声は、いつの間にか聞こえなくなっていた。

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