3 証明
ラルスの服捜索ののち、カリムたちは鉱山に一歩足を踏み入れた。
鉱山の中は昼間でも薄暗く、空気がひんやりしている。一歩足を踏み入れただけで感じる温度差。地面を踏みしめるたびに、小さな音が反響する。それだけでずいぶん広い空間なのだと分かり、先ほどみた地竜の巨体を思い出す。
入口から離れて奥へ進めば進むほど、日の光は届かなくなる。壁際にかけられた頼りないランプの灯りが辛うじて足元を照らしているが、それだけ。壁際以外は奥にいけばいくほど暗くなり、暗闇から得体のしれない何かが現れそうな不気味さがある。
カリムを守るようにラルスが前。先頭をエミリアーノ。しんがりをヴェイセルがつとめて進む。
種族的にどうしようもないことだが、守られる前提の配置にカリムは眉を寄せる。それでも大人しく進むのは、前をいくエミリアーノ。後ろのヴェイセルから緊張した空気が伝わってくるため。
人型に戻ったラルスも、しっぽや耳は出したまま。ピンと張った耳が音を拾うために動き、何者かの気配を探すため臭いをかぐ動作も多い。
臨戦態勢をといただけで完全に気を許したわけではない。そう伝わってくる3人の態度に、ここは敵陣なのだとカリムは妙に緊張する。
何でこんなことになってしまったのか。そうカリムは考える。
鉱山にヴァンパイアが住み着いたという話だったのに、蓋を開けてみれば出てきたのは地竜である。
テリトリーに引きこもって出てこない種族。しかも地底に穴を掘って暮らしている種が、なぜ王都付近の地表付近に暮らしているのか。一緒にいた小さく、美しい存在は何者なのか。
その疑問が解消されないかぎり、ここまでやって来た目的が達成されたとはいえない。
このまま見なかったことにするには、地竜という存在は恐ろしすぎる。しかも、対話の機会さえあたえずにこちらを踏みつぶそうとした獰猛な性格だ。
何かしらの対策、妥協点を見つけなければ近隣住民。最悪王都にも被害が及ぶ可能性がある。
カリムたち自身も安心とは言い難い。
死の危険はなんとか回避したが、あくまで一時的なもの。あの地竜の機嫌をそこねることがあったら、次こそ容赦なく踏み潰されるだろう。
そう考えれば考えるほど、そんな危険な地竜の隣にいた者の不可思議さが際立つ。
とっさに人間だと思ったが、あの存在こそが村人がいっていたヴァンパイアなのだろうか。
顔立ちだけみれば、ヴァンパイア。そう言われてなんの違和感もない。
それどころか、単体で遭遇すればヴァンパイアだ。そうカリムは迷わずに思っただろう。
ヴァンパイアという種は他の種族の血をもらうという特性上、誘惑しやすい美麗な顔立ちをしている。老若男女とわず彫刻のように美しい顔立ちをしており、その容姿はまさに人間離れしている。
地竜の隣居たあの存在も人間離れした美しさを持っており、それだけでヴァンパイアだ。そう判断するには十分に思えた。
「さっきのがヴァンパイアなのか?」
「違うね」
カリムの問いに、意外なことにエミリアーノは即答した。
力強い否定だが理由が分からない。カリムが戸惑っていると、周囲を見渡していたラルスが言葉をつづけた。
「俺も違うと思う。魔力を感じなかった」
確認の意味もこめて後ろを見ると、顔をしかめているヴェイセルが見えた。口を挟まないということは同意見のようだが、ヴェイセル個人としては納得がいかないようだ。
異種族である3人がそういうのであれば、間違いないだろう。そうカリムは思う。
人間は魔力を感知できない。
当然ながら異種族のように魔力を取り込むこともできない。
つまり、この世界において魔力が全くない生き物。それは間違いなく人間なのである。
しかしながら、その結果も地竜とのやり取りを思い出すと、どうにも引っかかる。
本当にただの人間。それだけなのだろうか。
「別の種族が擬態してるとか……」
「いくら魔力の扱いがうまかろうと、ヴァンパイアの目。ワーウルフの鼻まではごまかせないだろう」
ヴェイセルの自信にあふれた言葉を聞いてたしかに。とカリムは納得する。
ヴァンパイアは魔力の扱いだけなら竜種をしのぐと言われている。ワーウルフも嗅覚と聴覚するどさだけいえば、ヴァンパイア以上。
異なる種族が同じ結果を出したということは、あの美しい存在がヴァンパイアである。という可能性は消える。
しかしそうなると、別の疑問が残る。
「それなら、あれはいったい何なんだ」
カリムの言葉にヴェイセルが眉間のシワを深くした。ラルスも困った顔でエミリアーノを見ている。
一番先頭をいくエミリアーノに視線を向けると、普段より険しい顔で前を見ていた。
「心当たりがなくもないけど……」
「本当か?」
その言葉にすぐ反応したのはヴェイセル。ラルスも興味深げに耳をピンと伸ばす。言葉を聞き漏らさないための動作に和みつつ、カリムは他2人と同じくエミリアーノに視線を向けた。
「でも、確証は薄いというか……本人に聞いたほうが早いと思う」
そうエミリアーノはいうと立ち止まる。
ラルスがくんくんと臭いをかぐ気配がした。
エミリアーノとラルスの背後から顔を覗かせると、坑道には不釣り合いな扉が見える。扉の上にはランプがかけられ、そこだけ光っているようにすら見える。
何十年か前に放置された場所にしては扉は新しい。最近付け替えられたのだろうと察することが出来た。誰がと言われれば、地竜。そして、先ほど見た美しい人間の手によるものだろう。
エミリアーノは大きく息を吸って吐き出す。それから意を決した様子でドアに近づくとノックした。
「申し訳ない。ドアを開けて入ってきてくれないか」
扉を挟んでいるためか、少々くぐもった声が聞こえる。しかしその美声は、地竜と共にいた者の声に違いない。一度聞いたら忘れられないような甘いテノールを出す人間が、そう何人もいるとは思えない。
エミリアーノがチラリと後ろを振り返った。
開けるけど、いい? という無言の確認だと思ったカリムは、頷く。
ラルスがカリムをかばうように移動した。男として思うことはあったが、人間とワーウルフでは力の差は比べようのない事は分かっている。下手なプライドで行動して、ラルスやエミリアーノの邪魔になるほうが無様だ。
大人しくラルスの後ろで待っていると、先ほどよりもクリアな声が響く。
「心配しなくても、とって食べたりはしないよ。アルはとてもいい子だからね」
アル。というのは先ほどの地竜のことでいいのだろうか。そうカリムは声を聞きながら思う。
いい子。とはとても思えない凶悪さだったように思うが、アレは幻だったのか。そうカリムが考えていると、ラルスがカリムの手を握り締めた。
ギョッとしてラルスを見ると、真剣な顔で前を見ている。恋人関係故のものではなく、子どもがどこかに行かないように手をつなぐ。母親のような対応だと理解して、カリムは複雑な気持ちになった。
動かないラルスにしびれを切らしたのか、ヴェイセルが横を通り過ぎる。
ラルスの背から顔をのぞかせると、なぜかエミリアーノのと共にあけ放った扉の前で固まっていた。
「入らないのか?」
動かない異種族3人にカリムは声をかけた。自分よりも背の高い3人に前を陣取られては、中の様子はうかがえない。不用意にのぞき込んでいいのかも分からない。ラルスはエミリアーノたちの判断を待っているようだし、2人が動いてくれないとどうにもならないのだが。
そう思っていると、
「入らないなら、消えろ」
地を這うような低音が響いた。
エミリアーノ、ヴェイセルがビクリと肩を震わせる。ラルスは不安げに耳としっぽを揺らして、カリムの手を握り締める。
男として大変情けない事だが、正直落ち着いた。
扉の向こうから「こら、アル」と柔らかな声が聞こえるが、状況が分からないだけにカリムの不安は増すばかり。
ヴェイセルが怯えたことをごまかすように咳払いする。それから「失礼」とやけに固い口調でつげ、扉の向こうへ足を踏み入れた。エミリアーノはこちらを振り返って、手招きする。
入っていいということらしいが、どうするか。そう思ってラルスを見ると、ラルスはカリムの手を握りしめたまま、緊張した様子で前に進んだ。カリムの前を譲る気はないし、手を放す気配もない。
ラルスに手をひかれる形で扉に近づいたカリムは中を覗き込み、
「は?」
予想外の光景に思わず、声をもらす。
山をそのまま掘り崩した武骨な坑道とは違い、中は人が生活できる環境が整えられていた。
今まで通ってきた坑道に比べると狭い空間。しかしながら生活するには十分な広さがあり、鉱山の中だというのに圧迫感を感じない。天井には木の板が張られ、壁には壁紙。高級感のある絨毯に高そうな家具。
山を掘って作られた空間とは思えない、部屋だけみたら一流貴族の屋敷。そう勘違いしてもおかしくない部屋が目の前にある。
部屋の中央。一目で高級品だとわかる革張りのソファに優雅に腰かけた、ハニーブロンドの美丈夫。座っているだけでも驚くほど絵になる姿を見て、エミリアーノとヴェイセルはこれに驚いたのか。いや、部屋に驚いたのか? とカリムは混乱する。
そんなカリムの内心などしらないだろう美丈夫は、心地よいテノールを響かせた。
「このような形ですまない。アルが放してくれなくてね」
形の良い眉が下を向き、言葉通りの表情を浮かべる。
美しい顔立ちが動いた様子を見て、生きている人間なんだな。と、どこか失礼なことをカリムは思い、一拍置いて美丈夫の言葉の意味を理解した。
ソファに腰かけた美丈夫の腰のあたりに真っ黒い塊が巻き付いている。ただの毛布かと思ったそれがもぞもぞと動き、黒い布、漆黒の髪の隙間から赤い瞳がのぞく。
それだけでカリムは背筋が凍ったような気がした。
カリムの手を握り締めたラルスのしっぽが上を向く。低い犬の唸り声が聞こえ、カリムは刺激させやしないかと焦ったが、男は億劫そうに眉を寄せるだけだった。
再び美丈夫の腰のあたりに顔をうずめると、美丈夫にさらに密着する。これは俺のものだ。そう全身で主張するような態度は、大きな体と威圧感に比べると子供らしい。
そのギャップにカリムは戸惑うが、美丈夫は困ったな。という顔で男の頭を撫でている。
その動作がやけに優しく、丁寧で、カリムは直観的に恋仲か。そう感じ取った。
友情、兄弟愛、親愛。どれよりも深く、欲にまみれた深い瞳はカリムも覚えがあるものだ。カリム自身もラルスを見るときはそのような瞳になっているだろうし、友人であるセツナや青嵐も同じ目の色を見せる。
顔をうずめているために見えないが、赤い瞳の男も同じ色だろう。そうカリムは想像することが出来た。
同時に、あれほどまでに地竜が獰猛だった理由を理解する。
瞳の色からいって目の前の男が地竜であることは間違いない。地竜は他の竜種の中でも縄張り意識が強く、特に大事なものをしまい込む特徴がある。この男にとっての大事なものが縋りつく美丈夫であるならば、あれほどの敵意をむき出しにするのも納得がいる。
地竜からすれば、カリムたちは大事な宝を盗みに来た不届き者でしかなかったのだ。
「ラルス、落ち着け。あの美人に手を出さなければ問題ない」
唸るラルスをなだめようと、カリムはラルスの手を引いた。低い声をあげていたラルスはきょとんとした顔でカリムを見て、それから男、美丈夫へと視線を動かす。
美丈夫はラルスの視線を受け止めると、それは綺麗にほほ笑んだ。
一瞬、あまりの美しさにカリムは息が止まるかと思った。
そんな笑みが直撃したラルスは、恐怖とは違う意味で体を硬直させ、耳としっぽを垂れ下げる。心なしか赤い頬を見て、おい。とカリムはラルスの手を引いた。
性別も年齢も、初対面であるという事実すら忘れて魅入られる容姿をしているのは事実。しかし、目の前に運命の相手がいるというのにどういう反応だ。とカリムが強めに手を引くと、ラルスはおろおろとカリムの背後に回った。
何してるんだ。というヴェイセルの視線が突き刺さったが、そんなことはどうでもいい。美丈夫からクスクスという笑い声が聞こえるし、地竜の男はカリムたちなどいないかのようにくっついたままだが、そんなこともどうでもいい。
「もしや、僕らの先輩ですか?」
グダグダになりかけた空気を引き締めたのは、エミリアーノの硬い声だった。
状況も忘れてじゃれるカリムとラルスなど気にも留めず、視線は美丈夫と地竜の男へと注がれている。
しかし、カリムにはエミリアーノが何を聞きたいのかが分からない。
美丈夫からの視線から逃れるように体を小さくしていたラルスも、不思議そうにエミリア―ノを見つめている。
美丈夫の外見と雰囲気からいって、カリムより年上なのは確実だ。年齢よりも幼く見えるエミリアーノよりも上かもしれない。そうだとしても、わざわざ「先輩」という意味が分からない。
ヴェイセルを見ると怪訝そうな顔でエミリアーノを見ている。どういう意味だ。説明しろ。という無言の威圧がエミリアーノに注がれているのを感じて、カリムはそそくさと目をそらす。
意外なことに、真っ先にエミリアーノ意図に気づいて声をあげたのはラルスだった。
「この匂い、
ラルスの言葉にヴェイセルがギョッとする。それから美丈夫、そしてすがりつく男を凝視した。
エミリアーノはラルスの言葉に頷くと、自身の右手の甲をかかげる。
そこには異種双子の証である、バラと十字架の紋章が刻まれている。
「近い何かを感じたが、君もか」
美丈夫は目を細めて笑う。エミリアーノの紋章を見てから、視線はカリムとラルスの首へと移動した。
「想像通り、僕らは君たちと同じ異種双子。おそらくは先輩だ」
そういうと美丈夫は、「ほら、アル」と甘い声で顔をうずめる地竜をうながした。
地竜は億劫そうながら美丈夫の声には逆らえない。いや、逆らいたくないのか、ノロノロと顔を上げ、真っ赤な舌を出す。唐突に見せつけられた舌にカリムは戸惑ったが、すぐに美丈夫の意図に気が付いた。
そこには異種双子の証である紋章が、見せつけるように舌を彩っている。
続いていたずらっぽく、べぇっと舌を出した美丈夫に同じ紋章があるのを確認し、カリムとラルスは顔を見合わせた。エミリアーノもそこは予想外だったのか目をまたたかせ、最終的には引きつった笑みをうかべた。
「……ずいぶん独占欲が強いんだね……」
そんなエミリアーノの言葉を証明するように、地竜は用は終わったとばかりに再び美丈夫の腰に縋り付く。甘えるように頬をすりよせる大男。黒くつややかな髪を愛おし気に撫でつける美丈夫。
その光景は、見ているだけで吐き気を催す甘ったるさだった。
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