鉱山の美丈夫<ゲスト回>

1 依頼

 王道りから外れた場所に、「炎焼楽えんしょうがく」という名の店がある。

 店を切り盛りするのはサラマンダーの女主人。持ち前の炎で見た目は豪快に、焼き上がりは精細に仕上げられた肉料理は逸品だと知る人ぞ知る名店だ。

 味の割には安い値段設定。酒場に近い雰囲気もあいまって、毎日にぎやかな声が途絶えることがない。


 そんな店内の一角。入口からは見えにくい奥の席に、いつもとは違った空気が流れていた。

 仕切りが立てかけられて、周囲から中の様子は目に見えない。それでも漏れ出る魔力によって、店内にいる客は嫌でも存在を意識させられる。

 ヴァンパイア。しかも機嫌が相当悪い。

 何でこんなところにヴァンパイアが? と店内にいる客たちは不思議に思いつつも、触らないが吉といつもに比べるといそいそと料理を口に放り込む。


 関りのない客はそれですむ。問題は同じ席に座っている者たちである。

 不幸にもその席に座ることになったカリムとラルスは、居心地の悪さを感じていた。

 カリムは人間であるために、ヴァンパイアがまとう怒気の魔力はほとんど分からない。せいぜい機嫌が悪そうだ。そう思う程度である。

 しかし魔力に敏感なラルスはそうはいかない。怒気と一緒にあふれ出る潤沢な魔力は無視できるものではなく、耳としっぽが完全に垂れ下がって、カリムにピッタリくっついていた。


 体が小刻みに震えているのを見るとかなり我慢している。家であったら抱き着いてきただろうな。とカリムは思い、同時に抱き着いてきていいぞ。と内心は両手を広げていた。しかし実際に行動に起こした結果、目の前のヴァンパイアがさらに機嫌を悪くしたら意味がない。

 さてどうしたものか、とカリムは状況をどうにかできそうな相手へと視線を投げかけた。


「ヴェイセル……怖がってるからさあ」


 カリムとラルスの先輩であり、ヴィオの友人。という微妙な立場をとるヴァンパイア、エミリアーノは呆れた顔でいった。

 暗闇に溶け込む色が多いヴァンパイアにしては珍しい、ミントグリーンの髪やオレンジかかった金色の瞳が店内の照明で輝いて見える。

 どこにいてもヴァンパイアという生き物はきらびやかだと関心を通り越して、呆れた気持ちでカリムは思う。


「勝手に怖がってるんだろうが。俺のせいじゃない」


 そう刺々しい言葉を吐きだしたのは、エミリアーノの隣に座る者。この緊迫した空気を造り上げた張本人であり、カリムとラルスにとってはなじみの薄い相手。

 黒い髪に紫色がにじむ珍しい配色の髪に、赤い瞳。エミリアーノと違ってヴァンパイアらしい色味をした相手は、ヴェイセル。エミリアーノの幼馴染だ。という紹介を受けたが、カリムとラルスからするとどうでもいい情報である。もともと微妙な立ち位置をとる先輩の幼馴染。というさらにどう接していいか分からない要素が増えるだけだ。


 相手もカリムとラルスに対して微妙な気まずさを感じているのか、単純に下位種などに興味がないのか。エミリアーノに比べると刺々しい態度は、まさにヴァンパイアという威圧を放っている。

 ヴァンパイアらしからぬ、エミリアーノのゆるい雰囲気になれているカリムとラルスからするとただ怖い。とくに下位種であるラルスには耐えられないらしい。先ほど以上に体がピッタリとカリムにくっつき、垂れ下がったしっぽまでもがカリムの体にすり寄る。

 あまりの可愛さに恐怖ではなく、別の忍耐力までカリムは試されていた。

 こうなったら、何がなんでも話を進めてもらわないと色々とまずい。そう思ったカリムは大げさに咳ばらいをする。


 すぐさまヴェイセルが、不快だ。と隠しもしない鋭い眼光をカリムに向けた。ラルスがそれにビクリと肩をはねさせたが、すぐさまカリムをかばうように前のめりになる。

 何かあったらカリムを守る。という意思の見える姿にカリムは感動と、守られる立場。という微妙さに複雑な気持ちを抱いた。


「だからーヴェイセル。威嚇してたら話が進まないから」

「まったくだ」


 いつの間に来ていたのか、そういいながドンッと。嫌がらせの意味もこめて豪快に木製のコップを置いたのは、この店の女主人。

 カリムとラルスからすると同級生である、セリーヌだった。

 仕事中のためか炎を連想させる長い真っ赤な髪を結い上げ、仕事用らしきエプロンをつけている。


 ギロリとヴェイセルをにらむ余裕があるのは中位種だからか。それともは本人の性格か、この店の店主であるという誇りか。理由は分からないが、女性らしい華やかな見た目にそぐわぬ迫力にヴェイセルと、流れ弾を食らったエミリアーノが気まずげな顔をした。


「他のお客様が怖がっている。営業妨害にもほどがある。うちの店をつぶしにきたのか?」


 淡々とした口調とは裏腹に、ヴェイセルを睨み付ける瞳は険しい。チリチリと何かが焼けるような音が聞こえて、カリムはマズいと思った。

 本気で怒っているサラマンダーは空気中のチリやらホコリ。目に見えないものを燃やしてしまう。これは普段制御している魔力が怒りのあまり漏れ出しているからだ。


「ごめんね! こいつ、ほんっと空気読めないんだよ! ほら、ヴェイセル謝って!」

「はあ? 何で俺が中位種なんか……」

「中位種とか関係なく、悪い事したら謝るのが当たり前なんだよ! そんなんだからいつまでたっても、ヴァンパイア様(笑)とか言われんだって! 僕が外でて、どれだけ風評被害に悩まされたと思ってんの! 道歩いてるだけでヒソヒソされて、最悪石投げられるんだよ! 君たちが王都で威張りくさってるせいで!」


 ノンブレスでエミリアーノは叫ぶ。あまりの剣幕にヴェイセルだけでなく、セリーヌですら固まった。

 ラルスはヴィオから何かしら聞いてたのか「あー……」と納得のいく声をあげている。

 ヴェイセルも身に覚えがあったのか、形の良い眉をしかめて舌打ち。それを見たエミリアーノがヴェイセルをにらみつけると、渋々という態度をとりながらも小さな声で謝罪する。


 ヴァンパイアから謝罪されるなんて思っていなかったのだろう。セリーヌが驚いた顔をした。ラルスも目を丸くしているのを見るに、異種族からみたヴァンパイア像というのは相当なものらしいとカリムは思う。

 カリムからしてもヴァンパイアというのはやけにプライドが高く、傲慢で、面倒くさい。ただ顔だけはふざけたくらいにいい。という種であるから、気持ちは分からなくもない。

 同時に、その認識故にエミリアーノが苦労した。というのがありありと想像できてしまい、改めて同情した。


「他の客を威嚇しないのなら、何の問題もない。私も不快にさせてしまったようだしな、料理はサービスしておこう」

「えっいいよ。押しかけたようなもんだし」

「気持ちだ。受け取ってくれ。美味しかったら今後も来てもらえると嬉しい」


 セリーヌとエミリアーノは先ほどに比べると和やかに会話をする。間に挟まれた形のヴェイセルは不満げに腕を組んでいるが、気まずさをごまかすためかもしれない。


「すげぇなセリーヌ」


 やっと緊張が解けたらしいラルスが、心底感心した様子で立ち去っていくセリーヌの背を見送っている。

 元々しっかりした性格ではあったが、店を構えた後のセリーヌは以前よりも火勢を増した。自分の店を切り盛りしなければいけない責任や、努力。そういったものがセリーヌをさらに強くしたのだろう。

 悪い事ではないのだが、在学中にもあった高嶺の花という印象がさらに強固になったような気もして心配でもある。

 セリーヌにいわせれば余計なお世話でしかないことを心の底に沈め、改めてカリムは目の前のヴァンパイア2人に向き直った。


「それで、私たちは何の用で呼ばれたんですか?」


 まさかただ怒気をあびせられるためだけに呼ばれたわけじゃないだろう。という意味をこめてカリムはエミリアーノに問いかけた。もしそうだとしたら、今後の付き合いを考えなければいけない。

 エミリアーノはカリムの言葉に出さない意思を察したらしく、ごめんね。と一言謝ってから話し始めた。


「ちょっとさあ、ヴェイセルの所に調査依頼というか苦情というか、そういうのが来たらしくてね」

「ヴェイセル様の所に?」


 視線を向けるとヴェイセルは苦虫をかみつぶしたような顔をする。

 その表情をみて、カリムはだいたいの事情を察した。

 今回カリムとラルスがエミリアーノに呼ばれたのは、ヴィオの友人。という立場ではなく仲介屋としての仕事だ。最初の段階ではヴェイセルが来る。なんて話は全くなかった。

 だからこそセリーヌの店を話し合いの場としたのである。エミリアーノに対してはカリムとラルスもすっかり慣れているため、堅苦しい場所よりはいいだろう。と思ったのだが、そこにまさかのヴェイセル。

 場所選びを間違えた。と思ってもどうしようもない。それと同時に、何故こんなところに。と聞ける空気ではなかったものの、カリムはずっと疑問だった。それも、元々はヴェイセルからの依頼だと聞かされれば納得だ。


「こいつが直接依頼すればよかったんだろうけど、ポッと出の下位種へ依頼なんてヴァンパイの名が廃るとか時代錯誤にも程があることいってたからさあ。ごめんねえ、何時まで経ってもお坊ちゃまで」


 笑顔でエミリアーノは隣で仏頂面をするヴェイセルを言葉で突き刺していく。

 ヴィオと一緒にいるときは不憫な印象の強い相手だが、こうしてみるとなかなか度胸がある。それとも幼馴染故の気兼ねのなさなのだろうか。そう思いながらヴェイセルを見ると、先ほどよりも眉間にしわが深くなっていた。それでも言い返しはしないあたり、やはり仲がいいのだろうか。


「えっと……それで、依頼って?」


 これ以上話がつづくと辛いのか、ラルスがソワソワした様子で先を促した。チラチラとヴェイセルを見ているのを見るに、先ほどよりはマシとはいえラルスからすると安心できる相手ではないらしい。


「アスルデア鉱山跡地をしっているか?」


 ヴェイセルが渋々といった様子で話始める。

 カリムとラルスは顔を見合わせた。


「採掘が終わって、何十年か前に放置された場所ですね……」


 記憶を探っていうとヴェイセルとエミリアーノが意外そうな顔をした。一応聞いてみたものの、知らないだろう。そう思っていたのだろう。

 一応これでも貴族の端くれ。一時期は本気で軍人になりたかったこともあり、国防衛を想定して周辺の立地は頭に入っている。軍人を完全にあきらめた時点で無用の知識かと思ったが、意外と仲介屋の仕事でも地理が分かる。というのは重宝した。

 ラルスが「すげぇ。頭いい」という尊敬のまなざしを向けてくれるだけでも、カリムとしては過去の自分よくやった。と褒めたい気持ちだ。


「そこがどうかしたのですか?」


 だが、なぜ今更になって放置された鉱山が話題に出るのだろう?

 しかもわざわざヴァンパイアに依頼が来る案件とは思えない。近場にある軍の駐屯地に連絡すれば、何らかの対策をしてくれるはずである。わざわざ王都にいるヴァンパイアまで依頼がくるような重大な事件が起こった。そんな噂は聞いていない。


「アスルデア鉱山跡地にヴァンパイアが住み着いた。って噂があってね」

 エミリアーノが苦笑とともに告げた言葉に、カリムとラルスは目を見開いた。


「ヴァンパイアが鉱山に……?」

「ウソでしょ……」

「俺だってウソであってほしいと思っている。何で寄りにもよって鉱山なんて場所に。しかも放置された場所だぞ」


 ヴェイセルが再び不機嫌なオーラを放ち、忌々し気に舌打ちする。

 その様子を見て、ずっとヴェイセルが不機嫌だった理由をカリムはやっと理解した。

 

 ヴァンパイアという種族は見栄えを気にする。服装には気を使い、家や持ち物にも気を配る。高貴で美しい存在であるとい自負が高い故に、それを貶める行動を極端に嫌う種である。

 そんな種族が鉱山に暮らしているなんて、噂であっても一族の恥に違いない。

 ヴェイセルやエミリアーノが直接カリムとラルスに依頼してきたのも、噂を広めないためだろう。


「貴様らには我々が鉱山に赴くのに同行してもらいたい」

「調査依頼ではなく?」

「同族だったら僕らが一番詳しいから、ついてきてくれるだけでいいよ」

「ついていくだけなら、俺たちいらないんじゃ……」


 ラルスが首をかしげると、エミリアーノは苦笑しヴェイセルは無駄に自信満々に腕を組んだ。


「鉱山暮らしなんてふざけた真似をするのはヴァンパイアではない。そう証明し、噂を広めてもらわなければいけない。証人は多い方がいい」


 ようするに、ヴァンパイア様のイメージアップに協力しろ。そういうことかとカリムは気付いて、思わず顔をしかめる。

 貴族出身であるからこそ、見栄は大切。周囲からの印象も大切とは分かるが、ここまで堂々と意識するさまを見てしまうと、微妙な気持ちになる。

 ラルスはよく分からないらしく「ついてけばいいだけなんだな?」と首をかしげていた。そのままでいてくれ。とため息をつくカリムに対して、エミリアーノは申し訳なさそうに両手を合わせた。

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