2 結末
「それで僕が呼び出されたわけ?」
ギルドの隣にある酒場にて、少々浮いた青年が口を開いた。
緩くまかれたエメラルドグリーンの髪。きらめく金色の瞳。年上だとは思えない幼さの残る顔立ちは完成されており、育ちのよい優美さを感じさせる仕草は一般市民が使う酒場とは不釣り合いすぎる。
先ほどからチラチラと周囲の視線を集めているが、当の本人は慣れているのか一切気にせず形の良い眉をしかめた。
エミリアーノ。
カリムとラルスと同じ異種双子であり、同じ学校を卒業した先輩だ。カリムとしては正直あまり付き合いたくない相手でもある。
純血のヴァンパイアというエミリアーノの肩書は、上級階級出身であるカリムからすると少々引っかかるのだ。カリムがというよりは、周囲が。というのが余計に面倒くさい。
エミリアーノは何も悪くない。そのうえでこちらの事情もある程度察してもらっているために余計に居心地が悪い。
だからこそ、こういった場では「人の国」の内情に疎く、関係ないワーウルフであるラルスが中心になって話を進める。
鈍い所があるラルスは周囲からの視線もカリムの居心地の悪さも気にせず、慣れた様子で元気に注文する。
「エミリアーノさんだったら、調べる伝手あるかなと思って」
注文を終えたラルスが改めてエミリアーノに向き直る。エミリアーノはラルスの言葉に眉を寄せた。
「協力したい気持ちはあるけど、難しいかな……。手がかり紋章ぐらいしかないんでしょ?」
テーブルの上にはステンの紋章を見て書いたものがある。調査してもらうためにエミリアーノの分も書きうつして持ってきたのだが、エミリアーノは紋章を見ながら険しい顔をした。
「やっぱり難しいか……」
「種族ごとに分類とかあれば何とかなるんだけど、バラバラだからねえ」
それなんだよな。とラルスもステンの紋章をのぞきこんで顔をしかめた。
異種双子の紋章は唯一無二ではあるが、種族ごとの区切りはない。「人の国」が建国されてから日夜学者が調べているが、種族を特定する方法は解明していない。
そもそも無いだろう。というのが異種双子であるカリムたちの見解である。
異種双子の紋章というのはお互いがつながっている。という証明であり、それを頼りに片割を探すわけではない。異種双子同士であれば紋章を見なくても自分の片割だと分かる。
つまり自分の片割を見つけるためのものではないのだから、そもそも種族を見つけるための情報を入れ込む必要がないのである。
「会ったら分かるっていっても、会わなきゃどうにもならねえしなあ……」
ラルスはそういってため息をつく。
つながりが深い異種双子同士であれば、距離が離れていても片割がいる方角くらいは分かるものだがそれにだって限界がある。
せいぜい「人の国」内とその周辺。最長でその程度。それ以上離れてしまえば、相手を見つけることは難しい。
「エルフだったら、今のところ打つ手ないかな……」
疲れた顔をしたエミリアーノにラルスはムッとした。エミリアーノにあたっても意味がないのは分かっていても納得いかないのが分かり、カリムも顔をしかめる。
上位種であるエルフは他種族に排他的で有名で、西方にあるテリトリーから一切出てこない。他種族とのかかわりを一切拒否しているため、異種双子という存在に対しても特に否定的な意見が多い。
異種双子が生まれても、すぐに殺されているのでは。という噂が事実のように広まっているが、エルフの過剰なまでの他種族嫌悪を見るとただの噂。そういうにも現実味がありすぎ否定しにくい。
「何かの手違いで届いてない。とかかもしれないし、調べはしてみるけどね」
エミリアーノはそういうものの、期待はするな。と表情が告げている。
カリムとラルスとしても、見つかる可能性は低いと分かっていた。ただの悪あがきだと自覚があるカリムは頭をさげ、ラルスは不機嫌そうな顔で紋章をにらみつけた。
「なんか海っぽいし、海のあたりにテリトリーもつ種族。とか単純にいけばいいのになあ」
ラルスのふてくされたようなつぶやきにカリムは驚き、エミリアーノは目を丸くした。
「海っぽい?」
「そう見えねえ? ここら辺さざ波みてぇ」
そういってラルスは紋章の下の方。幾つかの線が重なっている部分を指さす。そう言われてみれば、絵でみたことのある波に似ている気がするとカリムは思う。
カリムは川や湖を見たことはあるが海を見たことはない。「人の国」は大陸の中央にある内陸国。人間はめったなことでは「人の国」から出ることはないため、そういうものがある。と噂や絵でしか見たことがなかった。
「海……海洋種……」
エミリアーノがハッとした顔でつぶやいて、勢いよく立ち上がった。
「そっか! 海洋種だったら人間とは国交が浅い! 今まで異種双子が生まれたって報告もないし、紋章が届かないのも不思議じゃない!」
いきなり叫んだエミリアーノに酒場の視線が集まった。何だ。何事だ? とざわめきが広まるがエミリアーノはそんなことは一切気にせず、ラルスの手を両手でつかんだ。
「えらい! よく気づいたね! 希望があるかもしれない!」
エミリアーノの行動にポカンとしていたラルスだが、エミリアーノの言った意味を理解したらしい。ふてくされた顔が輝いて、興奮したためか耳としっぽがぴょこんと飛び出した。ブンブンと振られるしっぽを見て、とっさに周囲から隠すようにカリムは自分の上着をかけた。
人が多い場所で無防備に耳やしっぽを出すのはよくない。そう何度もいっているのだが、気分が高揚すると制御が苦手なラルスはおさえることが出来ない。それが可愛くもあるのだが、同時に不満でもある。複雑な男心というやつだ。
ラルスからの注文を持ってきた店員は、やった。と手を握り合って喜ぶラルスとエミリアーノを見て、反応に困っている。説明してほしいとカリムに視線がむけられるが、カリムは不機嫌を隠さずに普段より低い声でエミリアーノにむかって言い放つ。
「とりあえず、ラルスから手を放してもらえないか」
置いてけぼりを食らった店員が困り切った顔をしたが、周囲から同情の視線が向けられるだけだった。
***
数週間後。
ありがとうございます! と最初に会ったときとは想像も出来ないあかるい笑顔を浮かべたステンと、安堵の表情を浮かべたハンナが応接室を後にした。
手をつないだ親子からは不安よりも来年への期待が見え、よかった。とカリムは素直に胸をなでおろす。
「まさか、セイレーンとはなあ……」
ラルスはエミリアーノから調査結果を聞いてから、何度も同じことをつぶやいている。気持ちは分かるが、いい加減耳にタコだぞ。とカリムは思ったが言わない。惚れた弱みというやつだ。
セイレーンとは南方の海に暮らす、綺麗な歌声を持つ種族である。
テリトリー区分が出来る前は、海洋に乗り出した人間含めた他種族の船を沈めて回ったたため、海洋の死神。などと呼ばれていたが、通り名に反して温厚で明るい性格のものが多い。
問題として挙げられるのはセイレーンたちが好んで歌う歌である。セイレーンはたまった魔力を歌として放出するのだが、ため込んだ魔力を一気に解放するため本人たちの意思とは関係なく衝撃波のようになってしまうのだ。
それにより渦ができたり、大波になったり、天候が荒れたりと自然災害が起こった結果、偶然居合わせた船が転覆。本人たちの気質とは関係なく海洋の死神。という不名誉な通り名がつくようになった。
異性を海に誘い込んで殺す。という話もあるが、歌に含まれる濃度の高い魔力によって間近で歌を聞いたものが魔力酔いを起こし、魔力耐性が低いもの。とくに人間などが酔っぱらって船から落下する。これを惑わされた。そう勘違いしたのが始まりとされる。
本人たちはただ歌っているだけなので悪気はなく、その事実を他種族が理解してからは事故は減った。それでもたまにうっかり沈没や落下は起こるらしい。
「セイレーンの異種双子は初だそうだ」
「そりゃ、届かねえわけだよな……」
異種双子がどの種族にどの程度生まれるのかは、いまだに分かっていない。
下位種に多いと言われるが、中位種、上位種にも生まれる。今回のセイレーンは中位種であり、今まで異種双子が生まれたことがなかったため、異種双子が生まれるなんて人間もセイレーンも思ってもみなかったらしい。
そのうえ温厚で明るい種族特性の結果、紋章をもって生まれた子供を見て「あら、珍しい」で終わってしまっていたらしい。
広い海で生まれ育ったからって大らかすぎる。とエミリアーノは疲れた顔をしていた。
「でも、ステンの片割みつかってよかったな!」
「学院は大変だろうけどなあ……」
上機嫌なラルスと違って、カリムは母校を思い浮かべて顔をしかめた。
今までいなかった海洋種が来年入学する。その事実を伝えられた学院は現在、急いで改修工事をしていると聞いた。
セイレーンは水辺がないと生活できない。人型をとることも可能だが、陸上種に比べると時間制限がある。水に入りたくなった時に入れる環境づくり。衝撃波を放つ歌への対策。
教職員たちは頭を悩ませていることだろう。
一年ほど準備期間が確保できたと前向きにとらえてくれればいいがとカリムは遠い目をする。8年もの間お世話になった教職員にはどうにも頭が上がらない。
異種双子の学校の教員は、元異種双子であることも多く在学中も卒業後も相談、手助けをされる機会も多い。
文句を言われたら、八つ当たりと分かっていても受け流される自信がカリムにはなかった。
「それにしてもお前、よく海だって気づいたな」
「紋章のことか?」
「私はやけに線が多い紋章だな。くらいしか思わなかったぞ」
紋章というのはシンプルなものから複雑なものまで様々だ。
カリムとラルスはシンプルな方だが、エミリアーノは十字架にバラと中々洒落た紋章を持っている。大きさも模様もバラバラで、意味深なものからそうでもないものまで本当に多種多様。
今回は偶然にも種族をイメージした紋章だったため見つけることができたが、そもそも内陸国で育ったエミリアーノ、カリムには海という発想がない。ラルスがいなかったら答えが目の前にあるというのに気づかずに終わっていたかもしれない。
「学校に入学する前に、一度海いったことあんだよ」
予想外の言葉にカリムは驚いた。
ワーウルフのテリトリーは西方にあり、「人の国」ともそれほど離れていない。そこから海となると気軽に遊びに行ける距離ではない。
学校に入学する前となればラルスは10才以下。子連れとなれば余計にだ。
何でまた。という表情が顔に出たのかラルスは視線をそらす。
「片割と会ったら『人の国』からは出られなくなるだろうから、今のうちに外の世界みとけ。って親父が」
「私がお前を監禁してるような言い方だな」
「どっちかっていうと、お前ら人間が。っていうより俺たち異種族が。じゃねえ?」
ラルスは少し困ったような、悲しそうな顔をした。
「海ってさあ、でっかくてすげぇんだぞ。山とか川じゃ見れねえ生物とかいるし、綺麗だし。波とか面白いしさ。水舐めるとしょっぱいんだ。
一回お前にも見せてやりたかったなあ。実物」
そういいながらラルスは寂しそうな顔をする。
人間は「人の国」から出られない。いや、出ることは出来るが生きて帰れるかが分からない。
この世界はそういう風にできている。
「……お前と一緒なら何とかなるんじゃないか」
そういうとラルスは虚をつかれた顔をした。
「守ってくれるだろ?」
「日頃、嫁、嫁いってる相手に守ってくれっていうのか?」
「自分より強い相手を嫁とよんではいけない。という決まりはない」
腕を組み、わざと踏ん反り帰って見せるとラルスは声をあげて笑う。
悲しそうな顔よりもそっちの方がいい。カリムはそう思って目を細めた。
ラルスは目つきが悪い。そういわれるが、笑うと途端に幼くなり表情が柔らかくなる。それを見るのがカリムが好きで、笑わせられる存在であり続けたい。そう思う。
「そうだなー。面白いかもな。でも俺だけじゃ不安だからヴィオ呼ぶか」
「……」
王都から離れた南方にて生活する同級生を思い出し、カリムは顔をしかめた。
お前ほんとにヴィオ好きだな。と口に出しそうになるが、機嫌のよいラルスを不機嫌にしたくないので黙り込む。でも不満はちょっとにじみ出た。そのくらいは許してほしいところだ。と誰に対してでもなく言い訳する。
「あとは何かあったときのためにエミリアーノさんと、旅慣れしてる翼さんはいた方がいいよな」
「……大所帯にならないか?」
「遊びに行くなら大人数いた方がいいだろ」
ラルスは楽し気にいうが、カリムの本音としては2人きりの方がいい。
海とラルスの組み合わせは間違いなく綺麗に違いない。とラルスがきけば「目が腐ってる」と言われることをカリムは何の疑いもなく思う。
だが、ラルスが楽しそうだからいいか。とウキウキしながら計画を練るラルスを見たら満足して、カリムは柔らかな笑みを浮かべた。
ステンとセイレーンの2人にも穏やかな日常が訪れればいい。
ラルスと出会ったことで少しだけ余裕が出た心で、カリムは後輩の幸せを願うのだった。
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