遠い場所の運命

1 相談

 不安そうな顔で下を向く子供を見て、カリムは顔をしかめた。


 ヒマなことの方が多い異種仲介屋の応接室に今日は客人がいた。男の子とその母親。たいして広くもない部屋の中央に置かれたソファに座っている。

 落ち込んだ様子の男の子は10才になるか、ならないか。その年頃の子供であれば、元気に外を飛び回っているだろうに背中を丸めて下を向く姿は哀れだ。

 励ますように母親が背を撫でているが、男の子の様子に変化はない。


 隣に座ったラルスがクンクンと匂いを嗅いで顔をしかめた。

 ワーウルフという種族は嗅覚がするどい。

 匂いで仲間の体調を確認し、おおまかな感情も察することができるという。集団で狩りをするために身についた技は、狩り以外の日常においても有用だ。特に初対面の人間を観察することにおいては。


「かなり気落ちしてる」


 同じソファに座っているラルスがカリムにしか聞こえない、小さな声でつぶやいた。こんな小さな子供なのに。という哀れみが表情にうかび、思わずカリムはラルスの背を撫でる。

 片割が悲し気な顔をするのを見ていられなかっただけなのだが、ラルスからすると意味が分からなかったらしく、鋭い目を瞬かせる。

 ラルスの表情から悲しみが消えたのを確認すると、カリムは満足して親子へと向き直った。ラルスは意味が分からずにカリムを凝視しているが、マイペースなところがあるカリムは気にしない。


「今回はどういったご用件で?」


 カリムが声をかけると、男の子が顔をあげた。初めてカリムに気づいたというような驚いた顔をする。応接室に入ってきた時から心ここにあらず。といった様子ではあったが、いくら何でも落ち込みすぎではないかとカリムまで心配になってきた。

 

 男の子は不安そうにじっとカリムを見ていたが、なぜかカリムの首元を見て動きを止める。

 あまりにもじっと見つめられるため、首に何かあっただろうか? とカリムは不思議に思い、眉をよせた。

 あるとしたら生まれ持っての紋章くらい。子供からすると物珍しいのか。とカリムが考えていると、男の子は突然ソファから立ち上がり、勢いよく服をめくり上げた。


 予想外の行動にカリムとラルス、母親もギョッとする。

 だが、カリムとラルスは男の子がめくり上げた服の下にあるものを見つけ、さらに驚いた。


「お兄ちゃんたち……ぼくとおんなじ?」


 そういって不安そうに、それでいて期待のこもった視線を向けてくる男の子のお腹には異種双子を表す紋章が刻まれていた。


 この世界には生まれつき紋章をもって生まれてくる存在がいる。

 異種双子と名付けられた不思議な存在は「人の国」にて手厚く保護されている。その理由は貴重性と特性にある。

 紋章をもって生まれた人間には、同じ紋章をもつ片割が必ず存在する。その片割は人間ではなく、必ず異種族。同じ紋章を持ち、同じ日、同じ時間に別々の場所で生まれてくる神秘的な双子。


 カリムとラルスも異種双子である。

 カリムは人間として生まれ、ラルスはワーウルフとして生まれた。2人が異種双子の片割れである。その証明が首にある同じ紋章だ。


 自分たちの後輩にあたる男の子はステン。母親はハンナと名乗った。

 自分と同じ存在だと気付いたステンの表情は少しだけ上向きになり、子供特有の好奇心を含んだ輝く瞳でラルスとカリムを見つめている。

 子供と遊ぶのが苦手なカリムはどうしようかと狼狽えた。すかさずラルスが脇を小突いてくる。視線を向けると「怖がらせるなよ」と小声で注意された。


 見た目でいうならラルスの方が子供を怖がらせる容姿をしている。目つきが悪いし、人間ではないため野生動物じみた鋭さがある。

 一方カリムは成人男性にしては小柄な体系、女性にも間違われる整った容姿から女の子や母親世代に好意的に受け入れられる。

 しかし、それはあくまで第一印象。付き合いが長くなるにつれて評価は逆転する。

 ラルスは外見は怖いけど優しいお兄ちゃん。カリムは見た目は綺麗だけととっつきにくくお兄ちゃん。そう変わってしまうのである。


 とくに男の子にカリムの見た目は評判が悪い。逆にラルスは男の子に好かれる傾向があり、カリムはラルスにステンは任せるべきかと考えた。

 だが、そこで引っかかってくるのは母親のハンナである。ハンナは先ほどからステンから片時も体を放さず、カリムとラルスを値踏みしている。特にラルスに対して警戒している様子から見て、ラルスが異種族。そう察しているのだろう。


 人と異種族が入り乱れる王都でも異種族嫌いな人間は存在する。

 それに関しては個人の価値観の問題のためカリムがどうこういうつもりはない。嫌いな存在に無理にかかわろうとするよりは、嫌いだと距離をとった方がトラブルは少ない。

 ハンナはそうして生きてきた人間なのだろう。


 ただ今回の場合はそうはいかなかった。

 ハンナが異種族嫌いだろうと息子のステンが異種双子として生まれた以上、全く関わらないというのは不可能だ。異種双子は国から保護されており、異種双子であると隠すことも、片割との面会を拒否することも禁止されている。

 そのうえ異種双子は片割の事を良い意味でも、悪い意味でも無視できない。

 ハンナが異種族に対して否定的であろうと、ステンは片割に会いたいという欲求を抑えることが出来ないだろう。それは先ほどからカリムとラルスの紋章をじっと見ていることからもうかがえる。


 だが、今まで一切かかわらずに避けてきた存在に関わらなければいけない。しかも最愛の息子にとって重要な存在。母親としては不安だろう。そのくらいのことはカリムにだって察しがつく。だからこそ、こうして仲介屋に訪れたに違いない。


「それで、どういったご用件でこちらに?」


 カリムはステンの行動によって流れてしまった質問をもう一度口にした。

 これを聞かなければ話が進まない。警戒するのも不信感を抱くのも勝手だが、訪ねてきたのはそちらだ。とカリムは無表情で切り出した。

 ラルスが呆れた顔をしてカリムの脇腹をつっついた。お前その不機嫌な態度を隠せ。と表情が語っているが、カリムはかすかに眉を寄せるだけだった。


 ハンナの気持ちは分かる。だが受け入れられるかと言われると話は別だ。

 カリムからすると大事な片割であり、公私ともにパートナーであるラルスに犯罪者を見るような視線を向けられて、不満を覚えないはずがない。

 当の向けられたラルスは特に気にしていないのか、慣れているのか、ハンナに対するよりはカリムに対してあきれ果てている。

 

「ごめんなー。こいつ愛想なくて」


 ラルスは困った笑みを浮かべてカリムの頬を突っついた。

 ラルスの言葉と笑顔が意外だったのか、頬をつつかれているカリムが間抜けに見えたのかハンナは目を見開いて、少しばつの悪そうな顔をした。

 ぎゅっとつかんでいたステンから手を放すと、両手を膝の上に乗せる。


「私こそすみません。こういったところに来るのは初めてで……その、友人にも異種族はいないので……」

「気にすんな。そういうやつ多いし。っていうか、異種族と関りなかったのに異種双子が生まれたってことは、お母さん、かなり不安だっただろ。よく頑張ったな」


 ラルスの社交辞令ではなく本心からだと分かるいたわりの言葉を聞いて、ハンナが顔をゆがめた。不快さではなく、泣きそうになったのをこらえようとする表情にラルスは柔らかな笑みを浮かべた。

 その笑みを見たハンナの体から緊張が抜ける。ラルスなら大丈夫。そう安心した様子を見て、カリムはさすがラルス。と思いながらも、自然と人をたらしこむ姿を見ると複雑である。

 真っ先にたらしこまれた人間としては、自分だけにしておけ。と言いたいところだが、今はそんなことをいう場面でもないとカリムは大げさに咳ばらいをした。


「それで、事情をお聞きしたいのですが」


 先ほどよりもさらに固くなったカリムの声を聞いて、ラルスが首をかしげた。

 何でお前さらに不機嫌そうなの? とラルスの不思議そうな反応を見たが、説明できるはずもない。強引に話を進める。


 ハンナの話を要約すると、こういうことになる。

 ステンは今年で9歳。異種双子は10才になると異種双子が集められる学校に通うことが義務付けられているが、先ほど言った通りハンナは異種族との交流をしてこなかった。

 拒絶とまではいかないが、怖い。という感情あって、近づけなかった。という話を聞けば仕方ないと思う。

 異種族というのは人間よりも五感、身体能力、寿命ともに上。その気になればあっさり人を殺せるうえ、王都に多い異種族であるワーウルフ、猫又ともに肉食種である。


 それを異種族側もわかっているため、人に混ざって生活することになれた異種族は種族を隠すのが上手い。

 ハンナは今まで異種族と関わって来なかったといっていたが、異種交流が当たり前になった王都で一切かかわらない。というのは難しい。

 おそらくは異種族と会ってもそうだと気付かなかった。というのが真相。だがそれを口にして疑心暗鬼になられても困るのでカリムは口には出さなかった。


 異種族とかかわりが薄いハンナにとって、ステンが異種双子に生まれた。というのはかなりのストレスだったようだ。一応異種族について調べてみようかと思ったのだが、何から調べていいか分からない。

 子育てだって、毎日の生活だってあるため、気が付けばあっという間に月日がたち、学校入学まであと1年。


 そう自覚したとたん、急に不安になったのだそうだ。

 うちの子供の片割はどの種族で、どんな相手なのか。全く違う文化で育った相手と息子は上手くやっていけるのか。他の異種双子たちとも馴染めるのか。などなど。


 親としては当たり前の不安である。

 学校に入ってしまえば長期休みにしか帰ってこれない。連絡手段は手紙しかないため、ステンに何かがあってもハンナがすぐに知ることが出来ない。

 不安が積み重なった結果、せめて片割の種族だけでも確かめよう。そう思い立ち、学校側に片割の調査を依頼したのだという。

 事前に学校側に子供の片割を調べてほしい。そう依頼する親は少なくない。

 カリムも学校に入学する前から片割がワーウルフである。という情報は手に入れていた。

 

 当時のことを思い出してカリムは顔をしかめ、記憶を振り払うために眉間の皺をもむ。カリムにとっては黒歴史であり、あまり思い出したくはない記憶だった。


「何で、調べてもらったのに俺たちのところに来たんだ? 結果出たんだろ?」

 

 ラルスはハンナの話を聞いて不思議そうな顔をした。

 堅苦しい態勢でいるのに飽きたのか、姿勢が早くも崩れている。だらしなくも見えるが、ハンナが気にしていないようなのでカリムは見なかったことにした。


「それが……、わからなかったんです」

「分からなかった?」

 

 カリムとラルスの声が重なった。黙って話を聞いていたステンが目を丸くする。

 それからソワソワと落ち着かない様子でカリムとラルスの首元、紋章を見比べる。もしかしたら異種双子だから息があっている。と思ったのかもしれない。

 残念ながら、異種双子だからではない。単純に私たちが以心伝心なのだ。とカリムは自慢したくなったが、口にだしたらラルスに冷たい目で見られることは分かっているので黙っていた。


 口に出さなくてもくだらないことを考えている。そう匂いで伝わったのかラルスが冷めた目でこちらを見ていた。

 軽く咳ばらいをしてハンナに向き直る。


「分からなかったということは、人間に友好的な種族。ワーウルフ、猫又などの代表的な種ではなかったということですね」

「その可能性が高いと説明されました」


 ハンナの落ち込んだ様子を見て、ステンは高揚した様子から一転して肩を落とす。

 ステンが落ち込んでいた理由はこれか。とカリムはやっと納得がいった。

 ハンナの思惑とは別にステンは自分の片割がどんな種族なのか、純粋に楽しみにしていたのだろう。それが全く分からなかったという結果が出て、不安になってしまったのかもしれない。自分の片割はいないのではないかと。


 実際のところ、お腹にハッキリと紋章があったことから考えてステンの片割が死んでいる。存在しない。ということはあり得ない。

 異種双子というのは片方が死んだ場合、紋章が消える。紋章があるということは片割は世界のどこかで生きている。という確かな証明なのだ。

 それをステンが知っているかどうかは分からないが、説明したところで納得しないだろうとカリムは口には出さなかった。


 まだ10歳にもならない少年にとっては調べつくされた事実よりも、今目の前に片割がいない現実の方が重要だ。

 同じ異種双子だからこそ分かる、自分の半身かけたような感覚。それをステンは幼い身で味わっているのだと思えば、放っておけない気持ちになる。


「ステンが入学するの来年だよな?」


 ラルスが真剣な顔で確認をとると、ステンは泣きそうな顔で頷いた。その表情を見て、ラルスが痛まし気に眉を下げる。耳としっぽが表に出ていたら確実に下がっていただろう表情を見るとカリムまで悲しくなってきた。


「その年まで紋章の記録が届いてないってのは……」

「人間に友好的ではない種族に片割がいる可能性が高いな……」

「その場合、どういうことになるのでしょう」


 ハンナの問いかけにカリムは顔をしかめる。ハンナには説明した方がいいだろうが、ステンの耳に入れるには早い。確証もないことを落ち込んでいる子供に伝えられるほど、カリムは薄情ではない。

 カリムがラルスに視線を向けると、ラルスは頷いた。カリムが思ったことを正確に読みとり、ソファから立ち上がってステンの前に移動する。ステンの前に体育座りすると、「俺と遊ばねえ?」と首を傾げた。


 その姿を見てカリムは一瞬表情が緩みそうになった。うちの嫁可愛い。と叫びそうになるのをこらえるために胸の前に手を当てる。

 幸運なことに、ラルスに注意がいっているハンナはカリムの奇行に気づかなかった。

 ラルスもステンに意識を向けているために、虫の死骸をみるような視線を向けられることもなかった。本当にカリムは幸運だった。


 ステンに聞かせたくない話がある。そう察したらしいハンナが「せっかくだから遊んでらっしゃい」とラルスに合わせる。

 ハンナからの許しがでたステンはワクワクした様子でラルスを見上げた。おそらく初めてみる異種族。そして自分と同じ異種双子だ。本当はもっと話したかったに違いないのに、空気を読んで大人しくしていたのだから賢い子だとカリムは感心した。


 ラルスは立ち上がると、軽々とステンを抱き上げた。それほど筋肉があるように見えないラルスの行動にハンナは驚いた顔をしたが、丁寧にステンを抱きかかえる姿を見ると何も言わずに目を細める。

 穏やかな表情から見てハンナの中で異種族のイメージは大きく変わったようだ。

 さすがうちの嫁。と口にだしたら唸られること間違いないことを思いながら、カリムは応接室を出ていくラルスとステンを見送った。


 楽し気な声が遠ざかるのを確認してから、カリムはハンナに向き直る。

「新生児に紋章が見られた場合、国に申告し、紋章の記録が保存されることはしっていますね?」


 カリムの言葉にハンナがうなずいた。

 異種双子として新生児登録した時点で説明されることであり、この紋章を使って片割の調査は行われる。

 紋章は唯一無二。他の異種双子とかぶることはない。そのために国は紋章を記録し、異種族にも紋章の記録を送ってもらうように頼んでいる。

 異種双子の同じ年、同じ日、同じ時間に生まれるという特徴もあり、入学前の片割の判定は簡単だ。親の意向によっては学校入学前から会うこともできる。


 しかし、これは異種族側が「人の国」に好意的だった場合に限る。


「人間が異種族に対して不信感を持っている者がいるように、異種族にも人間に対して不信感を持っている者もいます。そうした気持ちが強い異種族に御子息の片割がいた場合、異種双子として申告されない場合があります」


 ハンナの顔色が青ざめた。


「その場合どうなるんですか……」

「……最悪、ご子息は片割と生涯会えません」


 隠しても意味がないとハッキリと告げた。こうした事例はよくある。

 異種双子は多くは下位種。ワーウルフや猫又といった「人の国」にも馴染んだ種が多いため、大々的に問題にはならないが中位種、上位種となると複雑化する場合がある。

 下位種と違って中位種。特に上位種となると「人の国」やほかの種族と国交を結ぶ必要がなく、独立して生活できる。そう主張する者が多くなり、異種双子に対して否定的な意見が強いのだ。

 そうなるといくら人間が異種双子が生まれたら報告してほしい。と訴えても、生まれなかった。としらを切られる事になる。


 こうした問題についてヴァンパイアは頭を痛めているようだが、未だに明確な解決策は見つかっていない。時間をかけて少しずつ、異種双子という存在の有用性、国交の重要性を説いていくしかない。と先輩にあたる異種双子のヴァンパイアは頭を抱えていた。


「そんな……あの子に、なんて説明すれば……。片割の記録が見つからないって言っただけでも、あんなに落ち込んでいたのに……」


 ハンナは目に見えて肩を落とし、両手を膝の上で握り締めた。下を向いて表情はよく見えないが、唇をかみしめているように見える。

 部屋に入ってきたときのステンの落ち込みようを思い出して、カリムもどうしたものかと悩む。同じ異種双子としてステンの気持ちはよく分かる。小さな子供が悲しんでいる姿というのも見ていて気分のいいものではない。


「……一応こちらの伝手で探してはみますが、期待はしないでください」


 カリムの言葉にハンナは顔を上げた。すがるような顔でカリムを見て「お願いします!」と叫ぶ。その声を聞いてカリムは、安請け合いしてしまったかな。と少しだけ後悔した。


 どうにかできるかは別として、どうにかしたいというのは本心だ。

 本人たちの意思ではなく、大人の都合。種族の都合で振り回されるなんてかわいそうだとカリムは思う。

 無事に出会えたからといって何の問題もなくうまくいくものではない。そのことをよく分かっているからこそ、語り合う機会すら与えられないのは無常すぎる。


 頭をさげるハンナに声をかけながら、カリムはさてどうしたものかと考えた。

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