カルテ6ー1 嬉しいも楽しいも二つ分
梅雨は7月に入っても明けることなく暗暗とした空模様が続いていた。そして月も後半に差し掛かったかというこの日の夜、突如として大嵐がキョウシュウエリアを襲っていた。
博士は図書館の薄い窓ガラスを打ち付ける雨の打音と隙間風を疎ましく感じながらも、いつもと変わらずに読書と研究に打ち込んでいた。
「いくら調べ物に熱中しているからって食べるものは食べないとまた体調崩すのです。サキにも注意されていたではないですか。」
助手は運んできた夕飯をテーブルにガサツに置くと、博士はようやく読んでいた書類から目を離した。
「そうですねぇ。帯状疱疹はもう嫌なのです。痛いので。」
「でしょう。ただでさえ最近引きこもり気味で痩せ気味なんだから気をつけるべきなのです。」
そう言って博士のとなりの椅子に座ってじゃぱりまんを勢いよく口に放り込んだ。それを見て博士もお盆に乗ったじゃぱりまんを手にとって小さくちぎって口に運んだ。
「ずいぶん熱が入っていたようですが例の鞄の中身の件ですか?」
助手が尋ねると博士は小さくうなずいてテーブルに重ねてある書類の一つを引き出して助手に手渡した。古ぼけた1枚の紙切れには雑誌のページのコピーが写されてあった。
“JAPARI-Journal Medical 2058年春号
2058年1月 フレンズ特有の重篤な疾患として治療法の確立が急がれるフレンズ群発性脳脊髄晶質化症候群に対し、この分野の急先鋒である岬医師率いる研究チームが晶質性腫瘍の外科切除による治療法の臨床実験を行った。(中略)。しかし患者フレンズは手術の翌日突如意識障害を発現。昏睡状態に陥りその後の治療の甲斐なく1週間後に死亡。死因は脳ヘルニアによる中枢神経障害。
この件について研究チームのリーダーである岬医師は患者死亡の翌日、以下のように述べている。
「我々の力が及ばず患者が亡くなってしまったことは非常に悔しく、悲しい。彼女の死を決して無駄にせず、治療法の完成に尽力することを、これまで共に闘ってきたマツリカ(※)に誓い、さらに研究を進める。」
※編集部注:マツリカは患者の愛称。患者の種名は非公表。“
助手はこのコピーの記事を2、3度読見返してもあまり要領を得ず頭をかいた。
「細かいところはわからないのですが、つまりユウホという医師が実験の末患者を死なせたというのはおおよそ事実だと…。」
「そうだと思うのです。そしてこの記事に出てくるマツリカという患者のニックネームも、例の小瓶のラベルに書かれているものと同じなのではないでしょうか。もしかするとその瓶に入っている物は、マツリカ=MATSURIKAという患者の遺体の一部なのかも…」
「…気味悪いのです。それ以上はあまり聞きたくないのです。」
悪趣味な予想に眉をひそめた助手は耳を塞いで不快感を露わにしたので博士もそれきり口をつぐんだ。
しばらく図書館のフロアには雨音だけが反響していた。
そんな中、突然激しくドアをノックする音が階下から飛び込んできた。突然のことに二人は驚いて目をパチクリさせた。
「こんな天気の中いったい誰なのですか。助手、ちょっと応対してきて欲しいのです。」
助手はめんどくさそうな顔をしながらも1階に降りてドアの前に立ち、誰なのかと問うと、すぐにドアを叩く音と一緒に慌ただしい口調で返事が返ってきた。
「誰かと聞かれたらアライさんとフェネックなのだ!お願いなのだ、こんなひどい雨になるなんて思ってもいなかったからちょっとだけ雨宿りさせて欲しいのだ!!」
「…仕方ないですね、上がるといいのです。」
そう言ってドアノブに手をかける前に向こう側から勢いよくドアが押されて、びしょ濡れのアライグマとフェネックが室内になだれ込んできた。その勢いに押されてアライグマはバランスを崩して床に転げた。そんな様子を見て助手はやれやれとあきれ返りながらバスタオルを放ってやった。
「いやーちょうど行きがかりに図書館があって助かったよ。」
バスタオルを受け取ったフェネックは濡れた髪や首筋を拭い、まだ床の上でのびているアライグマの頭も拭いてやった。それに気づいてアライグマはようやく体を起こした。
「本当なのだ。フェネックが雨雲に気づかなかったら今頃もっとびしょびしょだったのだ。やっぱりフェネックはすごいのだ!」
照れるフェネックの横でアライグマは自分のことのように自慢げに胸を張るのを見て、助手はかつてアライグマがここに訪ねてきた時のことを思い出した。
「ちょっと見ない間に随分と元気になったのではないですか。いい傾向なのです。」
「もう大丈夫なのだ。確かにあの時のアライさんはとても落ち込んでいたのだ。だけど今は、今のフェネックがいてくれるから安心なのだ。」
「どっちが年上かわからないのです。」
安心した助手の言葉にアライグマはあははと幸せそうに笑っていた。
しばらくして博士も一階に降りてきてアライグマとフェネックを出迎えて二人をソファーに案内した。
「お前らは確かここよりも南の地方に住んでいるはずです。こんな夜中にここにいるというのは何か急ぎの用でもあるのですか?」
博士はそう尋ねつつソファーの前の机に水を注いだコップを人数分並べた。アライグマは置かれたそのコップを手にとって一口水を飲むと勢いよくしゃべり出した。
「よくぞ聞いてくれたのだ。実は平原の端の方にお宝が埋まっているという情報を掴んだのだ。最近その辺を飛んでいたハクトウワシが何か光るものが崖の辺りに見えたといっていたのだ。だからアライさんたちが一番乗りしてお宝をゲットするって算段なのだ!」
「アライさん、それ言っちゃって良かったの?秘密だって言っていたじゃないか。」
「あっ、しまった!博士、今のは聞かなかったことに・・・」
「別に先取りしようなんてこれっぽっちも思っていないのです。」
慌てるアライグマの言葉を博士はあっさりと切り捨てて向かいのソファーに腰を下ろした。
「平原の崖辺りはこの間助手が見回りに行っていたみたいですが、最近の雨で大分地面が緩くなっているのです。この嵐が明日も続くかもしれないので行くなら足元には注意なのです。」
「多分ね、この雨の降り方だと明け方には止むよ。アライさんはこんな感じでちょっと急いでるみたいだし、明日の朝には出ようかなって。」
「どうしてわかるのですか。」
フェネックがやけにきっぱりと言い切るので博士は少し興味をひかれた。
「私、空や星を見て方角や天気をみるのが得意みたいでね。」
「そういうことにかけてはフェネックはすごいのだ。方向を教えてくれたり嵐を避けたり、アライさんは大助かりなのだ。」
「得意、ねえ。面白い才能なのです。ともかく明日晴れるといいですね。」
あまり興味をひかれない答えだったので博士は適当に返した。
しかし結局フェネックの予言通り嵐は夜明け前には止み、太陽が昇る頃には空はすっかり晴れ渡っていたのを目の当たりにして博士は驚いた。
「これはお見事というほか無いのです。すごい才能なのです。」
博士の褒め言葉を横で聞いていたフェネックはニンマリとした自慢げな笑顔を浮かべた。
「博士、泊めてくれてありがとうなのだ。お陰でぐっすり休めてお宝探しの準備は万全なのだ。」
朝早くから起きて支度を整えたアライグマはそう言い切るや否や出口のドアを勢いよく開け放ち外へ駆け出していった。飛び出していったアライグマを慣れた目つきで静観していたフェネックもソファーから起き上がると礼を一言言って図書館から去っていった。
二人が出て行った後、助手が博士のそばにやってきて耳打ちした。
「博士、あの二人が探している宝とはもしや例の銀色のアタッシュケースなのではないのですか?」
「もちろんその可能性はあるでしょう。でもそうと決める理由は無いのですし、もし何か別のものが見つかったら、それはそれで面白そうではないですか。」
冷静ながらも博士はクレバーな笑みを浮かべ、二人に出したコップを手にとってまだ残っていた水を捨てた。
久々の太陽光は昼に近づくにつれて強さを増し、平原の端の高台にそって進む二人を容赦なく照りつけた。いくら体力に優れるフレンズとはいえこの暑さは堪えるようで、アライグマは犬のように舌を出してぜーはーと大きく息をつなぎながらなんとか斜面を登っていた。
「とんでもなく暑い、暑すぎてしんどいのだ・・・どうしてフェネックはこんなに歩いてもピンピンしているのだ?」
アライグマの3歩先を歩いていたフェネックは元気よく後ろを振り返って自分の大きな耳を軽く引っ張って言った。
「私は元々砂漠にいるフレンズだからね。大きな耳のお陰でこのくらいの暑さなら平気なのさ。ほら、あそこに木陰があるからそこで少し休もうか。私が水を見つけてくるから。」
フェネックは近くにある一本の木を見つけて、その下にできた木陰にアライグマを座らせ、自分は斜面の途中にある林に入って、大きめの葉に乗っていた雨露をいくつか集めてきた。
「ほらアライさん、これ飲んでいいから。」
水をためた葉の器を前に差し出すとアライグマは手にとって一気に飲み干してしまった。
「ぷはー、生き返ったのだ。これでまた歩けるのだ。あっ、でも・・・」
「どうしたの?」
「フェネックの分の水、飲んじゃったのだ。」
申し訳なさそうに呟いたアライグマを見てフェネックは可笑しくなって笑い出した。
「そんな顔で謝んなくたっていいよアライさん。さっき言ったでしょ、私は暑さはへっちゃらだからさ。」
そう笑い飛ばして手を差し伸べると、アライグマその手をとって素早く立ち上がった。
「そうなのか?それなら先を急ぐのだ、グズグズしていると誰かがお宝を先取りしてしまうのだ!」
アライグマはそう言い切って、また道の先へと駆け出していった。そのすぐ後をフェネックは自分の子供を見守るような穏やかな表情でのんびりと追いかけた。
さらに歩き続けて数時間、厳しい直射日光が降りかかる中二人はついにお宝が眠るという目的の地点まで到達した。二人がいるのは崖の上で、所々に土砂が崩れたような痕が見られ、4~5メートル下の崖下の地面には水を含んだ黒茶色の土砂が積もっていた。
「ねえアライさん、本当にここであっているの?」
「間違い無いのだ!遠くに見える山の形、右のほうに見える沼。ハクトウワシから聞いた場所の特徴に似ているのだ。」
アライグマは手に入れた情報にかなり自信を持っているようだったが、フェネックは素っ気なく「そっか。」とだけ返事をした。
「情報によるとこの崖上から下を見下ろせば何か光るものが見える、はずなのだ。」
アライグマは崖の縁から身を乗り出して下を覗き込んだ。しかし崖下は土砂が埋め尽くし、光りそうなものは見当たらなかった。
「そ、そんなぁ。ここまで来てそれは無いのだ!フェネックもちょっと見てほしいのだ。」
そう言われてフェネックはアライグマが必死に下を見回す横に座って一緒に見下ろした。しかしフェネックが見ても黒と茶色の土砂ばかりで他には何も見えなかった。上から見てもラチがあかないので二人は崖下に降りて、まだぬかるんでいる地面を注意深く観察したが、やはり何も見つからず途方に暮れた二人は近くの岩陰で休むことにした。
「何にも見つからないね。どうしようかアライさん。」
さすがにフェネックも疲れたのか呼吸は荒く額の汗を拭っていたが、今はお宝のことしか見えていないアライグマは諦めきれない様子だった。
「きっと昨日の土砂崩れで埋まってしまったのだ。掘れば何かきっと出てくるのだ。」
「えーっ」
この炎天下でそんな作業はしたく無いとフェネックは躊躇ったが、依然としてアライグマの気持ちは揺らがなかった。
「そしたらフェネックはここで休んでいてもいいのだ。このお宝探しは元々アライさんが言い出したことだから、このアライさんが直々にカタをつけてくるのだ。」
アライグマはそういうと崖下の泥地へ駆け出し、一面に広がる土や泥を手当たり次第掘り返し始めた。一人で黙々と土を掻き分けるアライグマの姿を遠目に見てフェネックは少し呆れたように笑って独り言を言った。
「アライさん、本当に前しか見えてないねー。そこがアライさんの良さでもあるんだけどな。」
次から次へと流れ出る汗を拭いながら、アライグマとの出会いの日の光景が今日の晴天に重なり、懐かしい記憶が掘り起こされてきた。
フェネックとアライグマが出会ったのは5年以上も前のよく晴れた暑い夏の日だった。砂漠の真ん中で力尽きて倒れていたアライグマをフェネックが介抱したのがきっかけだった。アライグマを巣穴に運んで休ませて、日がくれた後にようやく目を覚ました時、顔を覗き込んでいたフェネックはアライグマと目があった。最初はぼーっとしていたアライグマの目には次第に涙がたまっていき、一言こう言ったのをフェネックはよく覚えている。
「生きている…のだ。」
その後、アライグマは探し物に熱中していて行き倒れたと聞いて、フェネックはなんだか放って置けないなと感じ、それ以来ずっと二人で暮らしてきたのだった。
「結局アライさん出会った時からは何一つ変わっていないんだね。いや、私もそんなに変わっていないかも。」
さっきと同じくらいの距離の地点に座り込むアライグマの姿を眺めながら、フェネックは顎や首筋から滴る汗を拭った。歩いている時よりも多くの汗が体から吹き出ているような気がした。時刻は正午を過ぎ日差しは一層苛烈になっていく時間帯だ。こういう時は動物でもわざわざ炎天に身を晒すことは避けるものである。
「この気温と湿度、そろそろアライさんも休ませないとまた倒れちゃうかな。」
フェネックは気を利かせて遠くで土をいじっているアライグマに休むように呼びかけようと立ち上がった。
はずだった。
「え、あれ?」
フェネックは確かに自分は立ち上がったものだと思っていたが、依然自分が座ったままだった。それが何故なのか理解できず戸惑った。おかしいと思いながらもう一度立ち上がろうと足に力を入れた、しかし何故か足に力が入らず立ち上がれない。足が自分の体の一部で無くなっていくような感覚に襲われた。そして地面についた右手も痺れて動かなかった。
「な、なに・・こ・・・
あ、あ・・・さ・・・・・て」
アライグマに助けを求めようと声を張ろうとしたが、どういうわけかうまく意味のある音声にならない。ひどく混乱したフェネックはグワングワンと揺れるようなめまいの中で、底知れぬ恐怖を感じた。
(私、どうなっちゃったの? わからない。なんで?動いて。
たすけて、アライさん)
一瞬視界が照明が落ちたかのような闇に覆い尽くされたかと思うと、遠くに見える地平線が大きく回転し、あり得ないほど傾くような感覚に襲われた。めまいが一層ひどくなり目の前の光景はただ見えているだけになり、うまく認識ができなくなっていった。もう声を絞り出すことさえもできなかった。
次第に右手からも力が抜けていき、フェネックは体を支えきれず肩から静かに地面に倒れこんだ。
フェネックのいた岩陰から少し離れていたアライグマはフェネックの異変に気づくことが出来ず、ひたすら地面を掘ってお宝の痕跡を探っていた。足元の地面にはどういうわけかガラスのかけらやくすんだ金属の切れ端が所々に埋まっていた。しかしそれらはお宝というほどの価値のあるものとは見えず、見つけるたびにアライグマはがっかりしてそれらのガラクタを放り投げた。
「ぐぬぬ、お宝探し物楽じゃないのだ。」
愚痴を吐きながら土を書掻き出すことを続けていると、掘っていた穴の中から次第に奇妙な臭いが漂ってきた。
「この臭い、土や金属の臭いじゃないのだ。なんだか饐えたような、カビたような、いやちょっと獣臭いよくわからない臭いなのだ。一応そっちの方を掘ってみるかぁ。」
臭いの強い方へと向けて地面を掘っていくと、何やら黒い柔らかいものの一部が見えてきた。これまで見つけたガラクタとは一線を画すような品物のように見えアライグマは期待に胸を膨らませて、フェネックを呼び寄せようと思って一度穴から這い出ると目の前にさっきまで無かった誰かの足があった。驚いて見上げると灰色の毛皮を着た大柄なフレンズがアライグマの前に仁王立ちしていた。大きな影に思わずアライグマは怯えて後ずさりしたが、よく見るとそれは旧知のフレンズだった。
「おわわわっ!びっくりしたのだ!突然誰が現れたのかと思ったらハシビロコウだったのだ。こんなところでどうしたのだ。アライさんに何か用があるのか?」
「アライグマ、随分と久しぶりね・・・こんなところって言われても。ここら辺が私の住処だからよ。」
淡々と答えたハシビロコウは手を差し出して腰の抜けたアライグマを立ち上がらせた。
「あなたこそ、こんなところで何をしているの?」
「アライさんたちはこの辺りに埋まっているというお宝を探しにはるばるやって来たのだ。」
「へえ・・・一人じゃないんだね。」
「そうなのだ、あっちの岩陰にフェネックがいるのだ。あっ、そうだ。アライさんはフェネックを呼びにいこうとしていたのだ。ハシビロコウにもフェネックを紹介するからついてくるといいのだ。」
そう言って二人はフェネックのいる岩影に向かった。
「フェネックってあの?」
「違うのだ。ハシビロコウが知っているフェネックは先代なのだ。」
「そっか、なんか変なこと聞いてごめんね。」
「気にしてないのだ。別にハシビロコウが謝ることはないのだ。ほらもうフェネックの姿が見えてきたのだ。やっぱり疲れていたみたいで横になっているのだ。」
アライグマが指した岩の影のところにはフェネックが寝そべっているのが見えた。こちらが近づいてもそれに気づく様子を見せないことからぐっすり眠っているようだった。
「フェネックー、起きるのだ。アライさんの旧いお友だちが来てくれたから紹介するのだ。」
アライグマが寝ているフェネックを起こそうと声をかけ、体を揺すった。それを後ろから見ていたハシビロコウは前から何か酸っぱい臭いが流れてくることに違和感を覚えたが、その原因はアライグマの狼狽える声ですぐにわかった。
「フェネック!ちょっと見ない間にどうして・・・!なんで吐いているのだ、何か悪いものでも食べたのか!!アライさんが分かるのか、見えているのか?目を開けているなら返事をして欲しいのだ、フェネック!!」
ハシビロコウも慌てて横たわるフェネックの前に立って様子を見たが、正気のない虚ろな目をしているフェネックの容体は誰が見ても明らかにおかしかった。顔の周囲は流れ出た吐瀉物でべっとり汚れており、歪んだ口の隙間からは時折うぅ、あぅーと掠れたうめき声を漏らしていた。その言葉も不自然な発音で到底意味が理解できるものではなかった。アライグマの呼びかけにもかろうじて目を開けて反応するくらいで、今にも意識を失ってしまいそうな様子だった。
「アライさんは一体どうすればいいのだ・・・また、また・・・お願い、目を覚まして欲しいのだ・・・」
呼びかけるのもしんどくなってきたのかアライグマはその場で項垂れ、力なく放り出されていたフェネックの強く握って祈った。ただ祈る、アライグマにはそれしかすることが出来なかった。
「まだ諦めちゃだめよ、アライグマ。私、今のフェネックを助けられるかもしれないフレンズを一人知っているの。」
ハシビロコウは跪くアライグマの肩に手を置き冷静に告げた。
「そ、それは本当なのか・・・?本当の話なのか?」
必死の形相のアライグマがたどたどしく訊くと、ハシビロコウは腰を落としアライグマにゆっくり語りかけるように言った。
「ここから少し離れた丘の上に、サキっていう医者がいる。サキならフェネックを治してくれるはず。」
「サキ、そういえば風の噂で聞いたことあるのだ。ドクターのフレンズだけど、セルリアンとかいう変なやつという話なのだ。」
「そう、噂の通りサキはセルリアンなの。でも腕は確か。」
「で、でもセルリアンなのだ・・・セルリアンなのだ。」
ハシビロコウは黙って頷くだけだった。ハシビロコウはアライグマが古参のフレンズなのを知っていて、セルリアンに対する敵意が激しい世代だということもわかっていた。だからこそアライグマに対して軽々しくセルリアンの医者を薦めるのはためらわれた。パートナーをサキに預けるかどうかは自分で決めて欲しい、ハシビロコウは心の中でそう思っていた。
「セルリアンのドクターなのか、ぐぬぬぬ。そんな人に大切なフェネックを任せるのか・・・」
アライグマは考えあぐねて頭を岩にゴンゴンとぶつけ、額から血が流れ出した。しかしいくら考えてもやはり一抹の不安は拭いきれなかった。
「落ち着け、落ち着くのだ。こういう時こそ冷静に考えようっていつもフェネックに言われているのだ。」
アライグマは一度荒くなった呼吸を整え、数度横たわるフェネックに目をやりながら必死に思案した。
数十秒後、意を決したアライグマは目を開けるとすぐにハシビロコウにぺこりと頭を下げてお願いをした。
「勘だけど、多分フェネックはかなりヤバい状況で、もう一刻の猶予も無いと思うのだ。もしフェネックを助けてくれる人が今いるのならフレンズだろうがセルリアンだろうが関係ない、その人を頼るべきなのだ。
だからハシビロコウ、フェネックを背負ってそのドクターのところに連れて行って欲しいのだ。アライさんも走って後から追いかけるのだ。」
ハシビロコウはアライグマの英断を受け入れ大きく頷き、わかったと言った。そして一言付け足した。
「大丈夫、サキさんは立派な医者のフレンズだから。私が保証する。」
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