カルテ5−3 グレイトフル ・ジャーニー
「私の隣にいるこの人はね、ミライさんっていう人なんだ。」
サーバルはにこやかにサキたちに写真を渡し、その中の緑色の髪の女性を指差した。
初めてまじまじと見る「ミライさん」の顔、それは今目の前にいるサーバルのようににこやかに笑っていた。しかし眼鏡の奥に薄く見える目は笑っている時のそれではなく、寂しげで空虚な色を湛えていた。
「ミライさんはとってもすごいんだよ。パークガイドだったんだけど、動物やフレンズのことが大好きで、よく知っていて、いつでもキラキラ目を輝かしてこのパークを探検している、そんな人だったの。
私とミライさんはサバンナで初めて出会ったんだ。というか追いかけられたんだ。」
「えっ、サーバルさんがですか。どうして?」
「ミライさんは数年前まで私じゃないサーバルとパートナーだったんだって。その子は既に死んじゃったみたいなんだけど、サバンナに私がいるのを見つけてびっくりしたみたい。」
おそらくミライさんは先代のサーバルとも旅をしていたのだろう。亡くなったはずのパートナーそっくりのフレンズがいたら気がして動転するのも無理はない。
サキはカルテを手に取ると、その裏の余白にサーバルのしゃべったことを走り書いた。せっかくサーバルが心を少しずつ開いて語り出してくれたのだ、その言葉を一つでも無駄にはせず、掬い取りたかった。
「その夜はミライさんの使っていた乗り物で一緒にご飯を食べて、いろんな話を聞いた。サバンナ以外の地方のこと、数え切れないくらいのフレンズがここにはいること、どの子もオンリーワンで面白いフレンズだということ。その時の私はまだフレンズになったばかりで、友達は近くに住んでいたカラカルだけだったし、サバンナのほんの一部しか知らなかった。だからミライさんの話を聞いているうち、私もミライさんについて行って旅をしたくなったの。もっといろんな場所に行ってみたい、いろんなフレンズたちと友達になりたい。それにね、ミライさんがついて来て欲しそうだったんだ。
次の日に、私はお気に入りの木の下の寝床をカラカルにあげて、お別れを言って、ミライさんのバスに乗った。それが私の大切な大切な時間の始まりだったんだ。」
そこまで語るとサーバルは深く息をつき、またベッドに体を沈めた。
「ごめんね、しゃべり疲れちゃった。久しぶりだったから。」
もしかしてインスリンの効果が強くなり始めているのかとサキは疑い、小型血糖値測定器を取り出して、サーバルの右手の人差し指の先につけた。
「ちょっとチクリとしますよ。」
サーバルが頷いたのを見てサキは針を指に浅く刺し、じわじわと滲み出てくる血液の粒に測定器のセンサーチップを当てた。
「…215mg/dl インスリンを過剰に投与しすぎると低血糖のリスクが出てくる。ヒイラギ、夕方の時点で血清カリウムの値はどうだったっけ。」
「えーと、3.5です。」
そう言ってヒイラギが手渡した検査結果を再度確認するうち、サキはズラリと並ぶ検査数値の波に飲まれ一瞬困惑した。
「・・・インスリンを投与している今だと、サーバルさんの糖尿病がどの程度進行しているかという正確なデータは取れない。ひとまずDKAの治療を優先しよう。塩化カリウムを経口投与、インスリンを中間型に変更。」
「サキさん生理食塩水はどうする。ブドウ糖液にする?」
「そうね、血糖値は215だしブドウ糖は今は要らないかも。生食でいいでしょう。でもすぐ使えるように調剤はしておいたほうがいいわ。」
「わかったよ。」
サキとヒイラギは互いに確認し合いながらメモを取っていく。その様子をベッドの上でサーバルはキョトンとして眺めていた。
「二人ともすごいね。私、何言っているのか全然わからなかった。」
ひたすら感嘆するサーバルにヒイラギはえへへと照れ隠しに微笑んだ。サキもすごいねと言われて悪い気はしなかったので少し照れくさくなった。
「まあ、こんな仕事していますから。」
サキがそう答えるとサーバルはより一層目を見開いて大きな嘆声をあげた。
「そっか!サキはお医者をするのが得意なフレンズなんだね!」
「私、フレンズ?」
サーバルは特段変なことを言ったわけではない。むしろ別のフレンズと初めて出会ったフレンズの反応としては当然のものなのかもしれない。面と向かって“フレンズ”と呼ばれること、サキにはそれが新鮮なことだった。
「え、だってそうでしょ。見たところヘビのフレンズだよ、フードあるし。」
「・・・確かに、私はヘビのフレンズではあるみたいです。博士からそう聞かされています。」
サキは後ろに伸びた髪をかきあげてフードを被り、サーバルにヘビのフレンズらしい姿を見せた。
「やっぱりヘビのフレンズじゃない。その白い服、スラッとしてて綺麗だよ。でも、ヘビの子にこんな白い色の子いたかな?」
「私は生まれつき体の色が薄いんです。」
「そうなんだ。それと、さっきから気になっていたんだけど、サキのその手、やっぱり噂通りなんだね。」
「ええ。生まれつき私の腕はこんなかんじなんです。」
袖をまくり青色の左腕を露わにすると、サーバルも多くのフレンズの反応と同じ様にギョッと目を大きく見開いて口を固く結んだ。そしてその反応を何度となく見てきたサキは、毎回のように味わう暗く息苦しい気持ちに慣れることができず、浮かび上がる鬱な心の暗雲によってサーバルと打ち解けることができた喜びはかき消えていった。
そんな心境は顔にも少しずつ滲み出てくるのか、頑張って作っていた愛想が少しずつほつれていくのが自分でもわかった。
そんなサキに対し、サーバルははっきりと、こう言い切った。
「私は、先生はセルリアンなんかじゃなくてフレンズだと思うよ。」
思わず驚きの声を漏らし、サキはサーバルの方へと向き直ると、サーバルもベッドからまた体を起こし真面目な表情になった。
「お医者さんって、私たちフレンズのケガとか病気を治してくれるすごい人なんでしょ? 私が知っているお医者はそういう人だったもの。フレンズの敵のセルリアンが間違いでもそんなことをするとは、私全然思えないよ。だからサキもセルリアンじゃなくてフレンズなんだって、私は信じるよ。」
信じる、その言葉にサキは心を打たれ洗われた。さっきまでの鬱な気持ちはどこかへ消え、嬉しみと感謝の気持ちが湧き上がってきた。その気持ちがまたサキを笑顔にさせた。
「ありがとうございます。そう言ってもらえて、私本当に嬉しいです。」
よかった、サーバルさんに拒絶されなかった、心の底からそう思って自ずと目元が緩んだ。
「大丈夫、私は信じるから。信じているから。」
サーバルはサキに教え諭すようにそう何度も繰り返した。それは自分にもそう言い聞かせていたのかもしれない。
その深夜、いつものようにサキは一人医員室の机で蔵書庫から持ち出した腎臓内科の文献や糖尿病治療のガイドラインに目を通していた。時刻は0時を回っており、ヒイラギはとっくに宿直室の畳で寝入っている。もちろんサキも眠気は多少感じてはいたが、なぜか休みたいという気分にはならなかった。
私は、何者なんだろうか。
サーバルに言われて改めて自覚した自分の命題が大きく膨らんで、それがサキの神経を圧迫し、気になって眠る気になれなかった。
確かに私の半分はハブのフレンズらしい。けれどもう半分はセルリアンだ。
サーバルは私のことをフレンズと言ってくれたが、全てのフレンズがそう信じてくれるわけじゃない。事実私が今この丘の病院にいるのはセルリアンだと言われつまはじきにされたからだ。
ならば私の本質は何なのだろうか。
フレンズか、セルリアンか。
「私は、何だ?」
「・・・ダメだ、一回頭を冷やそう。」
ため息とともにサキは椅子から立ち上がり頭をぐるりと一周まわし、それから体を伸ばした。長時間同じ姿勢でいたからか凝り固まった肩や腰がパキポキと音を立てて伸展された。
「コーヒーでも飲もうかな。」
両手を服のポケットに深く突っ込み、サキはフラフラと給湯室へと向かって行った。
月あかりの差し込まない深夜の病院の廊下は暗い紺色に染まり、所々にある非常灯の白と緑の蛍光灯だけが気味悪くボンヤリと光っていた。そんな暗く静謐な空間をサキが静かに歩いていると、不意に足元を何か小さなものが通り過ぎる気配を感じた。サキが後ろを振り返ってその動体を注視すると、一瞬非常口の明かりに照らされた動体の正体が見えた。
「なんだ、ラッキービーストか。」
少しばかりビクついていたサキはホッと胸をなでおろし、また歩き始めた。まれではあるが、この病院には夜間にラッキービーストが設備管理や備品補充のため出入りすることがあるのだった。サキは病院に住み着いてもう7年になるが、いまだに夜中にラッキービーストと出くわすのには慣れず、毎回びっくりして心臓が縮み上がる。それでも彼らのおかげで自分やヒイラギが暮らせており、医療を行えているのだと思うと、自ずと彼らに対して感謝の念を抱くのだった。
給湯室でコーヒーを淹れ、それを持って医員室に戻る途中サーバルの病室に立ち寄った。起こさないよう静かにドアを開けると真っ先にすーっ、すーっという寝息が聞こえたのでサキは少し安堵した。ベッドに近づきモニターの数値を確認し、眠っているサーバルの顔をそっと覗き込んだ。もともとサーバルキャットは夜行性の動物だが、そうだとは思えないくらいぐっすり眠っているように見えた。DKAという重たい病状と戦って疲れていたのか、それともヒトであるミライさんと行動していた時の習慣が体に染み付いているのかだろうかと推察した。
ベッド下に吊ってある採尿バックを見ると、数時間前に取り替えたばかりだが、すでに半分近くまで尿が溜まっていた。
(頻尿は糖尿病の症状のひとつ。今後もし排泄介助が必要になったら大変だな。)
スナネコの結核の時も数ヶ月に及ぶ長期治療となったが、糖尿病に関してはそれ以上だ、生き続けるためには死亡するまで治療を続ける必要がある。「死ぬまで」、この言葉の裏側には「この運命からはもう逃れられない」という死神が潜んでいる。そしてこの死神は患者であるサーバルだけでなく、その治療を行うサキとヒイラギにも鋭い刃を突き立てているのだ。
患者が
覗き込んだベッドの下の影の奥で死神が目を光らせ嗤っているような気がした。
***
その夜、サーバルは夢を見た。
「・・サーバル。サーバル、行くよ。ほらバスに乗って。」
誰かの呼ぶ声を聞いて目を覚ました私は真昼のサバンナの大地に立っていた。目の前にはいつも寝床にしている木があって、その下にはいろんなところからかき集めたソファーや椅子のがらくたが置いてあり、その内の一つにはカラカルが座っていてじっとこちらを見ていた。
けれど私を呼ぶ声は私の背後から聞こえたのだった。ゆっくりと後ろを振り向くと、遠くに黄色い大きな乗り物が見え、その前に帽子をかぶった緑髪の女性が立っていた。
それがミライさんだった。
「ミライさん!今行くから!」
私は叫んでミライさんのいる方へと駆け出した。途中何度か後ろを振り返ると、木の下のカラカルが椅子から立ち上がってこちらに手を振っているのがうっすら見えた。
後ろに残してきた光景がどうにも愛おしくて、走りながら涙が溢れてきた。けれど、私は向かう先の未来を自分自身で選んだ。だから夢中で走って待っているミライさんの胸元に飛び込んだ。
*
ザブンと音を立てて飛び込んだ先は熱い液体だった。息の泡を吐きながら周りを満たす液体をかき回して水面へと浮上し、大きく呼吸をした。空気と一緒に辺り一面に漂う湯気も吸い込んでしまい、むせて咳き込んでいると隣にいる誰かがアハハと笑うのが聞こえた。すると風が吹いて水面上の湯気を払い、隣にいる人が見えた。
ミライさんだった。
「こらサーバル、温泉では潜っちゃダメだよ。ほら頭に乗っけていたタオルも濡れちゃったじゃない。」
いつの間にか私はいつかミライさんと来た露天風呂にいて、遠くには白い雪をかぶった山々が見えた。隣で笑っている、メガネを外し髪を下ろしたミライさんはとても綺麗に見えた。私は注意されたのが小恥ずかしくて下を向くと、自分の体にいつも着いていた毛皮がなく、肌色でツルツルになっていることに気づき驚いて声をあげた。
「あれっ!? ミライさん。私の毛皮はどこ?」
するとミライさんはまた優しく笑って遠くを指差し言った。
「ほら、さっきあそこで服を脱いだでしょ。サーバルの服はあそこに置いてあるから大丈夫よ。」
「ふく?」
「そう、服っていうのはいつもサーバルが着ている毛皮のことよ。あれ脱げるのよ。」
「アハハ、そういえばそうだったね。」
温泉に浸かりながらおしゃべりをして笑いあっていると、次第に私は頭がクラクラとしてきた。だんだん考えることが難しくなって、顔が熱くなっていく。
「・・・ねえミライさん、なんか私、変な感じする・・・」
そう呟いてすうっと後ろに倒れこんだ。
「ちょっと、サーバル!大丈夫?もしかしてのぼせちゃった!?顔赤いよ!」
抱きかかえてくれたミライさんの顔をぼーっと見ているうち、私の視界は徐々に白く明るくぬけていった。
*
次に目を覚ますと私はベッドの上にいた。のそりとベッドから降りて窓を覗き込むと、周りには夜の森の木々が黒々と見え、その上の空には三日月が淡く浮かんでいた。
ああ、この丸太でできた壁と天井、ここは森の中のロッジの一室だったなと私は思い出した。
しばらく窓の外を眺めていると、背後から誰かの小さな話し声が聞こえた。その声は部屋のドアの向こう側から漏れてきており、その声の主はミライさんだった。
なんとなく私はドアに耳を当ててミライさんの話し声を聞き取ろうと耳をそばだてた。
「・・・はい。そうですか。ええ・・・しかし・・・」
ミライさんの相槌が聞こえた。そしてしばらくしてこんな言葉が聞こえてきた。
「・・・私も自ら調べてみます。・・・ええ。必ず解決策はあるはずです。被害が出る前に・・・このエリアの営業を続けるために。はい、それでは。」
私にはミライさんがなんのことを話しているのか、さっぱりわからなかった。けれどミライさんの声色はいつもの天真爛漫な楽しそうな音色とは違い、少し重く険しいものだとはっきりわかった。
しかしそれきりドアの向こう側からミライさんの声は聞こえてこず、後ろの部屋の窓から聞こえてくる森の木々の葉音だけが私の耳に届いていた。
「・・・ミライさん?」
「ねえ、ミライさん?」
私は小さな声で呼びかけたが、ミライさんは返事をしなかった。
それがどうにも不気味に思え心細くなった私はドアノブに手をかけ、そしてゆっくりと下に回して少しずつドアを開けた。ドアの隙間から細い光が差し込んで筋をつくった。
「いるの?ミライさん?」
恐る恐る私は隙間から外の様子を覗き見た。
*
その先の部屋には確かにミライさんは立っていた。しかしその部屋はさっきまで私がいたロッジの部屋とは雰囲気が全く違い、白い壁に陽の光が差し込んだ明るい部屋だった。ミライさんの立っている窓辺の向こうからは波の音が繰り返し聞こえてきた。そういえば海の匂いがする、ここは港にあったミライさんの部屋だったと私は思い出した。ミライさんのいる部屋はあちこちに書類や集めた資料が散乱していて足の踏み場のないほど散らかっていたので、私はその部屋に入ることがなんとなく躊躇われ、ドアの影から部屋の中の様子を窺うことにした。
ミライさんはこちらに背を向け耳に携帯電話を当てたまま黙って立っていた。あまりに身動き一つせず突っ立っているミライさんが奇妙に思え、私はじっとミライさんの後ろ姿を見ていた。
すると突然ミライさんが声を発した。けれどそれは震えた涙声だった。
「・・・そんな・・・まさか。嘘ですよね・・・?」
とても哀しい声だった。
「ええ。大丈夫です・・・私の方の計画はなんとかなりそうです。こっちが片付き次第平原に向かいます。連絡ありがとうございます。それでは。」
そういってミライさんは通話を切り電話を持っていた手を降ろした。そしてしばらくまた黙って立ち尽くしていた。
私はそんなミライさんが心配で、見ていられなくて、ついにそっと声をかけた。
「・・・どうしたの、ミライさん?」
するとミライさんはびっくりして勢いよく私の方を振り向いた。でも見せてくれたその顔はミライさんではなかった。いつもの楽しそうに笑っているミライさんの面影はどこにもなく、泣いて真っ赤になった目と悲しみで歪んだ口が目立つ、ひどく辛そうな顔をしていた。
そんな顔に向かってかける言葉を私は持ち合わせておらず、唖然としてミライさんの顔をじっと見ることしかできなかった。
「見てたの? ・・・サーバル、ごめんね。今は一人にしてくれないかしら。」
ミライさんは力なくボソリと言った。
「・・・う、うん。わかった。」
私もこれ以上今のミライさんを見るのが辛くなり、そそくさとドアを閉じて外に出た。外は綺麗な青空で港の通りはいつものようにパーク来場者とフレンズたちで賑わっていた。私は町の雑踏を行き場なくフラフラと歩いた。頭上の快晴と心の中を埋め尽くす暗い雲の差に嫌気がさし、どこまでも私についてくる足元の濃い影が今日は妙に目障りに思えた。
ぼーっとして何も考えられないまま街を歩いていると、不意に背後から誰かの泣く声が聞こえてきた。その声は間違いなくミライさんの悲痛な泣き声だった。
「ミライさん!!」
私は人目憚らず大声を出し後ろを振り返った。
その瞬間今まで周りにいた人々、港の街並みは白く崩れて消し飛び何もなくなった。無機質な白い空間には取り残された私、それとうずくまり泣き喚くミライさんの小さな背中が見えた。
「ミライさん!!!」
私はもう一度叫び、ミライさんのそばに駆け寄り抱きしめようと走り出した。
「泣かないで!私たちお友達でしょ。嬉しいも楽しいも、悲しいも苦しいも分け合おうよ。今までだってそうしてきたじゃない。悲しいことがあったのなら私も聞くよ!
私がずっとそばにいるから!
ミライさんは私の友達だから!
あなたは私が大好きな人だから!!!」
伸ばした両手がミライさんの肩に触れたと思ったその時、突然ミライさんの体が真っ黒に溶けた。黒の絵の具を溶かしたような黒い液体はまた集まって膨れ上がり、あっという間に巨大な水晶のような姿になった。その中央にはギョロリとした大きな目玉がわき出てきて、呆然と跪く私を見下していた。
「・・・セルリアンっ!!」
そう慄いた瞬間、黒い岩のような腕が私目がけて振り下ろされた。
だめだ、避けられない・・・・
「うぎゃあああああああああああーーーーーーーっ!
***
「どうしました!サーバルさん!」
サキが病室に駆け込むと、病室の片隅には腰を抜かして怯えきったヒイラギが尻餅をついており、ベッドの上のサーバルは体を起こし、「っ、はぁっ、はあっ」と荒く息をしていた。その酷く疲れた様子はまるで悪夢から覚めた時のようだった。
「ヒイラギも尻餅ついて、どうしたの?」
サキが駆け寄って尋ねると、震えているヒイラギは涙目になりながら答えた。
「僕が尿パックを交換しようと思ってベッドに近づいたら、突然サーバルさんが叫びながら飛び起きて、それがあんまりにも突然だったから、すごくびっくりしちゃったの。」
よしよし、怖かったねとヒイラギの頭を撫でたサキは、未だ呼吸の荒いサーバルの方を振り返りどうしたのかと聞いた。するとサーバルは額の汗を拭ってため息をついた。
「驚かせちゃってごめんね。私、嫌な夢を見ていたの。」
そう言った後、また懐から写真を取り出してそれを眺め始めた。
サキが窓の外をふと眺めると、雨は止んでいたが曇り空は相変わらずで、丘の上に重苦しくのさばっていた。サーバルの治療を本格的に開始する朝だというのになんという鬱屈した天気だろうかとサキが梅雨空を恨めしく睨んでいると、背を丸めたサーバルが何かポツリと呟くのが聞こえた。
「・・・セルリアンなんて・・・」
小さい声だったが、サキには確かにそう聞こえ全身が凍りついた。息を荒げ牙を剥いて写真を睨みつけるサーバルの目元は険しく歪んでいた。
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