カルテ5−2 グレイトフル ・ジャーニー

もう一度写真についた埃を拭うと、夕陽を背にサーバルと並んで仲よさそうに立っている人の姿がそこにあった。緑色の髪を束ね、赤い縁のメガネをかけた若い写真の女性は、服装からしてフレンズには見えず、おそらく当時ここにいたヒトのようだった。


「この服装はパークのガイドが着ていたものとよく似ているのです。おそらくこの女性はパークガイドだったのでしょう。」


助手はそう言って女性の袖の青い腕章を指差した。そこには小さな文字ではあるが白字で「PARK GUIDE」と書かれていた。


「助手はこの人を知っているんですか?」

「いえ、知らないのです。私がフレンズになった時にはすでにヒトはここにはいなかったのです。博士なら少しは知っていると思うのですが。なんにせよサーバルの意識が戻ったら、この写真のことを聞いてみるといいと思うのです。」


すると今度は助手が訝しげに質問してきた。


「サキはどこかこの写真が気になるのですか?さっきからずっと見入っていて、私が気になるのです。」


そう言われてサキは自分がいつの間にかこの写真の女性の姿をじっと見つめ続け、なぜかとてもノスタルジックな気分になっていることに気づかされた。もちろんサキはその人のことを知らなかった。先ほどまでの自分の行動と感情の理由は自分でもよくわからず、そんなことをしていた自分を自ら不思議に思った。


「なぜか、この写真に魅かれるというか・・・自分でもよくわからないんですが。ともかくサーバルさんの病室に行きましょう。そこでサーバルさんの状態について説明します。」


どうも自分の気持ちに霧がかかっているようでサキはもどかしい気分であった。しかし後でサーバルさんに聞けばはっきりするだろうと思い、とりあえず忘れることにした。



病室のベッドに臥せっているサーバルは未だ拍子の速い呼吸を継続していて、腕や足には何本ものチューブが繋がっていた。外の雨雲のせいで日中なのに病室は薄暗く、窓からの薄い光とベッドサイドで心電図やバイタルサインを表示するモニターの光が、意識の無いサーバルの横顔を淡く照らしていた。

サキはベッドの脇に椅子を二つ持ってきて、一方に助手を座らせ向かいには自分が座った。


「サーバルさんの容態ですが、今の所意識不明です。ですがその原因ははっきりしています。サーバルさんは糖尿病性ケトアシドーシスという状態、つまりDKAに陥ったのです。」

「DKA?」

「異常な高血糖の影響で血液中にケトン体という物質が過剰に溜まってしまい、血液が酸性に傾く病態です。血液が酸性になると、悪心、嘔吐、意識障害が起きます。サーバルさんはここに来る前に嘔吐をしたと思われる汚れがシャツにありましたから、おそらくDKAが増悪して嘔吐し、意識を失ったんでしょう。サーバルさんには血液中に必要な物質を補う点滴をしているほか、高血糖を是正するためにインスリンという物質も入れています。うまくいけば今日の夜には目を覚ますかもしれませんが・・・その後は・・・」

「随分と煮え切らない言い方をするのですね。」

「ええ、フレンズでの報告は本当に少ないのですが、サーバルさんは基礎疾患に糖尿病があり、検査結果を見ると腎不全になりかかっていることがわかります。DKAの治療と再発の防止はできるでしょうが、予後の見通しはサーバルさんと話して決めないとなんとも言えません。」


そう言わざるを得ないのだ、医者は軽はずみな言葉で存在しない望みを抱かせてはいけないのだ、サキは心中で微かな無力感を感じていた。目の前で眠っているサーバルの糖尿病を治すことはもう・・・



「・・・ラ、イさん。近くにいるの?先生も一緒?」

ふと響いた言葉にサキはギョッとして音の来た方を振り向いた。助手もいつになくびっくりした表情を浮かべて目を向けた。さっきまで呼吸音以外聞こえてこなかったベッドの上のサーバルが、微かに瞼を持ち上げてサキと助手を見つめ返していた。


「私の顔は見えていますか?」


うっすら開けた瞼の孔からのぞく瞳が振れ、サキの顔を捉えた。そして小さく頭を縦に振った。


「サーバル、私がわかりますか?」


助手がサキの隣に押し入ってサーバルの顔を覗き込むと、サーバルはその方をチラリと見て、また小さく頷いた。

意識が戻り、気道の管は不必要と判断したサキはサーバルの喉から管を抜去し酸素マスクへと切り替えた。管を抜かれて最初苦しそうに顔をしかめていたサーバルも、次第に呼吸の勘を取り戻したようで表情が柔和になってゆくのが見て取れた。これならばコミュニケーションは可能だろう、そう感じサキはようやくサーバルに質問をし始めた。


「16時21分、意識が回復。抜管。無理をしなくて大丈夫ですから、答えられる範囲で答えてくださいね。あなたのお名前を教えてください。」


深く息を吸い込んでは吐くことを数回繰り返したのち、サーバルはくぐもった声色で答えた。


「サーバル。サーバルキャットの、サーバル。」

「ありがとうございます。ご気分はいかがですか。頭が痛いとか、めまいがするとか、吐き気がするとかはありますか?」


サーバルは無言で小さく首をひねった。


「ここはどこだかわかりますか?」


サーバルは顎を持ち上げて頭を左右に振り、今いる部屋の様子をぐるりと見回してからボソリと答えた。


「ここは、ああ。病院かな?」

「はい。そうです。」

「だよね、昔来たことある気がしたから。」


そう言ってサーバルは不意に掛け布団の下の腹部あたりを手で弄り始めた、そしてまたポツリと言葉を発した。


「・・・無い。」


さっきまで気だるげだったサーバルの顔がみるみる深刻そうに歪んでいくのがわかった。掛け布団の下でうごめく両手はより焦っているようにゴソゴソと素早くあちこちをかき回した。しかし探し物は見つからなかったようで、サーバルは大きく肩を落とした。頭の大きな耳も垂れ下がり、サーバルのしょんぼりした様子を端的に表していた。


「あれ、おかしいな。落としちゃった・・・?」

「落とした?」

「うん。この辺に写真が落ちてなかった?助手も見てないかな?」


写真?

サキと助手は同時に目を合わせた。サキのポケットにしまった、エントランスで拾ったあの写真のことだろうか。サキはその写真を取り出してサーバルの前に差し出した。


「もしかして、これですか?」


目の前の写真を見たサーバルは一瞬固まったが、すぐに布団の中から腕を出して手に取り眼前に持っていって、それをしばらく黙って見つめた。サーバルと謎の女性の二人が映った写真を穴のあくほど凝視したサーバルは、それを胸の前で大事そうに抱え込み小さな声で言った。


「見つけてくれて、ありがとう。」


そしてその写真をより強く抱きしめた。その時のサーバルの感慨深く安堵を噛みしめる表情は、あまり他のフレンズが見せないような異様な幸福感を孕んでいるように見えた。サキの知識では形容しがたい、不思議で神妙な表情だったのだ。そんな顔をするサーバルは一体どういう心境なのだろうかとサキは気になった。


「見つかってよかったですね。どういたしまして。その写真は大切な物なんですね。」


その問いかけを聞いて、サーバルは胸の中の写真を再び眼前に据えた。持ち上げた細い腕はかすかに震え、写真の陰からたまに覗かせる目元には涙が溜まり始めていた。


「ああ、良かった。」


ポツリと呟いたサーバルは少し笑っていたがどこか寂しげだった。しかし自分の子供を抱く様に大切そうに手に握る写真はいったいなんなのだろうかとサキは再び興味を惹かれた。患者に対する余計な詮索かもしれないが、その写真にはサーバルの精神性が凝縮されているように思えたのだ。サーバルに向き合う医師として、サーバルの人格の一端でも知ることができれば治療方針を考えやすくなる。こと糖尿病の治療においては・・・


「サーバル、私の好奇心で申し訳ないのですが、よければその写真がなんなのか教えて貰えませんか。気になるのです。」


サキが勝手にそんなことを考えている間に、助手がいつになく下手に出てサーバルに尋ねてくれた。しかしサーバルは顔を曇らせると、黙って反対側へと顔を背けてしまった。隣で気まずそうにオロオロする助手を見てサキもそれ以上詮索しようとは思えなくなった。それきり病室はシンと静まり返ってしまった。



「ええと・・・とにかく、ひとまずサーバルさんの命の危険は去ったと言えるでしょう。サーバルさん、採血をしてもよろしいですか?」

サキは気まずそうに口を開くと、サーバルは少し間をおいて顔を正面に戻し、何も言わずサキの前に自分の右腕を出した。意識が戻った直後でナーバスになっているサーバルにとっては、さっきの質問はやはり多少気に障ったのだと、自分も同じ質問をしようとしていたところを、たまたま助手が嫌われ役を買ってくれただけなのだと感じ、サキは自分の配慮の不足を反省した。それでも手の方はテキパキと働き、サーバルの皮静脈からあっという間に血液を採取してしまっていた。


しっかりしろ、私。もう医師の仕事を始めて1年にもなるじゃないか。


医者として患者に向き合って1年が経とうとしていた。それこそ最初の助手の時は注射を持つ手の震えが止まらなかった。気道挿管も何度か謝って食道に管を入れそうになったこともある。手技に慣れつつある今となっては、かつての未習熟だった自分がとても懐かしく、幼く思える。

しかし、知識技術に慣れていく身体に、医師という使命を背負う精神力、感性が置いていかれているような気がした。医療という大層な技術を扱う主人マスターたる器を、果たして自分は持っているのだろうか。病気も含めて、患者の喜怒哀楽、その全てを受け止めることができるのだろうか。

スナネコが退院してから、サキはそのことで時々不安になるのだった。そして気がつけば手に握っていた血の入ったシリンジを見て、その不安がぶり返してきたのだった。


「助手、サーバルさんの今後の治療については明日以降説明します。今日はサーバルさんを休ませてあげましょう。」

「そうですね。サーバル、済まなかったのです。また来ますよ。」


ベッドの上のサーバルは黙ったまま、布団を顔までかぶって包まり、サキと助手から顔を背けた。サキも助手も、薄暗い病室で布団に包まったサーバルの姿がひどく痛々しく見えた。



雨が降りしきる夕方の空を、助手は急いで飛んで図書館へと戻ったが、博士の姿がどこにも見えなかった。

「博士、いるのですか?外出中ですか?」


タオルで体を拭きながら助手はフロアをあちこち歩き回って呼びかけると、どこからか博士らしき声が聞こえてきた。


「助手、帰ってきたのですかぁ。それなら早く私を助けるのです!」

その妙に篭った声は階段の上の本棚付近から聞こえてきた。助手がそちらへ向かうと、崩れた壁の瓦礫と本棚の破片、そして本の下敷きになった博士の右足だけが見えた。博士は必死に外に出ている右足をジタバタさせて助手に助けを求めていた。


「ちょ、博士いったい何をしているのですか!」

「説明はするのです!いいからまずは私を引っ張りだしてほしいのです。息が詰まりそう・・・」



「ゼェ、ゼェ・・・博士はなぜ下敷きになってしまったのですか。飛んで逃げればよかったのです。」

どうにか山積みになった瓦礫や破片を取り除いて博士を引っ張りだした助手は流石に息を切らして床に座り込んだ。博士も床に倒れ込んで荒々しい呼吸をしていた。


「ここのところの雨のせいでいきなり外壁が崩れて中に落ちてきたのです。本棚の陰で調べ物に熱中していた私はそれに反応できなかったのです。」

「随分と鈍いのです。それでも猛禽類ですか。それにしてもこんなところで一体何を。確かここにしまってあった本はアルファベットで書かれたものばかりだったような。」


博士と助手のいる階段の上の本棚は英語で書かれた本や冊子がまとめられていて、博士も助手もあまり使わない本棚だったのだ。実際辺り一面に積もっていた埃がいまだに舞っていて鼻や喉に引っかかった。博士は自分が埋まっていた瓦礫の山を掘り返してある1冊の本を拾い上げて助手に手渡した。


「”JAPARIPARK Lucky Beast type-01 mechanical manual” ええと、ラッキービーストの取扱説明書ですか。この本で何を調べていたのですか?」


見ると博士はいつもの真面目な顔つきに戻っていた。


「今日の午前中、突然ラッキービーストがアラームを鳴らしたのです。それが気になって、わざわざ英語のマニュアルを引っ張りだしたのです。」

「ふむ、確かに不思議なのです。」


助手も同じように顔を引き締め、マニュアルのページをパラパラと流し読みした。そうしているうちに助手はあることを思い出した。


「そういえば我々がアラームの音を聞いたのと同じような時刻に、サキの近くにいたラッキービーストも鳴り出したとサキが言っていたのです。」

「サキ?」

「そうなのです。いったいどういう事なのですか。」

「助手、まずは今日の出来事を私に教えるのです。」



「なるほど、重症患者はサーバルでしたか。それにしても“指令”とはいったい・・・」


助手からの説明を受けて、博士はその場に座り込んで腕組みした。助手も同じように考え込み、マニュアルと辞書を行ったり来たりしながら午前中に起こった事件を解明しようとした。しかし小一時間考えても結論は出ず、助手は床に仰向けに寝転がった。


「さっぱりわからないのです。いったい指令orderってなんのことなのです。」

「私も全然わからないのです。まあ、しかし、久しぶりに面白そうな謎に出会えたではないですか。時間をかけて考えてみるのです。」


そういって博士は愉しそうにニヤッと笑うと、その嬉しそうな横顔を見て助手は少し呆れて苦笑した。


「博士は相変わらずなのです。謎解きが好きで、知りたがり。」


すると博士は数回大きく頷いて、さらに瞳を輝かせた。


「せっかく論理能力に長けたヒトの脳を手に入れたのですよ。舌だけ使うのではもったいないのです。私が知らないことはまだまだ沢山あって、それを一つ一つ見て知って理解することが、私は大好きで、生きがいなのです。こういうのを好奇心旺盛とかっこよく表現するのですよ。」


得々と語る博士を見て助手はまた一つ苦笑いした。


「はいはい、覚えておくのです。」

「そういう助手は何が生きがいなのですか。食欲ですか?」

「秘密なのです。」



「あー、ようやく見つけたよー」

検査結果を持ったヒイラギが蔵書庫にやってきて、クタクタな表情を見せた。方々探し回ったのだろう。本から顔を上げて目に入った窓の外はもう真っ暗になっていた。サキは立ち上がってヒイラギからサーバルの検査結果を受け取り目を通した。来院時にとった結果と見比べると、DKAを引き起こした超高血糖やアシデミアは改善されていた。明日には呼吸マスクも必要なくなるだろう。


「ヒイラギごめんね。調べ物に熱中していたの。」

「調べ物?」

「そう、腎臓内科と老年医学の。」


見ていたのは透析治療とそのケアについてのページだった。腎臓の濾過機能が限度以上に損なわれてしまったサーバルが今後生きていくためには、人工的に血液を濾過する透析治療が必要なのは明らかだった。しかし透析治療は一度開始すれば中止は難しい。重度の糖尿病患者の透析中止は死に直結するからだ。

死ぬまで続ける長期の治療、だからこそ医師は腰を据えて患者の心境や意思を汲み取り、適切にケアすることが求められる、そのように老年医学の本に書いてあった。


「これまで私がしてきた治療とは毛色が違って分からないことが多い。だからこそ今しっかりと学ばないといけないの。」

「でも、サーバルさんはどうしてずっと黙っているんだろう。まだ気分が悪いのかな。」


ヒイラギが首を傾げたが、その点はサキも同じように疑問に思っていた。「何も話さない、話したがらない」理由としては、患者の生来の性格による場合、そもそも難聴を患っていたりしてコミュニケーションがしづらい場合、一過性の気分の場合など、多くの要素があると本には書いてあった。しかしそういう文献をいくら漁ったところでサーバルのケースに合致するかどうかはわからない。結局正解はサーバル自身だけが知っているのである。

そして正解への鍵は例の写真が握っている、サキはそう考えていた。


「サーバルさんのところに行ってみましょう。まずはサーバルさんと少しでも話さないと何も始まらないわ。」


サキは引っ張り出した本を全て蔵書庫へ置いて出ていった。



真っ暗な病室の一番向こうの窓側にサーバルは伏せっていた。部屋の明かりをつけてベッドへと近づくと、サーバルは足音に気づいて布団から出ていた大きな耳をぴょこりと動かした。


「サーバルさん、お休み中失礼しますね。ご気分はいかがですか?」

「…大丈夫。」


サーバルは素っ気なく答えた。


「そうですか。呼吸のマスクをとりますので顔を上へ向けてください。」


今度も黙ったまま顔を天井へ向けた。先がマスクを外すとサーバルは違和感を覚えたのか口元をさすって、深いため息をついた。サーバルの手にはまだあの写真が握られていて、サーバルはときどきそれを見てはうっとりとしたり、また寂しそうな顔をしたりして、そのたびに大きく息をついた。

サキもヒイラギも患者を前に何を話していいかわからず、ただ静かにテキパキと診察をしカルテを書いていた。

大方サーバルの心境は想像がつく、きっとあの写真の女性はサーバルにとって大切な人で、その人との日々を回顧しているのだろう。元気で、満ち足りていたその頃を…

そんな時、不意にぐすん、ぐすんと小さく鼻をすする音が聞こえた。すすり泣くその声は布団を目元まで被ってこちらを見ているサーバルが発していたのだ。


「ごめんね、ごめんね…私だってお話したいの。でもずっとほかのフレンズとしゃべっていなかったから…なんておしゃべりしたらいいか、わからなかった…」


泣き声の主、サーバルは申し訳なさそうに唇を噛んでいた。サキもヒイラギも驚いて枕元に駆け寄って声をかけた。


「サーバルさん、僕そんなの気にしてないから、泣かないで。」

「いいんですよ。辛いことがあったら吐き出してください。我々が聞きますから。」


サキとヒイラギの言葉にサーバルは「ううっ」と声を漏らし、ずっと握っていた写真を胸の上に置き、溢れた涙粒を拭った。


「カラカルが死んでから、私はずっと一人でサバンナにいたの。カラカルのお世話が

終わって、ぷっつり糸が切れたみたいに。もう何にもやる気が起きなくて。」

「お世話?介護ってことですか?」

「よくわかんないけど、カラカルがいろんなことを忘れちゃったの。食べることとか、縄張りのこととか、友達のこととか。けど私のことは最後まで忘れなかった、だから私が助けてあげていたの。」


カラカルは晩年は認知症にかかっていたのだろうか。そうだとしたらサーバルの苦労は大きなものだったろう。


「それからずっとひとりぼっちでサバンナにいたけど、この写真があったから私は寂しくはなかった。ここにはあの日のミライさんがいつもいるんだから。」


ミライさん、そう言ってサーバルは写真の女性を指差して微笑みを浮かべ、再び写真へと没入していった。サーバルは写真の思い出に生きている、そう表現しても差し支えないほどに、サーバルはその写真を手放さなず大事に抱えていたのだ。サキはそんなサーバルの回顧を邪魔しないようそっと尋ねた。


「サーバルさん、私とおしゃべりしましょうか。そうですね、あなたがそんなにも慕っていて大好きなその人のことを、よければ私にも教えてくれませんか?」


目を丸くしたサーバルはサキを凝視したままピタリと固まった。ぽかんと開けられた口は単に驚きによるものなのか、それとも呆れてものも言えないのかはわからなかったが、折角サーバルと打ち解けるチャンスが巡ってきたのだと思ってサキは引き下がらず、同じようにサーバルの丸い目を見つめ返した。

すると隣からヒイラギが体を乗り出して写真を持つサーバルの手をそっと掴むと、にっこりと笑ってサーバルに話しかけた。


「サキさんの頼み方じゃちょっと固いよね。でもね、サキさんはいつだって真剣に患者さんに向き合ってきた先生なんだ。今だってサキさんはサーバルさんを助けようと真剣なんだよ。それは僕も同じ。サーバルさんの考え、思いをもっと知って、元気になれるようお手伝いしたいんだ。」


ヒイラギは目をそらずことはせず、まっすぐにサーバルを見据え語りかけていった。最初は突然手に触れられてびっくりしていたサーバルも次第に表情が柔らかくなっていった。そしてついにサーバルはベッドから体を起こして二人に向き直り、明るく笑って頷いた。


「誰かと話したくなるなんて、久しぶりだよ。私、あなたたちとお話ししたくなっちゃた。」


そして胸の前で猫の手のように右手首を曲げて空を掻いた。そのポーズはネコ科のフレンズが好んで使う挨拶だった。


「はじめまして、私はサーバル。あなたたちは?」


サキとヒイラギは一度目を合わせると、二人一緒にサーバルの方を向いて晴れやかな笑みを浮かべ返事した。


「私はサキ、この病院で医者をしています。」

「僕はサキさんの助手のヒイラギです。よろしくね、サーバルさん!」


「サキとヒイラギ・・・よろしくね!」


そう言ってサーバルが見せた笑顔はさっきまで塞ぎ込んでいたフレンズとは思えないほど明るく、小さな太陽のように輝いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る