カルテ4-6 まだまだ小さな一歩でも

その片手で握れるほどの小さく軽い機械にはいくつかボタンがついていた。ツチノコはそのうちの一つを無造作に押してみると、ピッという電子音とともに機械についていた画面の明かりが点いた。音にびっくりしたようで危うく手から機械を落としそうになったが、頭の良いツチノコはそれが何なのかを察したようだった。


「これ、電話機じゃないのか? 昔読んだ本にこんな道具が載っていたぞ。」


サキは頷いて、自分の白衣のポケットからもう一つ同じ機械を取り出した。


「そうです。これはPHSという電話機で、病院内であればどこであってもPHSを持つ別の人と話をすることができるんです。これがいくつかユウさんの机の引き出しにしまってありました。」

「それは分かるけどよ、これをどう使うっていうんだ?」


ツチノコが尋ねると、サキは自信ありげな笑顔を浮かべて言った。


「私に一つアイデアがあるんです。」


サキが後ろを振り返るとICU内にいるヒイラギからのOKサインが見えた。サキは手を上げてジェスチャーを送り、それからツチノコにはPHSを手に持っておくように伝えた。そう言われてツチノコは解せぬといった顔で握ったPHSを黙ってじっと覗いた。


ピリリリリリリリーーーー


突如として鳴り始めた大きな電子音にツチノコは驚き飛び退いた。それまで自分が握っていた機械が突然振動し甲高い音を発したのだ。


「ツチノコさん、それに出てみてください。」

「出るって、何がだよ!」

「真ん中の赤く光っているボタンを押して、PHSを耳元に当てるんです。」


度肝を抜かれたツチノコは慌ててPHSに目を移すと、画面のすぐ下のボタンが赤く点滅していた。そして言われるがまま光るボタンを押して、PHSを被っていたフードの中に突っ込んだ。


「・・・聞こえてますか、ボクの声。ツチノコ?」


PHSのスピーカーから聞こえてきたのはICUの奥に隔離されているはずの、スナネコの声だった。届くはずのない音声を耳にしてツチノコは慌ててPHSを耳に強く押し当てて答えた。


「スナネコ、だよな。その声・・・」


ツチノコはガラス窓に張り付いてICUの中を覗き込んだ。煌々としたライトに照らされた部屋の奥のベッド、そこには上体を起こしたスナネコが、ツチノコと同じようにPHSを手に持って確かに筒にこのいる方を見ていた。

ツチノコは黙ったまま静かに手を振ってみると、向こうのスナネコも同じようにゆっくりと手を振った。振られた腕に引っ張られて点滴の管もふらふらと揺れ動いた。


「うふふ、久しぶりにツチノコの声が聞けたのです。ボクは大丈夫ですよ。」

「お前・・・そうかぁ、それならいいんだよ。それにしてもお前と話すのが久々だなんて、初めてかなぁ。」

「そうかもしれないですね。ボクらずっといっしょにいますからね。」

「そうだよな、ずっと前からな。ずっと、ずっと・・・」


ツチノコは目頭をぎゅっと抑えて口元を歪ませた。


「ツチノコ、ずっとですよ。これからも。ボクは必ず元気になってみせるです。だからもう少しだけ待っていてください。」


スナネコはあっけらかんと笑っていた。その顔がツチノコに見えていたかはわからない。けれどツチノコが声の震えを押し殺しながら絞り出した「ああ、待ってる・・・」という声はどこか嬉しそうに聞こえた。


***


「あれ、ツチノコの声が聞こえなくなったのです。」


スピーカーからツーッツーッという音声しか流れなくなるとスナネコは耳からPHSを離し、ぽかんとした顔で隣にいたヒイラギに手渡した。


「ツチノコさんが電話を切ったみたいですね。」


ヒイラギは「受話終了」のボタンを押してPHSをスナネコのベッドサイドにあった机に置いた。窓の向こうには両手を下ろしたツチノコが突っ立っているのが見え、その表情を見てスナネコは穏やかに笑った。


「ここにきてからツチノコは毎日ボクのことを見てたけど、やっぱりボクのことを本当に気にかけてくれていたんですね。何となく察してはいたけど、ツチノコとこうして会話をしてわかったのです。言葉ってすごいのですね。」


そして表情を変えぬままヒイラギを振り返り、その手をとって柔らかく包んだ。ヒイラギはちょっとドキッとしてスナネコの顔を見た。スナネコの手はとても温かくて、手に着けたラテックスのグローブ越しでもそれが感じ取れた。


「スナネコさん、すごく元気そうな顔ですね。」


スナネコはさらにもう片方の手でヒイラギの手を持って、言った。


「さっきまで心の片隅にあった心細さが、すうっと消えていくみたい。ここにはちゃんとサキさん、ヒイラギちゃん、そしてツチノコがいるんだって、みんなボクが病気を治すのを待っているんだってわかったのです。ボクにはみんながついている、だからボクも頑張ろうって思えます。」


大きな瞳を輝かせるスナネコを見て、ヒイラギも自然と笑みがこぼれ、マスクの下の口元が緩んだ。


「うふふ、ヒイラギちゃんもあっちのツチノコと同じような顔しているんですね。」


そう言われてヒイラギは後ろのツチノコを一瞥し、照れ臭そうに手を頬を赤らめて答えた。


「スナネコさんが元気を取り戻すのは僕も嬉しいんです。医療従事者としても、あなたのファンとしてもです。」


二人はクスクスと笑い合った。


***


「先生。ああしてスナネコが笑うなんて、あの中に入ってから初めてじゃないかな。」


サキはツチノコのそばに寄って、指差す方向に目を向けた。


「今スナネコさんがあんなにいい表情をしているのはヒイラギがスナネコさんの心情に気づいてくれたからなんです。本来ならば私が気づいて手を打つべきだった。」


肩を揺らすICUの二人を見てサキはちょっと申し訳なさそうに俯いていると、ツチノコに腰をドンと叩かれた。隣ではツチノコがニイっと歯を剥いて笑っていた。


「何言っているんだよ。先生はそのヒイラギの気づきに対して真摯に取り組んでくれたじゃないか。だからこうして俺までこんな表情でいられるんだぞ。俺は満足だよ。」


そう言って自分の顔を指差したのでサキもつられてちょっとにやけた。廊下にちょっとだけ笑い声が響いた。


「なあ先生、俺が前に言った“先生に足りないもの”ってわかったか?」


突然ツチノコはちょっと真面目な顔になった。サキもそれにつられて顔を引き締めた。


「神か人か、って話でしたよね。何となくわかりかけてはきたような気がするんですけど・・・」


サキが聞き返すとツチノコは向き直ってポケットに手を突っ込んで軽く息をついた。


「先生は一人でいた時期が長かったんだよな。」

「ええ・・・5年間は一人でした。」

「その弊害だな。先生、いやサキは他人と何かをするってことが全く無かったわけだろう。少なくともヒイラギがここに来るまでは。」


そう言ってサキの青い腕を指差したので、思わずサキは唾をのみこんで顔を背けた。


「だからさ、サキはもしかして他のフレンズと協力しあって何かするっていう経験が足りないんじゃないかと思ったんだよ。」

「でもヒイラギとは協力して治療をやっています。」

「それはヒイラギがサキに対して献身的だから成り立っているんじゃないのか。常日頃からヒイラギの立場、目線っていうのを想像していたかい。」


ツチノコのぴしゃりとした口調にサキは何も言えなくなった。実際今回もヒイラギが自分から言いだすまではスナネコさんの心情に気づくことはでき無かった。それがヒイラギの立場を顧みていなかった何よりの証拠だった。


エンパシーの不足・・・他者の情動の気づきや共感の能力は、他人そのものを扱う医者にとって不可欠なものである。そんな大事なスキルの未熟さをツチノコに突きつけられてしまったのだ。

日々追加されていく医療技術や症例研究を必死で追いかけ詰め込んでいく一方で、自分の未熟な内面が置き去りだったのだとサキは感じた。そもそもまだ5人しか治療した経験のない新米のサキにとって、他人の命を左右する神にも等しい知識技術とそれを扱う自分の精神のキャパシティー、トレランスの間にギャップができるのは無理のないことかもしれない。

けれどもサキはそんな諦めを拒みたかった。なぜならその諦念が次の患者の治療で致命的な結果を招くかもしれなかったからだ。

「私はこれ以上失敗できない。助けを求める患者のために。私がここで医師であり続けるために。そして、


セルリアンの私が、このジャパリパークで生きていく意味を見失わないために。」


ならば、私はどうしたらいいんだろうか。どうすればこれ以上患者や周囲の人を苦しませずに済むんだろう?どうしたらユウさんのような、立派な医師となれるのだろうか?


「多分よぉ、医者って使う技術知識は神域のモノなんだろうけど、それを扱うのは人なんだよな。そうすると先生、医者は“神か、人か”どっちだと思う?」

遠くでツチノコの声が聞こえた気がしたので顔を上げると、さっきよりも近いところにツチノコが立っていた。


「どっちだ?」


と、ツチノコが再び催促するのでサキは慌てて思考をそちらに向けた。


「私は“人”だと思います。」


ほんの少し考えて答えると、ツチノコは多少満足そうにコクリと頷き、続けた。


「そうだろうな。もし医者が“神”だったら患者は苦労しない、なんたって万能なんだから。実際医者は“人”だから万能じゃない、ミスだってするし察しきれないことだってある。でも一方患者は医者に“神の所業”を求めるよな。それは当然で、患者は病気との戦いに自分の命を懸けているからだ。

さて、サキはこのギャップを埋めるのにはどうしたらいいと思う?」


またもぴしゃりとツチノコが言い放った。あまりにツチノコの話がキレるのでサキは身じろぎし一歩後ろへ退がった。その時チラとICUの様子が目に入った。中のスナネコとヒイラギはこちらの様子に気づく様子はなく、互いに顔を合わせて笑いあっているように見えた。命の際を争う場所であるICUがこの時ばかりは今いる廊下よりも明るく見えた。


「それなら私が患者の方に歩み寄っていく。私も命を張る、ことはできませんか・・・病気の苦しみは患者自身にしか本当のことはわからないから・・・どうやったら溝が埋まるんでしょう・・・?」


なんとか言葉に成形しようとは思ったのだが、その答えが自分の中に存在しないような気がして、自分でも考えがまとまらなかった。この問いは今まで読んだどんな医学書にも書いていなかったかもしれない。サキは答えが出せなくてがっくりと肩を落とし、医師なのに答えられないことが悔しくて袖をぎゅっと掴んだ。


「サキ、別に悩むことではないぞ。患者の目線から見える景色を見せてもらえばいいんじゃないか。」


パチンとツチノコが指を鳴らした。その音は廊下に反響しエコーがかかったように消えた。その音にびっくりしてキョトンとしたサキが間をおいて聞き返すと、ツチノコは穏やかな顔で、まるで牧師

の訓示のように優しくサキに語りかけた。


「患者に直接聞く、それだけなんだよ。ユウさんを見ていて俺が思ったのは、医者と患者っていうのはサービスを与える側与えられる側なんて向かい合った関係じゃないんだ。医者と患者が二人三脚で、互いに協力し、意見を交わしながら病気を治すという共通で唯一のゴールへ進む、そんな関係なんだ。そのために医者は患者の本当を知りたいと思う。患者は自分の苦しみや辛さを医者にわかって欲しいと思っている。それを仲介するのが医者と患者の対話であり質問だろう?」


そしてツチノコはサキの両腕をぎゅっと強く掴んで、うつむき気味のサキの顔を強引に覗き込んだ。思わず目が合いサキはびっくりして目を見開いた。


「同じことが俺とサキの間にも言える!サキとヒイラギの間にも言える。みんな目指すゴールは同じだ。そして目標へと舵取りを行うのが医者であるサキ、お前だよ。スナネコの病気を治すためならばどんな質問にも答える、どんなサポートもする。だってサキ、スナネコ、ヒイラギ、俺というチームで共闘しているんだから!」

「チーム・・・」

「そうだ。俺たちはみんなサキの味方なんだ!困ったら聞け。困ったら相談しろ。困ったら、頼れ! 全部自分だけで背負いこめるほど“医者・サキ”は万能じゃないんだから。」


“自分の味方”

その言葉にサキは大きな衝撃を受け、また言葉に詰まった。これまで生きてきて誰かがサキに味方をしてくれたことなど皆無に等しかったからだ。不意に大粒の涙が溢れて、それが止まらなくなった。


「今、ツチノコさんは私の味方なんですか・・・?」


吐き出すようにそう言って、泣き顔がヒイラギたちに見られないよう窓ガラスに背を向け、そこにもたれかかった。そんな様子をツチノコは慈愛に満ちた優しい眼差しで見ていた。そしてサキと腕がぶつかるくらい近くに来て、同じように窓ガラスにもたれかかると、優しい表情のままサキに微笑みかけた。


「味方だよ。フレンズは助け合って生きているんだから当然だ。」

「私、フレンズじゃ・・」

「いいや、サキはフレンズだ。医者のフレンズなんだよ。」


ツチノコがそう言った時、サキは今まで我慢していた嗚咽がついに我慢できなくなってしゃがみこんだ。そして消え入りそうな涙声でツチノコに言った。


「そう言ってもらえて、私、なんて言ったらいいか・・・でも嬉しいです。ありがとうツチノコさん・・・」


すると屈んで丸くなったサキの背中をツチノコが優しく撫で、そして子どもを諭すようにゆっくりと、しかしまっすぐにサキに語りかけた。


「サキ、お前は立派な医者だよ。他のフレンズが誰も真似できない素晴らしい医者の目を持っている。けどもう一つの目、一人のフレンズとして他人と関わるのに必要な目が未熟なだけだ。サキに足りなかったもの、それは“本当に困った時は、自分一人で全て背負わずに他人を頼ってもいい”っていうことなんだよ。」


顔を涙でぐっしょり濡れた膝にうずめたサキは、今にも張り裂けそうな胸をなんとか抑えて、大きく体を震わせていた。そして隣のツチノコはサキの背中の震えが収まるまで、ずっとサキのそばにいて撫でるのをやめようとはしなかった。

***


それから数ヶ月が経ち、山の頂が被っていた雪の冠が消え始めた頃、ついにスナネコの体から結核菌が検出されなくなり、排菌の可能性も極めて低くなったので、サキはスナネコの退院を決めた。


「長かった、本当に長い戦いだった・・・」


朝の診察室でインスタントコーヒーをすすりながら、一人でカルテを書いていたサキは思わずぼやいた。今やツチノコとスナネコが飛び込んできたあの秋の日が遠い昔のように思える。それほどまでに結核という病気がしぶとい感染症であり、かつて不治の病と言われただけはあるなと身にしみて実感できた。

カルテを書き終えて診察室を出ると、エントランスには満面の笑みのスナネコとヒイラギが待ち構えていた。サキの姿を見て、スナネコは深々と頭を下げた。


「サキさん、本当にお世話になりました。これでまたボクは歌っても大丈夫なんですね。」

「ええ、最初は無理しないで、徐々に慣らしていってくださいね。それと1週間に1度はここに来て診察しますので忘れないでくださいね。」

「あはは、サキさん固いや。ツチノコさんもいるし、忘れないよね。」


ヒイラギが頭の後ろで手を組んで軽口をいってスナネコの方を見ると、スナネコもそれを見てクスリと吹き出した。


「うん、そうですね。ツチノコがいれば大丈夫。そういえばツチノコはどこにいったのですか。さっきまではここにいたはずです。」


ヒイラギの頭を撫でながら、スナネコは辺りを見回した。柔らかな陽光が差し込むエントランスにはツチノコの姿は見当たらなかった。


「私、探してきます。ヒイラギはスナネコさんと一緒にいて。」


サキはそう言ってその場を離れ、病院の裏口へと向かった。サキにはツチノコの居場所に心当たりがあった。


少し埃をかぶった裏口を押しあけると、病院の裏庭に出る。サキは裏庭に出て周囲を見ると、予想通り例の柊の木の下にしゃがんでいるツチノコの後ろ姿が見えたので静かに近づき声をかけた。


「ツチノコさん。」


その声を聞くや否やツチノコは飛びのいて素っ頓狂な声をあげた。


「うおアーーーっ!びっくりしたぞ、先生かぁ。」


ツチノコは驚きで顔が真っ赤で、尻尾を地面にピシピシと打ち付けて息巻いていた。


「いや、驚かせるつもりはなかったんですが・・・それよりも、スナネコさんの退院の準備ができましたよ。みんなエントランスで待っています。」

「っああ、すまんな。今行くよ。」


そう言ってサキの横をつかつかと通り過ぎて病院の建物の影に消えた。サキもそのあとを追おうとしたが、ふと振り返って柊の木の下をみた。そこにはついさっき新しく盛られたと思われる土があり、その上に白い花がいくつか束になって丁寧に置かれていた。それを見てサキはそこに近づき、屈みこんで墓の前で手を合わせた。そして心の中でつぶやいた。


「今のスナネコさんは救えましたよ。見守ってくれてありがとうございました。どうか安らかに。」


再びサキがエントランスに戻ると、今度はスナネコとツチノコがいっぺんにサキとヒイラギに向かって礼を言った。


「二人とも、本当にありがとうございました。二人がいなかったらボクは今頃死んでいたのです。」

「先生も、ヒイラギも、長い間本当に頑張ってくれたよ。こうして大切な友達が元気になったんだ。感謝しても仕切れない。」


そう言われてヒイラギは照れ臭そうに髪をかきあげてにやけた。


「僕もスナネコさんが元気になって、それにツチノコさんに喜んで貰えて嬉しいよ!」


サキもそれに続ける。


「いえいえ、私の方もとても勉強させていただきました。ともかく、こんなに長い間治療に付き合ってくれて本当にありがとうございました。」


それから二人は手を繋ぎ、並んでエントランスを出て丘を降り始めた。サキとヒイラギも見送りのためしばらく後ろについていった。

道を3分の1くらい下りたところでツチノコが振り返って、見送りはもう大丈夫だよと言った。サキとヒイラギはそれを聞いて一礼すると、元来た道を登り始めた。

するとその途中後ろでツチノコの呼ぶ声が聞こえた。サキは再び振り返って道の下を見下ろすと、手を振るツチノコの姿が小さく見えた。サキとヒイラギもそれに手を振り返すと、再びツチノコの声がサキの耳に飛び込んできた。


「先生!俺は今、病院からこうしてスナネコと二人で歩いて帰れている!あの時願っても叶わなかったことが今ようやく叶ったんだ!生きていてこんなに嬉しかったことはないよ!それじゃあな!」


言い終わるとツチノコはまたスナネコと並んで道を下りていった。サキは遠ざかる二人の背に手を振り続けていた。そんな様子を隣のヒイラギは不思議そうに見ていたが、サキは二人の姿が見えなくなるまで手を振り続けようと思ったのだ。サキの顔をのぞいていたヒイラギは、サキの目元を見て尋ねた。


「サキさん、もしかして嬉し泣き?」


その時やっとサキは自分の目が潤んでいるのに気がついた。けれどなぜ涙が出たのかサキにははっきりとはわからなかった。嬉しさ、寂しさ、達成感、感謝、共感、多くの感情が混ざり合った結果晶出したものかもしれないなと思いながらも、サキは涙を拭うことはせず、そのまま手を振り続けた。


「嬉し泣き、なのかな?よくわかんないや。もらい泣きかも。」


そう笑みを作って小さく絞り出した。




患者:スナネコ


No.:4


種族:スナネコ フレンズ


職業:シンガーソングライター


診断:気管支結核


治療: 当初は症状より喘息と判断したが、感染症の症状が亢進したため再度診察、検査をした結果気管支結核の可能性が浮上。ICUで隔離したのちPZA INH RFP EBによる抗結核剤四種併用療法を開始。その後痰より結核菌が同定され診断が確定した。入院121日目、他者への感染リスクが極めて低くなったため治療完了と判断。退院措置をとる。その後は週1回診察をして経過観察とする。


予後:抗菌薬による有害反応は確認されなかった。経過観察を行う。



主治医:SAKI


入院先:ジャパリパーク・キョウシュウエリア第2病院 2階 ICU 隔離ユニット

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