カルテ4-5 まだまだ小さな一歩でも

無機質に青白い一本の蛍光灯の下、影のかかったツチノコの顔の中で目だけが静かに光って揺らめいていた。ツチノコもそれからしばらくは何も言わず、サキも息をのむばかりで何一つ言葉を発せなかった。こういう場合どういう顔をして、どういう返事をすれば良いのか、サキには見当もつかなかったからだ。けれどライトの影の中で真一文字に結ばれたツチノコの口を見る限り、その医者にかなりの思い入れがあったことは察せられた。

「・・・まあ、隠すことでもないしな。」

この沈黙に耐えかねたようにツチノコは口を開き、サキが先ほど拾い上げた雑誌の山とは別の山から一冊を拾い、あるページを広げて手渡してきた。

「俺のパートナーだったのはその写真の医者だよ。」

渡されたページにはスーツ姿の女性のカラー写真が大きく載っていた。30代くらいに見えるその女性は満面の笑みで賞状を掲げ、その写真の隣に置かれた記事の見出しにはこう記されていた。

“キョウシュウエリア第2病院の岬 侑帆ゆうほ医師 2054年度国際生物生理学会において優秀論文賞を獲得 テーマはフレンズの神経変性疾患”

「この岬先生、研究医だったんですか。研究で賞を取るなんてすごい優秀な先生だったんですね。」

サキにはイマイチこの賞の重みというのはわからなかったが、雑誌でこれだけ大きく取り上げられているのだから大変なことなのだろうと思った。

「実際ものすごくやり手の研究者だったらしい。けどそれだけじゃ無いんだぞ。ユウさんはここの病院の外科医なんだ。」

まるで自分のことのようにツチノコは自慢げに言うと、また別の雑誌を拾い上げて、あるページをサキに見せた。今度の記事はここの病院でのイベントについてレポートされたもので、載せられた写真には灰色のパークガイド服の上から白衣を羽織ったユウホが患者のフレンズや来園者たちと会話している様子が切り取られていた。

この「ユウさん」という名前にサキは聞き覚えがあった。たしか昔ヒグマの怪我を手術して治したのが「ユウさん」という医者だったとサキは記憶していた。そのことをツチノコに聞くと、ちょっと意外そうな顔を見せた。

「よく知っているな先生。ヒグマを手術したのは間違い無くユウ先生だ。先輩にしばかれそうになっていたヒグマを慌てて助けに行ったって言ってたからな。あの時はヒグマの泣き声と先輩の怒鳴り声がうるさかったっけなあ。」

そう言ってツチノコは当時の光景を思い出したようにニヤッとした笑みを浮かべた。

自分が手術した患者をそのユウ先生もかつて手術していたと聞いて不思議な縁のようなものをサキは感じた。その奇妙な感触がサキの好奇心をくすぐり、また一つサキに質問をさせた。

「ユウ先生はどんなお医者さんだったんですか?」

するとツチノコはサキが見ていたページのユウホの写真を覗き込み、写真の中のユウホの顔や体にそって指を沿わせながらゆっくりと語り出した。

「生きるエネルギー全てをフレンズの医療に費やしていたような先生だったよ。もちろん手術の腕は良かったらしいんだけど、それ以上にあの先生は患者のフレンズの目線で物事を考えられる人だったんだよ。どうしたって俺たちフレンズと医者たちヒトは別の動物だから、お互いに理解できないところが出てくる。それが普通なんだ。けどユウさんにはその垣根が全然感じられなかった。どんな医者よりもフレンズの生き方を理解していて、それを治療に反映させていたんだ。」

次第にツチノコの言葉の端々が力強くなっていく

「そんな医者はユウさんくらいしかいなかった。だからユウさんはフレンズみんなに愛されて、頼りにされていた。俺が初めて会った時にはすでに大人気だったよ。俺もそんなユウさんが大好きだったよ。」

徐にツチノコは天井を見上げ恍惚な表情を浮かべた。柔らかな思い出に包まているようなツチノコの安らかな顔を眺めるサキは、スナネコの一件の時にツチノコに言われたことをふと思い返していた。


きっとあの時もらったアドバイスや激励は、かつてここにいた「本物の医者」を知っていたからできたのだろう。サキはそう思った。

これまでサキには目標とすべき”医者のイメージ”がなかった。しかしツチノコの言うユウさんは「本物の医者」であり、その人のことをもっと知ることができれば今後の道標となるかもしれない。そう思ってサキはさらにツチノコに質問した。

「ツチノコさんはどこでユウさんと会って、仲良くなったんですか?」


それを聞くなりツチノコの顔から穏やかさが吹き飛んで、一瞬にして全身が硬直した。強張って半端に開けられた口や顰められた眉を見てサキは何か聞いてはいけないことを聞いてしまったのかと思って総毛立った。ツチノコは何も言わず黙っているだけだったが、しばらくしてため息を一度つくと、ポケットに手を突っ込みつかつかとサキの横を通り過ぎた。ツチノコを怒らせてしまったとサキは大慌てで振り返ってツチノコを呼び止めた。

「ツ、ツチノコさん!気に障ったのなら謝ります。そんな、怒らせるつもりはなかったんです!」

けれど振り返った先に見えたのは目を丸くした呆れ顔のツチノコだった。

「ああ? 先生、早とちりしすぎだよ。別に俺は怒ってない。見せたいものがあるからついて来いって言おうとした矢先に謝られたからビックリしたぜ。」

そう言ってツチノコはフフンと笑うような仕草を見せると、またつかつかと蔵書庫の出口に向かって歩き出した。サキは安堵のため息をつくと急いでツチノコのあとを追いかけた。


ツチノコについていった先は病院の裏庭、エントランスとは反対側であった。ここには芝生や植木や廃屋があるのだが、普段は物資を運んだり庭の手入れをしたりするラッキービーストと駆けっこをするヒイラギ以外は普段出入りしておらず、引きこもりのサキにいたっては最後に庭に入ったのはいつだったか思い出せなかった。ほんのり雪のぱらつく冬の曇り空の下、ツチノコは庭のはずれに植わってる背丈の低い木の前で足を止めて後ろのサキを振り返った。

「先生、この木が何かわかるかい。」

そういってツチノコは目の前の低木を指差した。サキはそれに近寄って全体を観察するなり答えた。

「これは柊の木ですね。私この白い花が結構好きなんですよ。エントランスの周りにも何本か植えてありますよ。」

その答えにツチノコは満足げに頷き、しゃがみこんで木の根元を覗き込んで言った。

「その通りだ。これは柊の木で、その花言葉は“保護・魔除け”で、日本では古くから悪い鬼を払うものとして使われてきたんだ。まあこれはユウさんが教えてくれたんだが・・・」

突然何を語り始めたのかとサキは不思議に思ったが、少し間を置いてツチノコが発した次の言葉で、そんな些末な疑問は消し飛んだ。




「だから、俺はスナネコの亡骸をここに埋葬したんだ。柊の木がスナネコを護ってくれると願ってな。」



え、スナネコ・・・?


この土の下にフレンズが葬られているのか・・・?


「もちろん今のスナネコじゃないぞ。先代のスナネコだ。」

ツチノコはそう付け加えると立ち上がって柊の枝についた白い花を優しく撫でながら、再び落ち着いた声で語り出した。

「俺は先代のスナネコとも仲が良くてな、それこそ四六時中一緒にいて洞窟を探検したり曲の歌詞を考えたりしていたんだ。そんな日がひたすら続いてちょうど今くらいの冬のある日、俺がスナネコの住処に行った時、スナネコが意識を失って床に倒れていたんだ。呼びかけても全然反応しなくて、白目をむいてぐったりしていたんだ。」

「突然、だったんですね・・・」

「ああ。すでにその時死んでいたのかもしれないけれど、俺はその時そんなことは一切考えなかった。スナネコを抱きかかえて丘の道を汗と鼻水でベトベトになりながらも必死に、スナネコに助かって欲しくてひたすらに突っ走ってこの病院に運んだんだ。それで駆け込んだこの病院でスナネコを診察してくれたのが、ユウさんだったんだ。」

サキは先代のスナネコを抱えて病院にひた走るツチノコを想像し、その光景がこの間「今のスナネコ」を背負って汗だくになりながらも診察室に飛び込んできたあの時のツチノコの姿に重なるように思った。

ツチノコは声のトーンを変えず淡々と話を続けた。

「ユウさんは懸命に処置はしたみたいだけど、だめだった。スナネコは脳出血で逝ってしまったんだ。突然。処置室のベッドに乗せられた顔に生気のない、けどまだ掌の肌が暖かいスナネコの姿を見て俺はその状況を受け入れられず、ずっとベッドの隣に座ってスナネコの手を握り続けていた。その間はずっと頭が真っ白で、何も聞こえず何も見えていなかった。涙すら出なかったよ。けれどしばらくしてサンドスターの代謝の止まったスナネコはぱあっと光を放つとフレンズの姿から元の動物の体に戻って、その死を嫌でも見せつけられた。」

次第にツチノコの声にかすかな震えが入り始めた。でもその心中は察するに余りあるとサキは思い、今はただ黙って隣のツチノコの横顔を真剣に見守ることにした。

「その後、スナネコの死体をこの柊の下に埋めた。スナネコって元は小さい動物だから、ほんの小さな穴で全身をすっぽり埋められたよ・・・・。まだ俺は泣かなかった、いや泣けなかったよ。・・・でも、死体を埋めて土を盛って柊の木に背を向けると、遠くにユウさんが立っているのが見えた。その時のユウさんがどんな顔をしていたかは覚えていないけれど、俺はその姿を見るなり目から涙が溢れるのを感じた。その時にようやく、もうスナネコはいないんだって受容したんだと思う。そしたら堰を切ったように涙が止まらなくなって、もう自分じゃ止められなかった。」

ツチノコの目ははっきりと潤んでいて、今まで見せたことのないような悲痛な表情をサキに見せていた。ちらほら舞う雪がツチノコの肩に少しずつ積もり始めたが、ツチノコは払おうともしなかった。

「ユウさんはそんな俺を白衣が涙でビショビショになるのも気にせず強く抱きしめてくれて、そして俺の耳元でこう言ったよ。


『いっぱい泣いてもいいのよ。だけど今あなたがそんな顔をしていたら、自分を助けようと一生懸命走るあなたを一番近くで見て旅立ったスナネコを安心して送り出せないわ。悲しいけど、死は不可避なの。それはヒトも動物もフレンズも同じ。死にゆく人に対して私たち生きる者ができるのは、彼女への慈愛と感謝を込めて見送ることだけよ。だからツチノコ、今だけは涙を拭いて。』


それからのことはあんまり覚えていない。やっぱりスナネコがいなくなってしまったのが悲しくて、しばらくは立ち直れなかった。全ての景色が灰色に見えて、何を見ても楽しいと思えなくなっていたよ。でも俺が泣き止むまでユウさんは俺を抱きしめていたのだけは覚えている。そして俺の心の傷が癒えるまで、ユウさんは俺と一緒にいてくれたんだ。

 ユウさんと仲良くなったのはそれからだよ。ユウさんはふさぎ込んでいた俺をしばらく病院に居させてくれ、非番の時や手の空いた時は俺に構って文字を教えてくれたんだ。ひらがな、カタカナ、漢字、アルファベット、それに本を読むこと、みんなユウさんから教わった。それから俺は一人の時はここの蔵書庫に頻繁に出入りしていろんな本を読んで、いろんな知識を学んだよ。まあ俺は医学にあんまり興味が湧かなかったから、そのことはユウさんには申し訳なかったと思っているよ。」

そう言ってツチノコはためていた涙を拭って懐かしそうにフフッと小さな笑い声を漏らした。そして、

「雪が強くなってきた、病院に戻るぞ。今の話はスナネコには内緒だ。」

ツチノコはようやく肩に乗った雪を手でサッと払って身震いし、つかつかと柊の木に背を向け戻っていった。

柊の前に残されたサキは、スナネコが埋まっているという柊の木の下を見た。地には雪がうっすら白く積もり始めていたが、スナネコが埋まっている場所だけは柊の枝葉のつくる傘によって雪から守られていまだ黒い土肌を覗かせていた。

「まだ、私はフレンズの死を間近で見たことはない。でもこの仕事を続けていくなら必ずどこかで向き合う日が来るんだ。死は不可避だから。抗いようのないその運命を前にして、私は“医者”でいられるのだろうか・・・」

白い吐息とともにそんな呟きが意図せず漏れた。振り返るとツチノコの姿は降る雪の粒に溶けつつあった。

サキはもう一度、葉に雪で白く染まりつつある柊の木を振り返って、それに穏やかに語かけるように言葉をかけた。

「今はわからない。けれどその日が来たら私はまたあなたの前に来て、あなたとユウさんのことを思い出すよ。それじゃあ私は今のスナネコさんを救ってくる。」

そして雪の向こう側に消えるツチノコを追いかけて歩き出した。


医員室に戻ったサキはヒイラギから今日のスナネコの血液検査のデータを手渡され、その数値にざっと目を通すと不安げに顔を曇らせた。

「ASTとALTがどちらも120前後、だいぶ高くなってきているな。ヒイラギ、スナネコさんが吐き気や腹痛を訴えたりはしてない?」

「いや、言ってないよ。お昼もジャパリまんのお粥は平らげていたし食欲もあるみたい。」

ヒイラギは首を振った。

現在スナネコには4種の抗結核薬が投与されているが、それらは副作用として肝機能障害を引き起こすリスクがあり、これを見過ごせば肝炎など重篤な結果を招くことになる。サキはスナネコの体から結核菌が消えるまで、常にこの副作用に気を使いつつ投薬量をコントロールしなければならないのだ。

「ヒイラギ、スナネコさんの喀痰検査はどうだったっけ。」

「昨日の結果だけど、まだまだ結核菌は見つかっているよ。1週間程度じゃ消えないよね。」

そう言ってヒイラギはサキの向かいの椅子に腰掛た。ここ1週間毎日検査と看護尽くしのヒイラギは書類の山の上に体を押し付け、眠そうに目をこすった。

「限界だったらちゃんと言うのよ。あんまり働きすぎだと体の中のサンドスターが枯渇しちゃうから。」

「うん。」

向かいの机に手を伸ばしヒイラギの栗色の髪をそっと撫でてやると、ヒイラギは気持ちよさそうに自らスリスリとサキの手に頭を押し当ててきた。今のところヒイラギが頑張ってくれているおかげでサキは検査結果の分析と治療のコントロールに専念できている。しかしいつまでもヒイラギに負担を押し付けてばかりではいずれ限界がくる。もっと自分も頑張らねばとサキは心の中でそう思った。そんな時、

「あのね。サキさん・・・」

ふとヒイラギが机から少し顔を上げ、頭を撫でていたサキと目があう。

「僕はまだ大丈夫だよ。でもね、スナネコさんの方が僕は心配なんだ。」

「どういうこと?副作用が?」

「そういうことじゃないよ。血液を採りに行ったり介助に行ったりした時、いつもスナネコさんはぼーっと天井を見上げて退屈そうにしているんだ。本当はスナネコさんは歌を歌うのが好きなのに、今はそれができない。病気だから仕方ないんだけど、水を失った花が枯れていくようで、僕はそれがすごく可哀想だなって思うんだ。」

ヒイラギはサキの手を押しのけ体を机から起こした。その目にはスナネコへの熱いエンパシーがはっきりと宿っているのがわかった。

「フレンズはみんな好きなことをして自由に生きている。僕の友達だってそう。それがフレンズが生きるエネルギーになっているんだ。だから僕は好きな事を我慢して病気と闘うスナネコさんに何か生きるエネルギーをあげたいんだ。それが今のスナネコさんには必要だ! ねえサキさん、何かいい方法ないかな。」

そう言って両手を天板について椅子から立ち上がったヒイラギが、サキにはとても力強く見えた。その熱量に少しサキは驚いたがヒイラギの言いたいことはなんとなく理解できた。

「そうか、今までの患者は治療中誰かしらが近くにいたから気にしていなかった。だけどスナネコさんは窓さえないICUで隔離されているから、誰かと話すことさえ叶わないのか。」

今まで意識していなかったことを指摘されただけに、サキは目から鱗が落ちるように感じた。サキよりもスナネコさんと顔を合わせる回数のずっと多いヒイラギだからこそ気づけたことだったのだ。


そういえばツチノコさんも頻繁にスナネコさんの容態を聞いてくるが、あの行動にももしかしたらそういう意図があったのかもしれない。


サキは自分の思い至らなさを悔やんだ。

治療の効果というものは患者の肉体的要素のみならず精神的要素によっても大きな影響を受ける。それは感情の動静が免疫システム、ホルモンバランス、神経ネットワークなど体の隅々にまで作用するからだ。ヒイラギの言うような状況にスナネコさんがずっと置かれ続ければうつ状態になるだろう。そうなれば治療効果が落ちる可能性がある上にスナネコさんやツチノコさんを必要以上に苦しめることになってしまう。医師として至急何か手を打たねばならない、サキはそう思った。

「ヒイラギ、大事な報告をしてくれてありがとう。私も何か考えてみる。」

そう言ってサキは椅子から立ち上がると、自らの目でもスナネコの様子を確認しに向かった。


聞いていた通り、スナネコはただ天井を無表情に見上げているだけだった。サキがやってくると、待っていたかのように穏やかな顔つきになって喋り出すのだった。

「ヒイラギの言う通りだ。スナネコさんはベッドの上でただ時間が過ぎるのを待つことしか、することがなかったんだ。」

医員室に戻ったサキは観察した事をカルテに書き留めた。

「ヒイラギは“生きるエネルギー”と言っていたが、一体どんなことがスナネコさんの生きるエネルギーになるのだろうか?」

そんな事を呟きながら、サキは医員室の引き出しや棚をあちこち覗いて使えそうなものがないか探し回った。

ツチノコや助手のように本を読むのが好きなフレンズならば蔵書庫から本を持ってくればなんとかなったかもしれないが、スナネコはそもそも文字が読めない。歌を歌う事も自分やヒイラギへの感染リスクがあるので医者としては許容しがたい。

「何か雑貨のようなもので気がまぎれるのなら小児科病室から持ってくることができる。だけどそんな子供騙しで良いのだろうか。」

答えのない問題の前でサキはもがき続け、ひたすら部屋の中をかき回した。するとある引き出しを開けたところで紐のついたプラスチックのグッズが書類に紛れているのが見えた。気になって取り上げてみると、それは首にかける名札ケースであり中に色あせた紙の名札が入っていた。


Surgeon Yuho. M M.D, Ph.D

そう書いてあるネームプレートを見つけたサキの脳裏をある問いかけがよぎった。

「こんな時、あのユウさんならどうするだろうか。」


ツチノコさんがあそこまで評価している医者だ、きっと素晴らしい解決策を知っていたはずだろうな。そんなことをふと思いながら、その引き出しのさらに奥に手を伸ばすと冷たい箱のようなものに指先が触れた。取り出すとそれは四角い金属の缶であり、振ってみるとガシャガシャと小さな音がした。ついていた蓋をそっと外して中身を見たサキはびっくりして思わず固まった。

それが紛れもなくユウホからの“プレゼントボックス”だったからだ。


サキは夢中で階段を駆け下りICUの前にやってくると、そこにはいつものようにツチノコがソファーに座っていて、大はしゃぎで駆けてきたサキを怪訝そうにジッと見てきた。

「先生、随分とテンションが高いみたいだが何かあったのか?」

呼吸が荒くなっていたサキは一度落ち着こうと深呼吸してから、

「この機械でスナネコさんのメンタル面をケアできるかもしれません。ユウさんが教えてくれました。」

そう言って白衣のポケットに入れておいた“プレゼントボックスの中身”の一つを取り出しツチノコに手渡した。ツチノコは渡されたものを舐め回すようにジロジロと観察し、そして突然ハッと気づいたように顔を上げてサキを見つめた。

「先生・・・この機械って、もしかして・・・」

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